第61話 《ラ・メルシエ》
次の休み。
俺たちは朝から学院の門の前に集まっていた。
「全員いる?」
セレナが確認する。
「います」
「いる」
「僕もいるよ」
俺、ミア、ルーク。
そしてセレナ。
結局、いつもの4人だった。
「じゃあ行きましょうか」
学院から街までは、馬車で2時間もかからない。
生徒だけで少し遠出すること自体は珍しくないらしく、行き先を届けておけば問題ないそうだ。
門の外には、予約していた乗合馬車が待っていた。
「アル」
乗り込んですぐ、ミアが俺を見る。
「何です?」
「券」
「俺が持ってますよ」
「確認」
「昨日も確認しましたよね?」
「大事」
「なくしてません」
俺が鞄から招待券を少しだけ見せると、ミアは満足そうに頷いた。
その向かいでルークが笑っている。
「ミア、昨日から何回確認したの?」
「4回」
「数えてるんですね」
「当然」
「何が当然なのよ」
セレナが呆れたように言った。
馬車が動き出す。
学院の周囲を抜けると、景色はすぐに田畑へ変わった。
天気もいい。
校外学習の時とは大違いだ。
しばらく揺られていると、セレナが窓の外を見ながら口を開いた。
「そういえば、聖剣のところってかなり混んでるんじゃない?」
「多分ね」
ルークが答える。
「見つかってからずっと人が来てるみたいだし」
「まだ誰も抜けてないのよね?」
「うん」
ミアが顔を上げる。
「強い人も?」
「かなり試してるよ」
「X級も?」
「いる」
ルークは少しだけ笑った。
「今のX級1位も試したって話だよ」
セレナが少し身を乗り出す。
「《魔族キラー》が?」
「ああ」
その名前なら俺も知っている。
魔族との戦いで数えきれないほど功績を上げている、現在のX級1位。
《正義の仮面》と呼ぶ人もいるらしい。
「それでも抜けなかったんですか」
「抜けなかったみたいだね」
「じゃあ、力が強ければいいわけじゃないのね」
セレナが言う。
「そういうことなんだろうね」
ルークが窓枠に肘を置いた。
「過去の聖剣も、最初から最強だった人を選んだわけじゃないらしいよ」
「じゃあ何で選ぶの?」
ミアが聞く。
「それが分かったら、こんなに人が集まってないよ」
「確かに」
俺も頷く。
聖剣。
持ち主を選ぶ剣。
選ばれた人間は、その世代で最強になれる可能性を持つ。
そういう話だった。
「アルも抜いてみる?」
ルークが聞いた。
「まだ言ってるんですか」
「せっかく行くんだから」
「抜けると思ってないでしょう」
「どうだろうね」
「その言い方やめてくださいよ」
「アル、抜けたらどうする?」
セレナが面白そうに聞く。
「困ります」
「最初にそれ?」
「だって聖剣ですよ」
「普通は喜ぶんじゃない?」
「急に世界中から注目されるじゃないですか」
「確かに」
「学院で静かに過ごしたいんです」
ルークが笑う。
「もうそれ、少し難しくなってない?」
「誰のせいでしょうね」
「僕?」
「何人かいます」
ミアが頷く。
「人気者」
「それはルークでしょう」
「アルも最近見られてる」
「レオとの勝負のせいですよ」
「投げたから」
「そこだけ切り取らないでください」
セレナが笑った。
そんな話をしているうちに、街が見えてきた。
学院のある街より少し小さい。
ただ、人は多かった。
馬車を降りてすぐ、その理由が分かる。
通りのあちこちで、同じ言葉が聞こえていた。
「聖剣」
「また誰か挑戦したらしいぞ」
「今日も駄目だったって」
「いつ一般にも開放するんだ?」
どうやら、かなり大きな話題になっているらしい。
「すごいですね」
俺が言う。
「そりゃそうよ」
セレナが周囲を見る。
「本物の聖剣が見つかったんだから」
「とりあえず店に行こう」
ミアが言った。
「そこは迷わないんですね」
「大事」
「はいはい」
《ラ・メルシエ》は街の中心から少し外れた場所にあった。
石造りの建物で、大きすぎない。
ただ、入口からして他の店とは少し雰囲気が違った。
派手ではない。
でも、きれいに整えられている。
「ここ?」
ミアが聞く。
「券に書いてある名前は同じですね」
「入ろう」
「急がなくても逃げませんよ」
ミアはもう扉の前にいる。
セレナが小さく笑った。
「今日のミア、いつもより速いわね」
「食事が絡むと速いですね」
「身体能力強化?」
ルークが言う。
「使ってない」
ミアが即答した。
「使ったら先生に怒られるわよ」
「店に入るためだけに使う人、初めて見ますよ」
「使ってない」
「分かってます」
店に入ると、すぐに店員が声をかけてきた。
「ご予約のお客様でしょうか」
「招待券をいただいてまして」
俺が券を渡す。
店員が確認すると、少し表情が変わった。
「マルセル商会からのご招待ですね。お待ちしておりました」
やっぱりテオ先輩の家は相当大きいらしい。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、窓際の少し広い席だった。
4人で座る。
席についた瞬間、ミアがメニューを開いた。
速い。
「ミア」
「何」
「まず落ち着きましょう」
「落ち着いてる」
「そうは見えませんけど」
「これ」
いきなり指を差された。
「何です?」
「肉」
「まだ注文聞かれてませんよ」
「決めた」
「早いなあ」
俺もメニューを見る。
料理名だけではよく分からないものも多い。
セレナはある程度知っているらしく、説明してくれた。
「これは煮込み料理ね。こっちは鶏肉を香草で焼いたもの」
「これ何です?」
「魚料理」
「ミア、それも食べる?」
ルークが聞く。
「食べる」
「まだ頼むんですか?」
「4人いる」
「そういう問題じゃないでしょう」
「分ければいいじゃない」
セレナも普通に乗ってきた。
「じゃあ何品か頼みましょうか」
「アルも食べるでしょ?」
「食べますけど」
結局、かなり多めに注文することになった。
最初に運ばれてきたのは、薄く切った肉と野菜を合わせた前菜だった。
ミアが一口食べる。
止まる。
「……おいしい」
「珍しく普通の感想ですね」
「かなり」
「かなりおいしい?」
「うん」
それから先は早かった。
焼いた鶏肉。
魚料理。
煮込み。
焼きたてのパン。
俺も食べてみる。
確かにうまい。
味が濃いわけじゃない。
でも、それぞれの料理の味がはっきりしている。
「これは予約取れないのも分かりますね」
「でしょ?」
なぜかセレナが得意げだった。
「セレナの店じゃないでしょう」
「知ってるわよ」
「アル」
ミアが呼ぶ。
「何です?」
「これ食べて」
皿を差し出される。
「何です?」
「おいしい」
「説明になってないですよ」
一口もらう。
柔らかい肉に、少し酸味のあるソースがかかっている。
「あ、これ好きですね」
「でしょ」
「だから何でミアが得意げなんです?」
「選んだ」
「店が作ったんですよ」
ルークが笑いながらパンをちぎった。
「平和だね」
「何です、急に」
「いや。いいなと思って」
「変なルーク」
ミアが言う。
「ひどくない?」
「普通」
「普通でもないでしょう」
そんな会話をしながら食事を続けた。
料理がほとんどなくなった頃。
店員が最後に小さな菓子を持ってきた。
ミアの目が少しだけ大きくなる。
「まだある」
「よかったですね」
「うん」
俺も一つ取る。
甘さは控えめだった。
「このあと聖剣ですね」
俺が言う。
ミアは菓子を食べながら頷いた。
「うん」
「意外と普通ですね」
「何が?」
「もっと食事の余韻に浸るのかと」
「まだ帰りがある」
「何の話です?」
「出店」
「もう見つけてたんですか?」
「馬車降りた時に」
セレナが呆れたように笑う。
「よく見てるわね」
「大事だから」
最後の菓子まで食べ終える。
ミアはかなり満足そうだった。
「どうでした?」
「また来たい」
「予約取れたらですね」
「アル」
「何です?」
「生徒会」
「入りませんよ」
即答すると、3人が笑った。
店を出る。
昼を少し過ぎたくらいだった。
通りには、まだ多くの人がいる。
聖剣を見に行くらしい人たちも多く、同じ方向へ歩いていた。
ルークがそちらを見る。
「聖剣はあっちだよ」
「近いんですか?」
「歩いて行けるよ」
「じゃあ行きましょうか」
そう言って歩き出した時だった。
「アル」
ミアが止まった。
「何です?」
「あれ」
指差した先を見る。
通りの向こうに、小さな出店がいくつも並んでいた。
焼いた肉。
果物を使った菓子。
何かを揚げている店もある。
「……さっき食べたばっかりですよね?」
「見るだけ」
「その言葉、信用できないんですけど」
ミアは出店から目を離さない。
「先に聖剣を見に行きましょう」
セレナが言った。
「帰りに寄ればいいじゃない」
ミアがセレナを見る。
「帰り?」
「ええ」
少し考えてから、今度は俺を見る。
「寄る?」
「時間があれば寄りましょう」
「時間作る」
「そこまで言われると逆に怖いですよ」
ルークが笑った。
「聖剣を見たあとなら、ゆっくりできるんじゃない?」
ミアはもう一度出店を見る。
かなり名残惜しそうだ。
「……あとで」
「はいはい」
「忘れないで」
「聖剣より念押ししてません?」
「大事」
「そればっかりですね」
それでも、ミアはちゃんとこちらへ戻ってきた。
「じゃあ行こうか」
ルークを先頭に、人の流れへ入る。
俺たちは聖剣のある場所へ向かった。




