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第58話 点検

翌日の放課後。


授業が終わると、俺はそのまま生徒会室へ向かった。


扉を開けると、リシアが点検表を持って待っている。


「来ましたね」


「ちゃんと来ました」


「ええ。少し驚きました」


「そこまで信用なかったです?」


「昨日の返事が『たぶん』だったので」


「冗談ですよ」


「分かりにくいです」


相変わらず真面目だ。



テオ先輩とエレナ先輩の姿はなかった。


「会長たちは?」


「別の仕事です。今日は私とアルベルトで回ります」


「2人で全部?」


「昨日順番を変えたので、予定通り進めば終わると思います」


リシアが書き直された点検表を見せる。


昨日より移動がかなり少なくなっていた。


「じゃあ行きますか」


「はい」



最初は第1訓練場。


普段から実技で使っている場所だ。


リシアは柵や標的を順番に確認しながら、点検表へ書き込んでいく。


俺も反対側から歩いた。


「見るのは破損だけですか?」


「破損、緩み、危険な箇所、それから普段使っていて気になるところがあれば」


「結構広いですね」


「だから呼ばれたんでしょう」


なるほど。



標的の支柱を軽く触る。


特に問題はない。


そのまま外周を歩いていると、柵の1本が少しだけ傾いていた。


「リシア」


「何です?」


「ここ」


「壊れてます?」


「まだ壊れてないです」


柱を軽く押す。


わずかに動く。


「でも、根元が緩んでます」


リシアも押してみた。


「本当ですね」


「今なら締め直すくらいで済みそうですけど、このまま使ってたら倒れるかもしれません」


「記録しておきます」


すぐに紙へ書き込む。


「こういうのを見つけてほしかったんです」


「たまたまですよ」


「たまたまで見つけるなら十分です」



次は隣の訓練場。


模擬戦で使った第2訓練場だった。


地面には補修された跡がいくつかある。


俺が土魔法を使った場所も、もう元に戻されていた。


「ここ」


リシアが足元を見る。


「アルベルトが動かしたところですよね」


「多分」


「覚えてないんですか?」


「試合中だったので」


「普通は自分が魔法を使った場所くらい覚えていると思います」


「そうですか?」


「そうだと思います」



中央付近を歩く。


地面そのものは問題なさそうだった。


ただ、端の方へ行くと少しだけ水が残っている。


昨日は雨が降っていない。


しゃがんで見る。


「どうしました?」


「ここ、乾くの遅そうですね」


「水?」


「はい」


土を触る。


少し湿っている。


周りを見ると、訓練場の外側へ続く排水用の溝がある。


その手前に土と落ち葉が溜まっていた。


「これですね」


「詰まってる?」


「完全には詰まってないですけど、流れにくくなってます」


リシアもしゃがむ。


「こういうのも分かるんですね」


「前に似たようなの見たことあるので」


「どこで?」


一瞬だけ考える。


「昔です」


「随分曖昧ですね」


「色々あったので」


それ以上は聞かれなかった。



リシアが溝を確認する。


「清掃で済みそうです」


「多分」


「これも書いておきます」


「お願いします」



次は倉庫。


訓練用の木剣や盾、標的の予備などが並んでいる。


リシアが数を確認している間、俺は棚を見ていた。


「壊れてる物を探せばいいんですよね?」


「はい。ただ、勝手に触らないでください」


「分かってます」


「本当に?」


「何で毎回疑うんです?」


「何となくです」


それはこっちの台詞な気がする。



木剣が並んでいる棚の下。


床に細い傷が何本かある。


しゃがむ。


「リシア」


「今度は何です?」


「この棚、少し動いてません?」


「棚が?」


リシアが近づいてくる。


「ここ」


床の傷を指す。


棚の脚と少しずれている。


「前からある傷じゃないですか?」


「かもしれません」


軽く棚を押す。


ほとんど動かない。


反対側も見る。


そこで原因が分かった。


「こっちの脚だけ少し浮いてます」


「……本当ですね」


床そのものがわずかに沈んでいる。


大した差じゃない。


でも、重い物を上段へ置くなら少し気になる。


「倒れるほどじゃないと思いますけど、直せるなら直した方がいいですね」


「分かりました」


また点検表に書き込まれる。



「アルベルト」


「はい?」


「こういうの、得意なんですね」


「どうでしょう」


「今日だけで私より見つけてます」


「リシアは記録とか確認してるからじゃないですか?」


「それもありますけど」


リシアは棚を見る。


「私は壊れている物を探していました」


「俺もですよ」


「でもあなたは、壊れそうな物を見てる」


少し考える。


「壊れてからだと面倒なので」


「そういうところです」


「どういうところ?」


「会長が気に入った理由が少し分かりました」


「生徒会には入りませんよ」


「まだ何も言ってません」


「念のため」


「そうですか」



倉庫を出る。


次は外周通路。


学院の建物と訓練場の間を通る細い道だった。


利用者はそこまで多くない。


「ここは何を見るんです?」


「石畳の破損と、壁際の照明です」


「分かりました」



しばらく歩く。


大きな問題はない。


途中、リシアが立ち止まった。


「この石、少し浮いてますね」


見ると、確かに石畳の一部がわずかに高い。


「本当ですね」


「これは私が見つけました」


なぜか少し得意そうだ。


「張り合ってます?」


「張り合ってません」


「今の言い方は結構」


「違います」


少しだけ面白くなってきた。



さらに進む。


角を曲がる。


その時、前を歩いていたリシアが急に止まった。


俺も止まる。


「……近いですね」


「何が?」


「距離」


リシアが振り返る。


「私が止まったのに、ほとんどぶつからなかったでしょう」


「止まったから止まっただけですけど」


「後ろを歩いていたのに」


「見えてましたし」


「そうですか」


納得してない顔だ。



また歩き出す。


今度は少しだけ距離を空けた。



最後は屋外設備だった。


水場。


簡単な洗い場。


訓練後に泥を落とす場所。


ここではリシアの方が先に異常を見つけた。


「アルベルト」


「はい?」


「ここ、漏れてません?」


見ると、水を止めているのに接続部分から小さく水が垂れている。


「漏れてますね」


「これは交換でしょうか」


「多分、締め直すだけでいけるかもしれませんけど、俺には分からないです」


「意外ですね」


「何がです?」


「全部分かるのかと思ってました」


「そんなわけないでしょう」


「今日かなり見つけてたので」


「見て分かることだけですよ」


工具や設備の細かい仕組みまで分かるわけじゃない。


そういうところは詳しい人に任せればいい。



一通り確認し終わった頃には、日が傾き始めていた。


リシアが点検表を見る。


「終わりましたね」


「1日で済みましたね」


「順番を変えたのが大きかったです」


「ならよかったです」


「それに」


リシアが紙を見る。


柵の緩み。


排水溝。


倉庫の棚。


石畳。


水場。


細かいものを含めれば、それなりの数になった。


「思っていたより見つかりました」


「壊れてるの少なかったですけどね」


「その方がいいんです」


「確かに」



生徒会室へ戻る。


テオ先輩とエレナ先輩も戻っていた。


「おかえり」


テオ先輩が点検表を見る。


「結構あるね」


「重大な破損はありません」


リシアが説明する。


「柵の緩みと排水溝の清掃、倉庫の棚。それから石畳と水場です」


「なるほど」


テオ先輩が俺を見る。


「どうだった?」


「普通でしたよ」


「その普通でこれだけ見つけたんだ」


「リシアも見つけてます」


「そこはちゃんと言うんですね」


リシアが言った。


「事実なので」



エレナ先輩が点検表を見る。


「これなら修繕もすぐ終わりそうね」


「そうですね」


リシアが頷く。


「壊れてから直すより、ずっと楽です」


テオ先輩が俺を見る。


「やっぱり生徒会入らない?」


「入りません」


「早いなあ」


「昨日も答えましたよ」


「気が変わってるかと思って」


「変わってないです」


「残念」



テオ先輩が机の引き出しを開けた。


昨日見せられた招待券を取り出す。


「じゃあ、約束の報酬」


「ありがとうございます」


受け取る。


思ったより厚い紙だった。


店の名前と、街の名前が書かれている。



「ミアが喜びそうですね」


「昨日の時点で一番喜んでたけどね」


「俺が働いたんですけど」


「そこは言っておいた方がいいかもね」


「多分聞かないですよ」


想像できる。



「それじゃ、お疲れさま」


テオ先輩が言う。


「また何かあったら頼んでもいい?」


「内容によります」


「そこは『はい』じゃないんだ」


「毎回レストランの券が出るわけじゃないですよね?」


テオ先輩が一瞬黙った。


エレナ先輩が笑う。


「会長、ちゃんと交渉されてますね」


「商人の息子としてちょっと悔しいな」


「そういう話なんですか?」


「そういうことにしておくよ」



生徒会室を出る。


廊下を少し歩いたところで、リシアも後ろから出てきた。


「アルベルト」


「はい?」


「今日はありがとうございました」


「いえ。報酬もらってますし」


「それでもです」


リシアは少しだけ頭を下げる。


「助かりました」


「ならよかったです」


「それと」


「はい?」


「次に模擬戦を見る時は、もう少し注意して見ます」


「何を?」


「あなたの戦い方です」


「なんで?」


「気になるので」


それだけ言って、リシアは生徒会室へ戻っていった。


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