第56話 近づけば
俺が踏み込む。
レオナードはすぐに剣を振った。
横薙ぎ。
俺は頭を下げて潜る。
そのまま距離を詰めようとした瞬間、正面から風がぶつかってきた。
「っ」
体が止まる。
そこへ剣が返ってくる。
今度は下から。
俺は半歩ずれて避ける。
木剣の先が服のすぐ横を通った。
近い。
でも、まだ足りない。
「君、本当に素手でやるつもりか!」
「今さら剣拾うのも危ないので!」
「そういう問題か!」
レオナードがまた風を放つ。
今度はまともに受けず、横へ流すように体を動かした。
さっきまでより分かりやすい。
剣を持っていた時は、俺も剣で受けることを考えていた。
でも今は違う。
避ける。
入る。
掴む。
やることが減った分、むしろ考えやすい。
レオナードが踏み込む。
剣を振る。
風。
また剣。
速い。
でも。
バルガスの拳よりは遅い。
そう思った瞬間、自分でも少し嫌な基準だと思った。
あの人と比べたら大抵の相手が遅く見える。
剣が来る。
俺は腕で受けない。
手首の近くに触れて、軌道だけ外す。
そのまま一歩。
「!」
レオナードが下がる。
追う。
風が来る。
足元の土を少し沈めて耐える。
さらに一歩。
俺の右手がレオナードの腕に触れた。
今。
掴む。
「くっ!」
レオナードが反射的に風を放った。
至近距離。
さっきと同じ。
体が押される。
でも今回は離さない。
足元を固める。
腰を落とす。
腕を引く。
レオナードの体勢が崩れた。
「うわっ」
そのまま前へ引く。
足をかける。
倒れる。
レオナードが地面に転がった。
観客が一気にざわつく。
「今、投げた?」
「剣、捨てたよな?」
「レオナードを素手で?」
俺はすぐに離れた。
追撃はしない。
レオナードが立ち上がる。
「……今の」
服についた土を払いながら、俺を見る。
「投げたのか?」
「はい」
「剣を持ってる相手を?」
「近かったので」
「近かったら投げるのか?」
「投げられそうなら」
「意味が分からない……」
エドガー先生が声を上げる。
「続行!」
レオナードがすぐに構え直した。
さっきより慎重になっている。
もう簡単には近づかせてくれない。
風が飛ぶ。
俺は避ける。
もう1つ。
今度は地面の砂を巻き上げるような風。
また視界を奪うつもりか。
俺はすぐに横へ動いた。
砂埃が上がる。
見えにくい。
でも。
さっきと同じじゃない。
レオナードが来るなら、たぶんここ。
左。
俺は体を向ける。
剣。
来た。
避ける。
レオナードの木剣が空を切る。
「また……!」
俺はそのまま懐へ入る。
今度は腕を取らない。
肩。
体。
相手の重心がどこにあるかを見る。
右足。
踏ん張っている。
なら。
足元へ魔力を流す。
ほんのわずかに土を沈める。
レオナードの右足がずれる。
「なっ」
一瞬だけ体勢が崩れる。
その瞬間、俺は肩を押した。
レオナードが大きくよろける。
でも倒れない。
風を使って無理やり体勢を立て直した。
「今の、土魔法か!」
「はい」
「こんな時に使うのか!」
「使えるので」
「もっと普通に使え!」
なんで怒られてるんだ。
観客の方から、また声が上がる。
「今、地面動かしたよな?」
「ほんの少しだけじゃないか?」
「それで崩せるのかよ」
レオナードが距離を取る。
今度は明らかに警戒している。
剣。
風。
土。
どれか1つを見ればいいわけじゃない。
そう思っている顔だった。
俺も同じだ。
レオナードの剣だけ見ても駄目。
風だけでも駄目。
足。
肩。
腰。
剣先。
距離。
全部を見る。
正確に。
どこまで届くか。
どこなら当たらないか。
どこまで入れば掴めるか。
自然と分かる。
最近、ミアに何度も言われたことを思い出す。
距離感。
位置。
俺はたぶん、こういうのを見るのが得意だ。
バルガスにも言われた。
目だけはいい。
「……来い」
レオナードが言う。
俺は構え直す。
今度は急がない。
一歩。
レオナードが剣を振る。
届かない。
もう一歩。
風。
少し右へ。
これも外れる。
レオナードの表情が変わる。
たぶん。
俺がギリギリのところばかり歩いているからだ。
「なんで当たらない……!」
「避けてるので」
「それは見れば分かる!」
次。
剣。
半歩。
外れる。
風。
少し前。
背中を抜けていく。
観客の声が少しずつ増える。
「また外れた」
「いや、レオナードが外してるんじゃない」
「全部避けてるのか?」
「近すぎないか、あれ」
自分でも不思議なくらい、距離が分かる。
近い。
でも当たらない。
あと一歩。
俺が踏み込む。
レオナードも前へ出た。
今度は逃げないらしい。
剣を振る。
俺は横へ。
風が来る。
土を使って足を止める。
さらに入る。
腕を取る。
レオナードが振り払う。
肩が開く。
そこへ俺の手を押し当てる。
「っ!」
体勢が崩れる。
今度こそ。
足を払う。
レオナードが倒れた。
俺はそのまま上から押さえる。
片膝を地面につき、相手の剣を持つ腕を押さえた。
動けない。
数秒。
エドガー先生の声が飛ぶ。
「そこまで!」
一瞬、訓練場が静かになった。
それから一気にざわめきが広がる。
「アルが勝った?」
「レオナード、普通に強かったよな?」
「……あれでE級なのか?」
「E級って魔力と属性の評価だろ?」
「それにしたって、あの戦い方は何なんだよ」
俺はすぐに手を離す。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ」
レオナードは仰向けのまま答えた。
俺が手を差し出す。
少し迷ってから、その手を取った。
立ち上がる。
「負けた」
「はい」
「そこはもう少し何か言えないのか」
「お疲れさまでした?」
「そうじゃない」
周囲では、まだ小さなざわめきが続いていた。
レオナードは少し悔しそうな顔をした。
でも、前みたいに怒ってはいない。
「君、本当にE級なのか?」
「そうですよ」
「土属性?」
「はい」
「剣も捨てた」
「捨てましたね」
「それで負けた僕は何なんだ……」
「レオナードも強かったですよ」
「慰めてるのか?」
「本当に」
俺は少し考える。
「風と剣を一緒に使うの、かなりやりにくかったです」
レオナードが俺を見る。
「……本当に?」
「はい。近づけなかったら、たぶんもっと厳しかったです」
「近づかせたのが失敗か」
「でも、ずっと離れてたら俺も土使いますし」
「結局面倒じゃないか!」
「そうかもしれません」
レオナードが額を押さえる。
その時、セレナたちが近づいてきた。
「アル」
「はい?」
「怪我は?」
「ないです」
「レオナードは?」
「僕もない」
セレナは一度確認するように2人を見る。
「ならいいわ」
ミアが俺を見る。
「やっぱり避けた」
「言われた通りですね」
「うん」
「お菓子食べ終わりました?」
「まだある」
「試合見てました?」
「見てた」
「本当に?」
「最後、投げた」
「見てましたね」
ルークはレオナードを見る。
「どうだった?」
レオナードが少し黙る。
それから俺を見る。
「分からない」
「え?」
俺が聞き返す。
「勝負すれば分かると思ってた」
レオナードは言った。
「でも、余計に分からなくなった」
「何がです?」
「君だよ」
レオナードは少しだけ笑った。
「E級で、土属性で、家名もない」
「はい」
「なのに強い」
「そうですか?」
「そこを疑うな!」
レオナードは息を吐いた。
「でも」
俺を見る。
「少なくとも、みんなが君と一緒にいる理由が、少しだけ分かった気はする」
「勝ったからですか?」
「たぶん、そういうところだ」
「?」
「もういい」
レオナードは木剣を拾った。
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
「次は負けない」
「次もやるんですか?」
「……今すぐ嫌そうな顔をするな」
「痛いの嫌なので」
「君、本当にそればっかりだな」
レオナードが苦笑した。
そのまま、俺たちは訓練場を出た。




