第54話 勝負の前に
翌日の昼休み。
「3日後だ」
教室までやってきたレオナードが、開口一番そう言った。
「何がです?」
「……昨日の話だ」
「ああ、勝負」
「忘れるのが早すぎないか?」
「忘れてませんよ。何の話か一瞬分からなかっただけです」
「それを忘れていると言うんじゃないのか」
たぶん違う。
レオナードは納得していなさそうだったけど、それ以上は言わなかった。
「教師には許可を取った。3日後の放課後、第2訓練場を使う」
「分かりました」
「ルールは学院の模擬戦と同じだ。剣も魔法も使用可。ただし、危険と判断された攻撃は教師が止める」
「はい」
「武器は訓練用のものを使う」
「了解です」
思っていたより、しっかり準備している。
「立ち会いはベルンハルト先生だ」
「エドガー先生ですか」
「ああ」
少し離れたところで聞いていたセレナが口を挟む。
「それなら安心ね」
「最初から教師立ち会いでやると言っただろう」
「あなたの場合、念のためよ」
レオナードの顔が少し引きつった。
「……前の件は反省している」
「ならいいわ」
セレナもそれ以上は言わなかった。
ルークが俺の隣からレオナードを見る。
「ちゃんと許可取ったんだ」
「当然です。勝手に学院内で決闘するつもりはありません」
ルークに対しては、やっぱり俺たちに話す時より少しだけ言葉が丁寧だ。
「それなら僕も見に行こうかな」
「構いません」
「僕に許可いる?」
「……いえ」
「じゃあ行くよ」
レオナードは少しだけ言葉に詰まった。
ミアは机でパンを食べながら聞いている。
「3日後?」
「そうだ」
「見る」
「好きにすればいい」
「分かった」
それだけ言って、またパンを食べ始めた。
レオナードは俺へ視線を戻す。
「逃げるなよ」
「逃げませんよ」
「本当か?」
「正式に決まったなら行きます」
「ならいい」
「でも雨だったら?」
「屋内訓練場だ!」
「じゃあ大丈夫ですね」
「君は何なら勝負する気になるんだ……」
「もう受けてますって」
レオナードは疲れたように息を吐いた。
用件を終えると、彼は教室を出ていった。
その姿が見えなくなってから、セレナが俺の机に手をつく。
「で?」
「何です?」
「どうするの?」
「3日後に行きます」
「そうじゃなくて、勝負の話よ」
「普通にやりますよ」
「準備は?」
「準備?」
「相手がどんな戦い方するか調べるとか」
「そこまでします?」
「するでしょ」
俺がルークを見ると、ルークも頷いた。
「模擬戦でも、相手のことを知れるなら知っておいた方がいいと思うよ」
「ルークまで」
「僕なら見るね」
「何をです?」
「普段の実技とか」
そう言われれば、確かにその通りかもしれない。
前の人生でも、仕事の前に場所や手順を確認するのは普通だった。
戦う相手だからといって、何も知らないまま当日を迎える必要はない。
「じゃあ、見られるなら見ます」
「軽いわね」
「見られなかったら仕方ないですし」
「そういうところは変わらないわね」
セレナが呆れた。
午後の授業は魔法実技だった。
今日は複数の訓練場に分かれて、属性ごとの基礎訓練を行うらしい。
俺たちの組が移動している途中、隣の訓練場から風の音が聞こえた。
かなり大きい。
「アル」
セレナが呼ぶ。
「あれ」
指した先を見る。
レオナードがいた。
別のクラスらしい生徒たちが、一定の間隔を空けて訓練している。
レオナードの前には、木製の標的が3つ並んでいた。
教師が何かを指示する。
レオナードが片手を前へ出した。
風が集まる。
次の瞬間。
鋭い音とともに、3つの標的がほぼ同時に揺れた。
「へえ」
俺は思わず声を出した。
「ちゃんと見たの初めて?」
ルークが聞く。
「はい。前はこっちに飛んできたの避けただけなので」
「言い方」
セレナが苦笑する。
レオナードは続けて訓練用の剣を手に取った。
今度は魔法だけじゃないらしい。
教師が相手役の生徒を呼ぶ。
開始の合図。
レオナードが踏み込んだ。
速い。
剣を振りながら、横から風を当てる。
相手が姿勢を崩したところへ、もう一歩。
剣先が相手の胸元で止まった。
「結構強いですね」
俺が言う。
「だから言ったでしょ」
セレナが答える。
「何をです?」
「伯爵家の嫡男として学院に来てるんだから、弱いと思わない方がいいってこと」
「それは思ってませんよ」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんって何よ」
もう一度見る。
レオナードは次の相手とも戦っていた。
正面から剣を合わせる。
押し合う。
一度離れてから、風で相手の剣先をずらし、そのまま懐へ入った。
動きに迷いが少ない。
魔法だけに頼っているわけでもない。
「風と剣を一緒に使うんですね」
「そうみたいだね」
ルークが答える。
「アルと少し似てる」
「俺と?」
「魔法だけで戦わないところ」
「それだけじゃない?」
セレナが言う。
「アルはもっと近いわ」
「近い?」
「相手に」
「ああ」
確かに。
俺の場合、土魔法で倒しきるより、自分が近づいた方が早いことが多い。
その時、レオナードがこちらに気づいた。
目が合う。
一瞬だけ動きが止まった。
俺は軽く手を上げる。
レオナードは何とも言えない顔をしてから、すぐ訓練へ戻った。
「なんで手振ったの?」
セレナが聞く。
「目が合ったので」
「相手よ?」
「3日後だけですよね?」
「そうだけど」
「今は別に敵じゃないですし」
ルークが小さく笑った。
「アルらしいね」
「そうですか?」
「始めるぞー」
俺たちの担当教師から声が飛んできた。
「ほら、こっちも授業始まるわよ」
「はい」
「アル」
ミアが少し先から呼ぶ。
「何です?」
「今日、土動かす?」
「授業なので動かしますよ」
「20cm?」
「そこにこだわりますね」
「練習」
「今日は先生の指示通りにしてください」
「分かった」
授業では、一定量の土を指定された場所へ移動させる訓練をした。
速さではなく、形を崩さず移すことが目的らしい。
俺は目の前の土を見る。
持ち上げる必要はない。
地面を滑らせるように動かせばいい。
少しずつ。
必要なところだけ。
「アル」
隣からミアの声。
見ると、指定された範囲を越えて土が盛り上がっている。
「大きいですよ」
「分かってる」
「分かっててそれですか」
「難しい」
「昨日よりは小さいです」
「ほんと?」
「たぶん」
「たぶん」
「測ってないので」
ミアは少し考えてから、もう一度土へ手を向けた。
授業が終わる頃には、レオナードの訓練場も静かになっていた。
帰り道。
セレナが聞いてくる。
「どうだった?」
「何がです?」
「レオナードよ」
「ああ」
少し考える。
「普通に強そうですね」
「それだけ?」
「剣も使えるし、風魔法を近い距離で合わせるのが上手かったです」
「ちゃんと見てるじゃない」
「見ろって言ったのセレナでしょう」
「そうだけど」
ルークが横から聞く。
「勝てそう?」
「分かりません」
「まだ?」
「実際に向かい合わないと分からないですよ」
「まあ、それはそうだね」
「ただ」
「ただ?」
さっきの動きを思い出す。
風で剣をずらしてから踏み込んだ時。
距離。
足の位置。
体の向き。
「近くで戦ってくれるなら、やりやすそうです」
セレナが一瞬黙った。
ルークが笑う。
「レオナードには言わない方がいいかもね」
「なんでです?」
「なんとなく」
「?」
よく分からない。
「アル」
ミアが言う。
「3日後、お菓子持ってく」
「観戦ですよね?」
「うん」
「遠足じゃないですよ」
「長くなるかもしれない」
「そんな長時間やりませんよ」
「分からない」
「俺が一番困るんですけど」
セレナが笑った。
「じゃあ早く終わらせなさい」
「簡単に言いますね」
3日後。
とりあえず、痛くない程度に終わってほしい。




