第53話 勝負してほしい
放課後。
最後の授業が終わり、俺は机の上の教本を鞄へ入れていた。
「アル、今日もやる?」
ミアが聞く。
「土魔法ですか?」
「うん。20cm」
「もうそれ名前みたいになってません?」
「分かりやすい」
確かに分かりやすいけど。
「今日は少しだけですよ」
「分かった」
「その少しが信用できないのよね」
セレナが横から言った。
「ミア、昨日も暗くなるまでやろうとしてたじゃない」
「まだできた」
「できるかどうかじゃなくて、帰る時間の話よ」
「じゃあセレナも来る?」
「行くわよ。放っておくとアルまで付き合いそうだもの」
「俺まで?」
「アル、断らないでしょ」
否定できない。
ルークは少し離れたところで、また何人かの生徒に話しかけられていた。
昨日ほどではないけど、今日も今日で忙しそうだ。
「ルークは?」
ミアが聞く。
「終わったら来るんじゃないですか?」
「人気者は大変ね」
セレナが言う。
「昨日もすごかったですからね」
「アル、まだそれ言ってるの?」
声がした。
見ると、いつの間にかルークが戻ってきていた。
「もう終わったんですか?」
「何が?」
「人気者の時間」
「そんな時間ないよ」
「昨日あれだけ囲まれてたじゃないですか」
「今日は2人と話しただけだよ」
「十分では?」
「アル」
「はい?」
「気に入ってるでしょ、その話」
「ちょっとだけ」
ルークが苦笑した。
4人で教室を出る。
訓練場へ向かおうと廊下を歩いていると、前方に見覚えのある金髪が立っていた。
レオナード・ハルヴェイン。
俺たちに気づくと、まっすぐこちらへ歩いてくる。
セレナの表情が少しだけ険しくなった。
「また?」
「違う」
レオナードはすぐに答えた。
それから俺を見る。
「今日は彼女に用があるわけじゃない」
「俺ですか?」
「ああ」
珍しい。
いや、前にも俺のことを色々聞かれたけど、わざわざ待っていたのは初めてだ。
レオナードは一度周囲を確認してから口を開いた。
「この前のことだが」
「この前?」
「……魔法を撃った件だ」
「ああ」
「忘れていたのか?」
「忘れてはいませんよ」
「今の反応は忘れていただろう」
「ちゃんと覚えてます」
たぶん。
レオナードが小さく息を吐いた。
「改めて謝っておきたい」
「もう謝ってもらいましたけど」
「それでもだ」
真面目な顔だった。
「感情的になった。撃つつもりがなかったとはいえ、制御を失ったのは僕の責任だ」
「はい」
「……それだけか?」
「何か言った方がいいですか?」
「いや」
困ったように眉を寄せる。
「本当に君は……」
「何です?」
「いや、いい」
最近、この反応をされることが増えた気がする。
レオナードは少し間を置いた。
「それとは別に、頼みがある」
「頼み?」
「ああ」
俺の目をまっすぐ見る。
「僕と勝負してほしい」
「嫌です」
「早いな!」
ほとんど考えずに答えたら、レオナードが声を上げた。
「なんで勝負するんです?」
「理由はある」
「聞いてから断っても同じだと思いますけど」
「せめて聞け!」
「アル」
セレナが額を押さえる。
「一応聞きなさいよ」
「じゃあ聞きます」
レオナードの方を見る。
「どうぞ」
「……腹が立つな」
「すみません」
「謝られると余計に困る」
ルークが横で笑いを堪えている。
「ルーク、笑ってます?」
「ちょっとだけ」
「アルが悪いわ」
セレナまで言った。
ミアは特に興味がないのか、廊下の窓から外を見ている。
レオナードが咳払いをした。
「前にも言ったが、僕には君が分からない」
「俺ですか?」
「ああ」
「E級。土属性。家名もない」
「そこだけ聞くと結構ひどい紹介ですね」
「事実だろう」
「まあ、そうですけど」
「それなのに、エルフォード嬢は君を信頼している」
セレナを見る。
「ミア・ハーヴェルもそうだ」
今度はミアを見る。
ミアはまだ外を見ていた。
「聞いてる?」
レオナードが聞く。
「聞いてる」
「そうか」
「続けて」
「……ああ」
少し調子を崩されたらしい。
レオナードは今度はルークを見る。
「そしてヴァレンベルク侯爵家のルークまで、君を友人だと言う」
「言ったね」
ルークが普通に答える。
「だから分からないんだ」
レオナードの視線が俺へ戻る。
「君に何がある?」
「何って言われても」
「だから、直接確かめたい」
「勝負で?」
「ああ」
「なんで?」
「戦えば分かることもあるだろう」
「そうですかね」
「ある!」
強く言われた。
セレナが腕を組む。
「つまりアルが弱かったらどうするの?」
「別にどうもしない」
「強かったら?」
「……それも、その時考える」
「何も決まってないじゃない」
「僕だってうまく説明できないんだ!」
レオナードが少し苛立った声を出す。
でも、以前みたいに魔力が揺れることはなかった。
すぐに息を整える。
「すまない」
「別に」
セレナは少し意外そうに彼を見る。
レオナードは俺に向き直った。
「前の件とは関係ない」
「はい」
「僕が悪かったことも変わらない」
「はい」
「だから、あれの仕返しをしろと言ってるわけでもない」
「分かってます」
「学院の規則に従って、教師立ち会いでやる。魔法も使える正式な模擬戦だ」
そこまで考えていたらしい。
「それでも嫌です」
「なんでだ!」
「痛そうなので」
「……は?」
「模擬戦でも痛い時は痛いでしょう」
「そこなのか?」
「大事ですよ」
ミアがこちらを見た。
「大事」
「ですよね」
「うん」
思わぬところから賛同が来た。
ルークが笑いながら言う。
「アル、たまには受けてあげたら?」
「なんでルークまで」
「レオナードも、前とはちょっと違うみたいだし」
「ルークはやらないんですか?」
「僕?」
「気になるならルークとやればいいじゃないですか」
レオナードが即座に首を振った。
「僕が勝負したいのは君だ」
「人気ですね、俺」
「そういう意味じゃない!」
「アル、絶対わざとでしょ」
セレナが呆れる。
俺は少し考えた。
別にレオナードと戦いたいわけじゃない。
でも、ここで断っても何度か頼まれそうな気はする。
それに。
以前みたいに感情のまま突っかかってきたわけじゃない。
教師立ち会いで、学院のルールに従って。
少なくとも、そのくらいは考えてきたらしい。
「1回だけですよ」
レオナードの顔が上がる。
「受けるのか?」
「はい」
「本当か?」
「そんなに驚くなら頼まないでくださいよ」
「君がずっと嫌だと言うからだろう!」
「条件があります」
「何だ?」
「負けても怒らないでください」
「子供扱いするな!」
「前に魔法飛んできたので」
レオナードが黙った。
「あ」
「……それを言われると何も言えない」
「アル」
セレナが小声で言う。
「それはちょっと意地悪よ」
「事実なんですけど」
「事実でもよ」
レオナードはしばらく黙ったあと、息を吐いた。
「分かった。何があっても、試合が終わればそれで終わりだ」
「ならいいです」
「約束する」
「じゃあお願いします」
俺がそう言うと、レオナードはようやく少しだけ表情を緩めた。
「日程は教師に確認しておく」
「任せます」
「……君、本当に僕と勝負する気があるのか?」
「ありますよ」
「全部僕任せじゃないか」
「言い出したのレオナードですし」
「それはそうだが」
また何か言いたそうな顔をしていたけど、結局諦めたらしい。
「決まったら伝える」
「はい」
レオナードが去っていく。
その背中を見送ってから、セレナが俺を見る。
「アル」
「はい?」
「本当に受けるのね」
「1回くらいなら」
「負けると思ってる?」
「分かりません」
レオナードがどれくらい強いか、俺はほとんど知らない。
少なくとも風魔法は使う。
あの時は制御を失っていたけど、伯爵家の嫡男として学院へ入っている以上、まともに戦えば弱くはないだろう。
「楽しみ」
ミアが言った。
「さっきまで興味なさそうだったじゃないですか」
「勝負は見る」
「なんで?」
「面白そう」
「俺が痛い目に遭う可能性あるんですけど」
「大丈夫」
「根拠は?」
ミアは少し考えた。
「避けるの得意」
「まあ、それはそうですけど」
セレナが笑った。
ルークも俺を見る。
「僕も楽しみにしてるよ」
「ルークまで」
「レオナード、たぶんアルのことかなり勘違いしてるからね」
「俺、E級ですよ」
「そうだね」
「土属性です」
「うん」
「なんですか、その顔」
「別に?」
笑っている。
「それより」
ミアが訓練場の方を指した。
「20cm」
「ああ、そっちもやるんでしたね」
「忘れてた?」
「ちょっとだけ」
「行く」
「はいはい」
俺たちはそのまま訓練場へ向かった。




