第52話 人気者
翌日の昼休み。
授業が終わると同時に、教室のあちこちで椅子を引く音がした。
俺も昼食へ行こうと立ち上がる。
「アル」
「はい?」
「今日、麺」
ミアが言った。
「また献立確認したんですか?」
「うん」
「本当にそこだけは抜かりないですね」
「大事」
もう反論する気にもならない。
「セレナ、行きます?」
「行くわ」
「ルークは?」
3人で教室を見回す。
いない。
「さっきまでいたわよね?」
セレナが言う。
「いましたね」
「外」
ミアが廊下を指した。
見ると、教室の入口付近に何人かの女子生徒が集まっている。
その中心に、ルークがいた。
「……またですか」
俺が言う。
「またね」
セレナは特に驚いていない。
「何してる?」
ミアが聞く。
「囲まれてるんですよ」
「ふーん」
ミアはそれだけ言って、廊下の先へ視線を戻した。
たぶん食堂のことを考えている。
少し待っていると、女子生徒の1人が小さな包みをルークへ差し出した。
「これ、よかったら」
「僕に?」
「うん」
「ありがとう」
ルークは普通に受け取った。
別の女子生徒が続く。
「ルーク君、今日のお昼ってもう決まってる?」
「ごめん。友達と食べる予定なんだ」
「じゃあ明日は?」
「明日はまだ分からないかな」
「分かった。また聞くね」
「うん」
断っているのに、相手はそれほど嫌そうではない。
言い方がうまいんだろう。
「すごいですね」
「何が?」
セレナが聞く。
「俺なら今の、もっと気まずくなりそうです」
「アルはまず誘われてから考えなさい」
「ひどくないです?」
「事実」
「ミアまで」
セレナが笑う。
しばらくして、ようやくルークがこちらへ来た。
片手にはさっきの包み。
もう片方には、小さな紙が2枚ほど増えている。
「待たせた?」
「少し」
セレナが答える。
「ごめん」
俺は紙を見る。
「それ何です?」
「手紙」
「見れば分かります」
「じゃあ聞かなくてもよかったんじゃない?」
「誰からです?」
「さっきの子たち」
「全部?」
「たぶん」
「たぶんって」
ルークはあまり気にしていないらしい。
ミアが包みを見る。
「それ食べ物?」
「お菓子みたい」
「食べる?」
「僕がもらったんだけど」
「食べないなら欲しい」
「食べるよ」
「じゃあいい」
興味が消えるのが早い。
食堂へ向かう途中でも、ルークは何度か声をかけられた。
同じ1年生だけじゃない。
上級生らしい女子生徒までいる。
「ルーク君、今度の休み空いてる?」
「まだ予定決めてないんだ」
「じゃあ決まったら教えて」
「覚えてたらね」
笑いながら返す。
それだけで相手も笑って去っていった。
俺は隣を歩く。
「本当にモテるんですね」
「急にどうしたの?」
「いや、人気あるとは思ってましたけど」
「今日は多いわね」
セレナが言った。
「何かあるんですか?」
「知らない」
ルークが答える。
「最近、他のクラスの子とも話すこと増えたからじゃない?」
「本人が分析するんですね」
「聞かれたからね」
食堂へ入る。
今日も混んでいる。
4人で空いている席を探していると、今度は女子生徒の方から声が飛んできた。
「ルーク君!」
振り返る。
女子生徒が3人座っている。
「ここ空いてるよ!」
確かに何席か空いている。
ルークが俺たちを見る。
「どうする?」
「俺たちは別の席探しますよ」
「なんで?」
「誘われてるのルークでしょう」
「でも4人で来たし」
「別に私はいいけど」
セレナが言う。
ミアは食堂の奥を見ていた。
「麺」
「席より先に料理見てますね」
「今日多い」
何が多いんだ。
ルークは女子生徒たちへ向き直った。
「ごめん。今日はこっちと食べるよ」
「そっか」
「また今度ね」
「うん。また声かけて」
普通に終わった。
空いている長机を見つけて座る。
ミアはすぐに料理を取りに行った。
「ルーク」
俺が聞く。
「何?」
「毎回断ってません?」
「毎回って?」
「さっきから」
「今日はアルたちと食べる予定だったからね」
「じゃあ予定なかったら行くんですか?」
ルークが少し考える。
「その時によるかな」
「曖昧ですね」
「全部断ってるわけじゃないわよ」
セレナが言った。
「前に女の子たちと街歩いてるの見たことあるもの」
「そうなんですか?」
「うん」
ルークはあっさり頷く。
「友達だけどね」
「誰もそこまで聞いてませんよ」
「先に言っておこうと思って」
「怪しいですね」
「アルまで?」
「お酒の件もありますし」
「まだ引っ張るの?」
ルークが苦笑する。
料理を持ったミアが戻ってきた。
宣言通り麺料理。
しかも大盛り。
「それ1人前ですか?」
「大盛り」
「聞いた俺が悪かったです」
ミアは座ると、すぐ食べ始めた。
しばらくして、別の女子生徒が俺たちの席へ来た。
「ルーク君」
「どうしたの?」
「これ」
小さな封筒を差し出す。
「後で読んで」
「分かった。ありがとう」
女子生徒はそれだけ言って、少し恥ずかしそうに戻っていった。
俺はルークを見る。
「今のは?」
「手紙」
「それは分かります」
「まだ読んでないよ」
「そうですよね」
セレナが呆れたように言う。
「アル、さっきから気にしすぎじゃない?」
「珍しいので」
「何が?」
「こういうのを間近で見るのが」
前の人生でも、ここまで分かりやすくモテる知り合いはいなかった気がする。
「毎日こんな感じなんです?」
俺が聞く。
「毎日じゃないよ」
「じゃあ結構あります?」
「アル」
「はい?」
「取り調べ?」
「気になっただけですよ」
ルークが笑う。
「それで」
セレナがルークを見る。
「誰とも付き合わないの?」
「今のところはね」
「なんで?」
俺が聞く。
「別に理由はないよ」
ルークは料理を一口食べる。
「学院に来たばかりだし、やりたいこともあるし」
「真面目ですね」
「意外そうに言わないでくれる?」
「遊んでた噂が」
「またそれ?」
「お酒も」
「もういいって」
ルークが笑う。
ミアは会話に入らず、黙々と麺を食べていた。
少しして、ルークがさっきもらった菓子の包みを机に置く。
ミアの視線が一瞬だけ動いた。
「それ」
「何?」
「本当に食べる?」
「食べるよ」
「分かった」
それだけ聞いて、また麺に戻った。
昼食を終えて教室へ戻る。
途中。
また女子生徒に声をかけられた。
「ルーク君!」
「はいはい、行ってきてください」
俺が言う。
「扱い雑になってない?」
「慣れました」
「早くない?」
「今日だけで何回目です?」
「数えてないよ」
「俺もです」
ルークが女子生徒の方へ歩いていく。
その背中を見ながら、セレナが言った。
「本当に慣れてるわね」
「ですね」
「アルは?」
「何がです?」
「もしああなったら」
想像する。
何人もの女子生徒に囲まれる。
手紙を渡される。
街へ誘われる。
「……逃げます」
「駄目」
「なんで?」
「失礼でしょう」
「じゃあルーク呼びます」
「なんで僕?」
少し離れたところから、もう戻ってきたルークが聞いていた。
「得意でしょう」
「得意って何?」
「こういうの」
「アルも練習すれば?」
「必要になってから考えます」
「一生必要にならないかもしれないわよ」
セレナが言う。
「セレナ、さっきから地味にひどくないですか?」
「冗談よ」
「顔が笑ってますよ」
「冗談だからね」
ルークが笑う。
ミアは少し前を歩きながら、食堂でもらった小さなパンを食べていた。
俺もその後を追った。




