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第50話 見えてないのに

数日後。


レオナードの件は、思っていたより早く学院の日常に埋もれていった。


本人は処分中で、放課後の訓練場には来ていない。


廊下ですれ違ったことはあるけれど、向こうが軽く頭を下げただけだった。


俺もそれに返した。


それだけだ。



「アル」


昼休み。


食堂から教室へ戻る途中で、ミアに呼ばれた。


「何です?」


「今日、やる?」


「土魔法?」


「うん」


「20センチでしたっけ」


「そう」


「まだ諦めてなかったんですね」


「なんで諦めるの?」


「いや、諦めなくていいですけど」


ミアは本気らしい。


最初は大きく動きすぎていた地面も、最近では30センチ前後まで抑えられるようになってきた。


俺からすればまだ十分大きいけど、最初と比べればかなり違う。


「じゃあ授業終わったら少しやりましょうか」


「うん」


「私も行く」


セレナが横から言った。


「また見学ですか?」


「悪い?」


「手伝ってくれてもいいんですよ」


「土掘るのは嫌」


「まだ言ってる」


「アルがやればいいでしょ」


「俺、先生役なんですけど」


「いつから?」


「今決めました」


「勝手ね」



ルークは少し前を歩いている。


別のクラスの生徒に声をかけられて、立ち話をしていた。


「ルークは?」


ミアが聞く。


「あとで聞けばいいでしょう」


「来るかな」


「暇なら来るんじゃないですか」


そう話しながら廊下を曲がる。



その時だった。



後ろで。


ガラッ、と何かが崩れる音がした。



振り返る前に、身体が動いた。



「セレナ、右!」


「え?」


セレナの肩を押す。


同時に。


「ミア、そこ動かないで!」


足を止めたミアの横を、長い木材が斜めに倒れていった。



ガンッ!



大きな音。


俺たちの後ろで、運搬用の台車が傾いていた。


積まれていた木材が何本か床へ落ちている。



「す、すみません!」


台車を押していた作業員らしい男が青い顔で走ってくる。


「車輪が急に……!」


見ると、片側の車輪が外れていた。



「怪我は?」


俺が聞く。


「俺は大丈夫です」


「あなたじゃなくて」


セレナが言う。


「あ」


自分たちを見る。


誰も怪我していない。


ミアの足元から少し離れたところに、木材の端が止まっている。


「危なかったわね」


セレナが言った。


「ですね」


「アルが押さなかったら当たってたかも」


「たぶん」


俺が答える。



作業員が何度も頭を下げている。


「本当に申し訳ありません」


「怪我なかったので大丈夫ですよ」


「でも」


「次から気をつけてもらえれば」


台車の周囲には別の作業員も集まってきた。


俺たちは邪魔にならないよう少し離れる。



そこで。


ミアが俺を見る。


「アル」


「何です?」


「見えてた?」


「何が?」


「木」


「音したでしょう」


「後ろだった」


「だから振り返って」


「振り返る前に言った」


「……そうでした?」


セレナもこちらを見る。


「言われてみれば」


「いや、音で分かったんじゃないですか?」


俺は後ろを見る。


台車があった位置。


木材が落ちた場所。


さっきまで俺たちが歩いていた場所。



「でも」


ミアが言う。


「私、動くなって言われた」


「はい」


「セレナは右って言われた」


「そうですね」


「逆だったら?」


少し考える。


セレナを左へ押していたら、木材の1本が落ちた位置に近づいていた。


ミアが右へ避けていたら、別の木材の先端が通った位置に重なる。


「危なかったかもしれませんね」


「なんで分かった?」


「……音?」


「音で右と左まで分かる?」


「分かる時もあるんじゃないですか」


ミアがじっと見る。


「怪しい」


「何がです?」


「アル」


「俺?」



セレナも考えるように俺を見る。


「そういえばアルって、昔から距離見るの上手いわよね」


「そうですか?」


「護衛の訓練でも、変なところで避けるし」


「変なところって」


「ギリギリ」


「ああ」


それなら分かる。


必要以上に大きく避けないのは、バルガスさんにも散々言われた。


「師匠にも、目だけはいいって言われてましたけど」


「目だけは?」


セレナが聞き返す。


「はい。よく言われました」


「それ褒められてるの?」


「たぶん半分くらいは」


バルガスさんなら、本当にそれくらいの意味で言っていた気がする。



ミアが首を傾げる。


「目がいいって、そういう意味?」


「……違うんですかね」


「たぶん違う」


「じゃあ何なんでしょう」


「知らない」


「知らないんですか」


「でも変」


「変って言わないでくださいよ」



午後の授業は、訓練場での実技だった。


今日は魔法を使った標的訓練。


ただし、威力ではなく精度を見るらしい。



訓練場には大小いくつもの的が置かれていた。


的の横には、それぞれ距離を書いた札が立てられている。


20メートル。


30メートル。


40メートル。


一番遠いものは60メートル。



リディア先生が説明する。


「今日は自分で狙う的を選んでもらいます」


「近いのでもいいんですか?」


誰かが聞く。


「いいわよ。ただし、距離と的の大きさも評価に入れるから」


「じゃあ遠い方が高得点?」


「当てられるならね」


少しざわつく。



ミアが遠くを見る。


「一番遠いの」


「やめといた方がいいんじゃないですか?」


「なんで?」


「的、小さいですよ」


「当てる」


自信満々だ。



順番に生徒が挑戦していく。


セレナは40メートルの的を選んだ。


火球が飛ぶ。


少し横。


でも的の端には当たった。


「惜しい」


俺が言う。


「当たったからいいの」


「中心じゃないですよ」


「うるさい」


次はもう少し中心に近かった。


ちゃんと修正できている。



ルークは同じく40メートル。


闇属性の魔法を飛ばし、ほぼ中心へ当てた。


「うまいですね」


「ありがとう」


「結構距離ありますよ」


「まあね」


ルークは軽く手を振って戻っていった。



ミアの番。


宣言通り、一番遠い60メートルの的を選んだ。


雷が走る。



バチンッ!



的の少し右側。


外れた。


「……」


ミアが無言になる。


「惜しいですよ」


「惜しくない」


「近かったでしょう」


「当たってない」


悔しいらしい。



2発目。


今度は的に当たる。


ただし端。


3発目。


かなり中心へ寄った。



戻ってきたミアが俺を見る。


「アル」


「はい?」


「距離、分かる?」


「札に書いてありますよ」


「そうじゃなくて」


ミアは訓練場の端を指した。


的とは全然違う方向。


大きな木が1本立っている。


「ここから、あの木まで」


「何で急に?」


「いいから」


見る。


「……50メートルちょっとくらいじゃないですか?」


「ちょっと?」


「53くらい?」


ミアが黙る。


「何です?」


「待ってて」


「どこ行くんですか」


ミアは近くにあった訓練用の長い縄を持ってきた。


一定の長さごとに印がついている。


「測る」


「本当にやるんですか」


「うん」


「授業中ですよ」


「まだ次の順番まで時間ある」


行動が早い。



俺も仕方なく付き合う。


縄を伸ばして、何度か位置を取り直しながら測る。


完全に正確ではない。


地面もまっすぐじゃない。


それでも。


「……53くらい」


ミアが言った。



俺を見る。



「何です?」


「合ってる」


「たまたまでしょう」


「じゃあ次」


「まだやるの?」



今度は訓練場の端にある石柱を指した。


「ここからあれ」


少し斜め。


「30……」


見る。


「32くらい」


また測る。



「32」


ミアが言った。



「……」


今度は俺の方が少し黙った。



「アル」


「はい」


「勘じゃない」


「師匠にも目だけはいいって言われてたので、そのせいじゃないですか?」


「目がいいだけで32メートル分かる?」


「……分からないですね」


「やっぱり変」


「また言った」



セレナも近づいてくる。


「何してるの?」


「アルが変」


「それだけ聞くといつも通りね」


「ひどくないですか?」


ミアが説明する。


午前中の木材のこと。


それから今の距離。



セレナが俺を見る。


「本当に測ってないの?」


「測ってませんよ」


「なのに分かる?」


「見れば大体」


「私は分からないけど」


「個人差じゃないですか?」


「53メートルをほぼ当てる個人差?」


「師匠にも、目だけはいいって言われてましたけど」


「だから、それで説明できてないでしょう」


「ですよね」



少し離れたところで。


ルークがこちらを見ていた。


「どうしたの?」


俺が聞く。


「いや」


ルークは笑う。


「アルって、思ってたより距離感いいんだなって」


「そうみたいですね」


「自覚なかった?」


「別に測ることないですし」


「確かに」


ルークはそれ以上何も言わなかった。



俺の番が来る。


一番遠い60メートルの的を見る。


距離は札に書いてある。


それは分かっている。



でも。


的までの距離。


高さ。


自分の立っている位置。


周囲との位置関係。



そういうものが、妙にはっきり分かる。



「アル」


ミアが後ろから呼ぶ。


「一番遠いの」


「ミアが外したやつ?」


「2回目は当てた」


「はいはい」


「中心」


「要求高いですね」



俺は60メートルの的へ手を向ける。


地面から小さな土の塊を持ち上げる。



狙う。



土の塊を飛ばした。



的の端へ当たる。



「中心じゃない」


ミアが言った。


「距離が分かるのと、当てるのは別なんですよ」


「なるほど」


「ちょっと嬉しそうですね」


「安心した」


「何で?」


「アルも失敗する」


「しますよ、普通に」



2発目。


少し修正する。


今度は中心に近い位置へ当たった。



「次」


リディア先生が呼ぶ。


俺は場所を空ける。



戻ると、ミアがまだ俺を見ていた。


「何です?」


「そのうち調べる」


「何を?」


「アルの距離感」


「勝手に研究対象にしないでください」


「面白いから」


「それ理由になります?」


「なる」


即答だった。



セレナが笑う。


「諦めなさい。ミアがこうなったらしばらく続くわよ」


「嫌だなあ」


「20センチもやる」


「そっちも続くんですか」


「うん」


「今日は長くなりそうですね」


ミアは満足そうに頷いた。

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