第48話 そういう問題ではありません
数日後。
午後の授業が終わり、俺は教室で荷物をまとめていた。
「アル」
「はい?」
「今日、訓練する?」
ミアが聞いてくる。
「土魔法ですか?」
「うん」
「少しならいいですよ」
「30センチより小さくする」
「目標が具体的になりましたね」
「次は20」
「いきなり10センチ減らすんですか」
「できるかもしれない」
「その自信はどこから来るんでしょうね」
「やるから」
単純だけど、強い。
セレナも帰り支度を終えた。
「私も行くわ」
「セレナも?」
「見てるだけ」
「またですか」
「何よ」
「手伝ってもいいんですよ」
「土属性じゃないもの」
「地面掘るくらいならできます」
「嫌よ」
即答だった。
ルークは今日は別の用事があるらしい。
「先に行ってて」
「何かあるんですか?」
「先生に呼ばれてるだけ」
「また何かしたんです?」
「僕を何だと思ってるの?」
「お酒に詳しい16歳」
「まだ言う?」
「18歳からですよ」
「知ってるって」
ルークは苦笑しながら教室を出ていった。
俺たち3人も少し遅れて廊下へ出る。
訓練場へ向かおうとしたところで。
「セレナ嬢」
声がした。
セレナの足が止まる。
俺も聞き覚えがあった。
「……また?」
振り返る。
レオナード・ハルヴェインが立っていた。
今日は仲間を連れていない。
「少し話せないか?」
「今から用事があるの」
「少しくらいならいいだろう」
「よくないから断ってるんだけど」
セレナの返事は相変わらずだった。
レオナードが小さく息を吐く。
「何度も断られているのは分かっている」
「なら」
「でも、理由くらい教えてくれてもいいだろう?」
「理由?」
「ああ」
セレナが少し考える。
「行きたくないから」
「……それが理由?」
「十分でしょ」
「いや」
レオナードは困ったような顔をした。
怒っているというより、本当に理解できていないように見える。
「僕は何か、君に失礼なことをしたか?」
「今してる」
「何を?」
「断ってるのに何度も来ること」
「……」
レオナードが黙る。
セレナも黙った。
俺は横で聞いていた。
正直。
俺が入る話ではないと思う。
ミアも同じらしく、何も言わずに立っている。
「なら」
レオナードが言った。
「彼とはどうなんだ?」
視線が俺へ向いた。
「俺ですか?」
「君に聞いていない」
「なら俺を見ないでくださいよ」
思わず言うと、レオナードの眉が動いた。
セレナが俺の前へ少し出る。
「アルが何?」
「いつも一緒にいるだろう」
「だから?」
「君は彼とは街へ行くのか?」
「行くこともあるわ」
「食事も?」
「するけど」
「2人で?」
「それもある」
レオナードの顔が少し固まった。
「……使用人と?」
セレナの目が細くなる。
「その言い方、嫌い」
「事実だろう」
「事実なら何を言ってもいいわけじゃない」
「だが」
「それに」
セレナははっきり言った。
「アルとあなたを比べる理由がないわ」
それはそうだと思う。
俺は誘っていない。
「セレナ」
「何?」
「俺、先に訓練場行っててもいいですか?」
「何でよ」
「俺いると話ややこしくなりそうなので」
「もうなってる」
ミアが言った。
「ですよね」
帰りたい。
レオナードが俺を見る。
「君はいつもそうなのか?」
「何がです?」
「何も気にしていないような顔をして」
「気にしてないので」
「……」
また黙った。
「E級で」
レオナードが言う。
「土属性で、家名もない」
「そうですね」
「なのにセレナ嬢と当然のように一緒にいて」
「はい」
「ルーク・ヴァレンベルクとも友人で」
「はい」
「B級のミア・ハーヴェルまで君のそばにいる」
ミアが少し首を傾げる。
「いる」
「そういう確認いります?」
「いる」
本人が言うならそうなのか。
レオナードの声が少し強くなる。
「なぜだ?」
「何がです?」
「なぜ君なんだ」
聞かれても困る。
「俺に聞かれても分かりませんよ」
「ふざけているのか?」
「いや、本当に」
「僕は伯爵家の嫡男だ」
「学院では関係ないでしょう」
言った瞬間。
レオナードの表情が変わった。
少しまずかったかもしれない。
別に馬鹿にしたつもりはない。
学院でずっと言われていることを、そのまま言っただけだ。
「……分かっている」
レオナードが低く言う。
「なら」
「分かっている!」
声が響いた。
廊下にいた何人かの生徒が振り返る。
セレナが一歩前へ出る。
「レオナード」
「君は黙っていてくれ」
「嫌よ」
「僕は今、彼と話している」
「勝手に絡んでるだけでしょう」
「セレナ嬢!」
魔力が膨らんだ。
一瞬だった。
「レオナード?」
セレナの声。
レオナード自身も、少し驚いた顔をした。
手の周囲に風が集まっている。
止めようとしたように見えた。
でも。
すでに魔法は形になっていた。
「――っ」
風の塊が放たれる。
俺へ向かって。
考えるより先に身体が動いた。
左へ半歩。
それだけで十分だった。
風が制服のすぐ横を抜ける。
後ろの壁へぶつかり、大きな音を立てた。
廊下が静かになる。
「……」
俺は壁を見る。
少し傷がついている。
それからレオナードを見る。
本人が一番青い顔をしていた。
「今の」
セレナの声が低くなる。
「アルに撃った?」
「違う」
「何が違うのよ!」
「撃つつもりは――」
「撃ってるじゃない!」
「セレナ」
「何よ!」
「俺、大丈夫なので」
「そういう問題じゃない!」
また言われた。
レオナードが何か言おうとする。
その時。
「全員、そこから動かないでください」
知らない声がした。
振り返る。
1人の女子生徒がこちらへ歩いてくる。
俺たちと同じ1年生だと思う。
背筋をまっすぐ伸ばし、長い髪を後ろでまとめている。
派手な雰囲気はない。
でも。
歩いてくるだけで、妙に近寄りがたい。
胸元には、学院の紋章とは別の小さな徽章がついていた。
「今、攻撃魔法を使用しましたね」
女子生徒がレオナードを見る。
「……事故だ」
「事故かどうかは、これから確認します」
「君は?」
「生徒会書記、リシア・フェルドです」
書記。
そう名乗った少女は、壁の傷を確認する。
次に俺。
そしてレオナード。
「怪我は?」
俺に聞いているらしい。
「ありません」
「本当に?」
「はい。避けたので」
「そうですか」
一度頷く。
「では、あなたも来てください」
「俺も?」
「当事者ですから」
「でも俺はもういいので」
「……はい?」
「怪我もないですし」
俺はレオナードを指す。
「俺はもういいので、そっちの方と話してもらえれば」
リシアが黙った。
じっと俺を見る。
何だろう。
少し怖い。
「……あなた」
「はい」
「自分が何をされたか分かっています?」
「魔法を撃たれました」
「分かっているじゃないですか」
「でも避けましたよ」
「そういう問題ではありません」
セレナが小さく頷いている。
「ほら」
「何がです?」
「さっき私も言った」
「味方増やさないでくださいよ」
リシアの眉がわずかに動いた。
「あなたが怪我をしなかったことと、学院内で生徒へ攻撃魔法を放ったことは別問題です」
「まあ、それはそうですね」
「なら来てください」
「俺が許したら終わりには?」
「なりません」
即答だった。
「……分かりました」
逆らわない方がよさそうだ。
レオナードを見る。
さっきまでの勢いは完全になくなっている。
「俺は」
「あなたは当然来てもらいます」
「……分かった」
素直だった。
ミアが俺の袖を引く。
「訓練は?」
「今日は無理そうですね」
「20センチ」
「また今度です」
「分かった」
残念そうだ。
セレナはまだレオナードを睨んでいる。
リシアがそんなセレナを見る。
「エルフォードさんとハーヴェルさんは、目撃者として後で話を聞くかもしれません」
「私も今行く」
セレナが言う。
「必要なら呼びます」
「でも」
「今は当事者2人から確認します」
「……分かったわ」
セレナが引いた。
リシアは俺たちへ向き直る。
「行きますよ」
「はい」
俺は歩き出す。
隣にレオナード。
前にはリシア。
少しだけ気まずい。
「アルベルト」
レオナードが小さく呼んだ。
「はい?」
「さっきは」
言葉が止まる。
しばらく待ったけれど。
続きは出てこなかった。
「とりあえず、話してからにしましょう」
俺が言う。
「……ああ」
前を歩いていたリシアが振り返る。
「私語は後にしてください」
「はい」
「すみません」
2人で返事をする。
なんというか。
また面倒なことになった。




