第47話 わからないこと
数日後。
昼休みになると、俺たちはいつものように食堂へ向かった。
「今日、魚」
ミアが言う。
「まだ食堂に着いてませんよ」
「朝見た」
「献立を?」
「うん」
「そこまで確認してるんですね」
「大事だから」
ミアにとっては授業の予定より大事なのかもしれない。
食堂へ入ると、かなり混んでいた。
空いている席を探していると、少し先から声がする。
「ルーク!」
数人の男子生徒がルークを呼んでいた。
「知り合いですか?」
「同じ帝国の貴族だよ。何度か話したことがある」
「また人気者ですね」
「アルも来る?」
「俺?」
「席も空いてそうだし」
見ると、確かに何席か余っている。
俺はセレナとミアを見る。
「どうします?」
「別にいいわよ」
「魚」
「座る場所の話ですよ」
「どこでもいい」
それなら問題なさそうだ。
4人でそちらへ向かう。
近づいてから、俺はその中に見覚えのある顔がいることに気づいた。
レオナード・ハルヴェイン。
セレナも気づいたらしい。
一瞬だけ表情が嫌そうになった。
「ルーク、こっち空いてるぞ」
「ありがとう。4人でもいい?」
「もちろん――」
声をかけてきた男子生徒が俺たちを見る。
セレナを見て少し驚き、ミアを見て、最後に俺を見る。
「構わないよ」
結局、同じ長机を使うことになった。
俺の隣にはルーク。
向かいにはセレナとミア。
少し離れた正面にレオナードが座っている。
「魚、大きい」
ミアは席についた時点で、もう他のことに興味がなさそうだった。
「まだ食べないでくださいよ」
「なんで?」
「全員揃ってないでしょう」
「揃ってる」
「俺の料理まだ来てません」
「アルを待つ?」
「普通はそうでしょう」
「分かった」
ミアが魚から手を離す。
ちょっとだけ成長した。
俺の料理が届き、食べ始める。
最初は普通の話だった。
授業。
教師。
帝国の街。
休暇になったらどこへ帰るのか。
ルークは誰とでも自然に話す。
俺は知らない話が多いので、聞いている方が多かった。
「そういえば、ルーク」
向かいからレオナードが声をかけた。
「何?」
「最近、よく彼らと一緒にいますね」
彼ら。
たぶん俺たちのことだ。
「そうだね」
「同じクラスだからですか?」
「それもあるかな」
「ミア・ハーヴェルは分かります」
ミアが魚を食べながら顔を上げた。
「私?」
「B級でしょう。学院でもかなり噂になっていますから」
「そう」
特に嬉しそうでもない。
レオナードは次にセレナを見る。
「セレナ嬢もC級です」
セレナは何も答えなかった。
そして。
俺を見る。
「ですが、彼はE級だったはずです」
「ああ、アル?」
ルークが何でもないように言う。
「そうだね」
「……それで終わりですか?」
「他に何かある?」
レオナードが少し詰まった。
俺は食事を続ける。
どうやら俺の話らしいけど、何を聞かれているのかよく分からない。
「いえ」
レオナードが続けた。
「あなたほどの方が、なぜE級の生徒といつも一緒にいるのかと思いまして」
ルークが少しだけ首を傾げる。
「友達だから」
「それは分かっています」
「じゃあ答え出てるじゃない」
「そういうことを聞いているわけでは……」
「難しいなあ」
ルークは困ったように笑った。
セレナが食事の手を止める。
「レオナード」
「何だ?」
「さっきから何が言いたいの?」
「別に悪く言っているわけじゃない」
「十分失礼だと思うけど」
「セレナ嬢には聞いていない」
「アルの話をしてるんだから関係あるでしょ」
空気が少し変わった。
周りの男子生徒も、会話を止めている。
「セレナ」
俺は呼ぶ。
「何?」
「俺は別に気にしてないですよ」
「アルが気にするかじゃないの」
「でも昼飯中ですし」
「……あなたね」
セレナが呆れたような顔をする。
レオナードが俺を見る。
「君は気にならないのか?」
「何がです?」
「E級だから、と言われたことだ」
「E級なのは本当なので」
「……」
「測定したらそうだっただけですし」
「それでいいのか?」
「何がです?」
今度は俺が分からなくなる。
横でルークが小さく笑った。
「アルにそういう話しても、たぶん響かないよ」
レオナードがルークを見る。
「なぜです?」
「本人が気にしてないから」
「だとしてもです」
レオナードの表情が少し険しくなる。
「評価というものには意味があるでしょう」
「ありますね」
俺が答える。
「じゃあ」
「でも、それと誰と飯を食うかは別じゃないですか?」
レオナードが黙った。
ミアが魚を食べながら頷く。
「そう」
「ミアは食事から離れてください」
「今、食事の話だった」
「そうですけど」
「じゃあ合ってる」
たぶん合ってる。
ルークが笑う。
「僕もアルと同じかな」
「あなたまで?」
「学院では身分も関係ないし、級で友達を選ぶ決まりもないだろ?」
「それは……そうですが」
「ならいいじゃない」
軽い言い方だった。
でも、レオナードは納得していないようだった。
「それに」
セレナが言う。
「アルがE級だから何?」
「セレナ」
「何よ」
「もういいですって」
「よくない」
「ご飯冷めますよ」
「今その話?」
「大事でしょう」
ミアが頷く。
「大事」
「ミアは黙ってて」
「なんで?」
ルークが笑いを堪えている。
「アル、セレナが怒ってる理由分かってる?」
「俺が馬鹿にされたと思ってるからでしょう?」
「分かってるじゃない」
セレナが言う。
「でも俺は別に」
「だから、それが腹立つのよ」
「俺に?」
「半分くらい」
「なんで……」
俺まで怒られるのは納得いかない。
向かいを見ると、レオナードが黙っていた。
セレナが俺のことで怒る。
ルークは当たり前のように俺を友達だと言う。
ミアは会話に入りながら俺の皿の付け合わせを見ている。
「それ食べる?」
「食べます」
「まだ?」
「まだです」
「じゃあ待つ」
「食べませんよ」
いつの間にか俺の食事まで狙われている。
「……アルベルト」
レオナードが呼んだ。
「はい?」
「君は、エルフォード家の使用人なんだよな?」
「はい」
「貴族ではない?」
「違います」
「出身は?」
「分かりません」
「分からない?」
「10歳より前のことを覚えてないので」
レオナードが少し眉を寄せる。
「家名も?」
「ないです」
「そうか」
何かを考えているようだった。
「それがどうかしたんですか?」
俺が聞く。
「いや」
レオナードは首を振る。
「少し気になっただけだ」
またそれだ。
食事が終わり、席を立つ。
「じゃあ、また」
ルークが他の生徒たちへ手を振る。
俺たちも食堂を出た。
廊下へ出てから、セレナが口を開く。
「やっぱり気に入らない」
「レオナードですか?」
「そう」
「別に悪口言われたわけでもないですよ」
「言い方の問題よ」
「そうですかね」
「そうよ」
ミアが俺を見る。
「アル、気にしなさすぎ」
「ミアにも言われるんですか?」
「うん」
「でもE級は事実でしょう」
「そこじゃない」
セレナとミアがほぼ同時に言った。
俺はルークを見る。
「俺がおかしいんですか?」
「今回は3対1かな」
「そっちに行くんですか」
「多数決だから」
「そういう問題じゃないでしょう」
ルークが笑った。
その頃には、俺にとってレオナードとの会話は、もう昼休みにあった少し面倒な出来事くらいになっていた。




