第45話 それぞれの放課後
翌日の午後。
その日は、午前から座学が続いていた。
魔法理論。
歴史。
魔物についての基礎知識。
どれも必要なのは分かる。
分かるけど。
「眠い」
隣でミアが小さく呟いた。
「寝ないでくださいよ」
「起きてる」
「目、半分閉じてますけど」
「考えてる」
「何を?」
「夕飯」
「絶対授業のことじゃないでしょう」
前の席にいたセレナの肩が少し揺れた。
笑っている。
授業が終わると、教室の空気が一気に緩んだ。
椅子を引く音。
友人同士で話す声。
帰り支度をする生徒。
ルークは少し離れたところで、何人かの生徒に囲まれていた。
「ルークって、また呼ばれてますね」
俺が言う。
セレナがそちらを見る。
「いつものことでしょ」
「人気ある」
ミアも見る。
「家柄もあるし、顔もいいし、話しやすいからね」
「本人に聞かせたら喜びそうですね」
「絶対調子に乗るから言わない」
「聞こえてるよ」
いつの間にかルークがこちらへ来ていた。
「近いな」
「僕の話してたでしょ?」
「悪口じゃないですよ」
「じゃあ何?」
「人気者ですねって」
「それだけ?」
「それだけです」
「つまらないなあ」
「何を期待してるんですか」
ルークが笑う。
ミアはもう興味を失ったらしく、鞄を持って立ち上がっていた。
「帰る?」
「そうですね」
「食堂?」
「夕飯には早いでしょう」
「じゃあどこ?」
「それを今考えてるんですよ」
結局。
4人で図書館へ寄ることになった。
校外学習が中止になった分、授業の予定が少し変わっている。
次の魔法史の授業で使う本を探す必要があった。
「ミアが図書館行くの、珍しいですね」
「失礼」
「本読むんですか?」
「読む」
「何を?」
「魔法」
「ちゃんとした本だった」
「アルは私を何だと思ってるの?」
「よく食べる人」
「それは合ってる」
認めるんだ。
図書館へ向かう途中。
中庭を横切る。
そこには何人かの生徒が残っていた。
剣の素振りをしている者。
魔法の練習をしている者。
ベンチで話している者。
学院ではよく見る光景だ。
「そういえば」
セレナが歩きながら言った。
「今日の実技、何やるか聞いた?」
「まだです」
「私も」
ミアが答える。
ルークが少し考える。
「たしか、近接戦闘の基礎じゃなかったかな」
「魔法学院なのに?」
俺が聞く。
「魔法だけ使えればいいわけじゃないでしょ」
セレナが言う。
「それはそうですけど」
「アルは得意そう」
ミアが言った。
「何がです?」
「近接」
「まあ、魔法よりは慣れてます」
「魔法学院でそれ言う?」
ルークが笑う。
「俺、土属性ですからね」
「それ関係ある?」
「なんとなくです」
図書館へ着く。
中は静かだった。
広い。
学院に来てから何度か使っているけれど、まだどこに何があるか完全には覚えていない。
「魔法史はこっち」
ルークが先に歩く。
「詳しいですね」
「何回か来てるから」
「勉強してるんですね」
「失礼だなあ」
「遊んでる噂があるので」
「あれ、まだ言う?」
「お酒の件もありますし」
「飲んだとは言ってないよ」
「否定もしてないでしょう」
「その話、まだ続いてたの?」
セレナが呆れる。
ミアが横から言う。
「怪しい」
「ミアまでまだ覚えてるの?」
「覚えてる」
「食べ物以外も覚えてるんだね」
「失礼」
「それ、さっきアルにも言ってたね」
目的の本を探す。
授業で指定されたものは、思ったより分厚かった。
「これ全部読むんですか?」
「指定されたところだけでしょ」
セレナが中を見る。
「よかった」
「アル、こういうの苦手?」
ルークが聞く。
「嫌いじゃないですけど、読むの遅いんですよ」
「文字覚えたの遅かったから?」
「ああ。それもあるかもしれません」
この世界の文字を覚え始めたのは、エルフォード家へ来てからだ。
今では普通に読める。
それでも、昔から読んでいる人間と比べれば速くはない。
ミアが別の棚を見ていた。
「何かありました?」
「土魔法」
「また?」
「また」
抜き取った本を見せてくる。
土属性の基本操作。
地面の隆起。
壁。
弾丸。
拘束。
よくある内容だ。
「アルのやり方、載ってない」
「そりゃ載ってないでしょう」
「なんで?」
「そんな有名なやり方じゃないからじゃないですか」
「便利なのに」
「派手じゃないですからね」
「派手じゃなくても強い」
ミアは本を開いたまま言った。
「そうですかね」
「うん」
「でもミアみたいに大きく動かせた方が、できることは多いですよ」
「アルみたいに小さく動かせた方が、できることもある」
「それはそうかもしれませんけど」
「両方できたら強い」
「欲張りですね」
「うん」
迷いなく頷いた。
少し離れたところで、ルークがこちらを見ていた。
「ミア、最近ずっと土魔法練習してるよね」
「面白いから」
「雷の方は?」
「やってる」
「両方?」
「うん」
「大変じゃない?」
「楽しい」
それだけだった。
ルークは少し笑った。
「そっか」
必要な本を借りて、図書館を出る。
外はまだ明るい。
「この後どうします?」
俺が聞く。
「実技まで少し時間あるわね」
セレナが言う。
ミアはすぐ答えた。
「何か食べる」
「さっき昼食食べたでしょう」
「もう減った」
「またそれですか」
「パンある」
「持ってるなら聞かなくていいでしょう」
ミアが包みを取り出す。
ルークが中庭の方を見る。
「僕、少しだけ身体動かしてこようかな」
「実技あるのに?」
セレナが聞く。
「軽くだよ」
「元気ですね」
俺が言う。
「アルも来る?」
「俺は本読んどきます」
「真面目だ」
「遅いので」
「なるほど」
ルークはそのまま訓練場の方へ歩いていった。
「本当に練習好きね」
セレナが言う。
「ルーク?」
「うん。授業の前にもよくやってるじゃない」
「そうなんですか?」
「知らなかったの?」
「気にしてなかったです」
「アルらしい」
ミアがパンを食べながら言う。
「それ、最近よく言われますね」
「アルだから」
「説明になってないですよ」
俺は借りた本を開く。
セレナも隣で自分の本を見る。
ミアはパンを食べながら、さっき借りた土魔法の本を眺めていた。
少し離れた訓練場から、木剣のぶつかる音が聞こえる。
たぶん、ルークだろう。
「アル」
「何です?」
「ここ」
ミアが本を向けてくる。
「硬い地面は動かしにくいって書いてある」
「そうですね」
「アル、動かす」
「小さい範囲なら」
「なんで?」
「全部動かそうとしないからです」
「またそれ」
「便利なんですよ、この考え方」
セレナが横から覗き込む。
「ミア、そのうちアルより土魔法詳しくなるんじゃない?」
「なる」
「即答だ」
「アルに勝つ」
「俺と競ってたんですか?」
「今決めた」
「勝手だなあ」
セレナが笑う。
実技の時間を知らせる鐘が鳴った。
俺は本を閉じる。
「行きますか」
「うん」
「その前に」
ミアが残っていたパンを口へ入れた。
「準備完了」
「何の準備ですか」
「実技」
「絶対関係ないでしょう」
ミアは何も答えなかった。




