第44話 お誘い
数日後。
校外学習の騒ぎも、少しずつ落ち着いてきた。
学院からは、洪水について現在も調査中だという説明があった。
魔族が確認されたこと。
校外学習は安全が確認されるまで当面実施しないこと。
それ以上の詳しい話は、生徒にはまだ伝えられていない。
ネフェリスについても同じだ。
俺たちも、先生から聞いたことを勝手に広めるつもりはなかった。
そんなわけで。
俺たちの日常は、ほとんど元に戻っていた。
「アル」
昼休み。
食堂へ向かおうと席を立ったところで、ミアに呼び止められた。
「何です?」
「今日」
「今日?」
「奢ってもらう日」
一瞬、何のことか分からなかった。
「ああ」
校外学習で助けた3人が、今度食堂で何か奢ると言っていたやつだ。
「今日なんですか?」
「今日」
「いつ決まったんです?」
「さっき」
「俺、聞いてないんですけど」
「今言った」
「そういう意味じゃないです」
ミアはもう食堂へ向かう気になっている。
「セレナとルークは?」
「行く」
「本人たちにも聞きました?」
「まだ」
「じゃあ決まってないでしょう」
後ろからセレナが来た。
「何の話?」
「今日、あの3人が食堂で奢ってくれるらしいですよ」
「ああ。そういえば言ってたわね」
「行く?」
ミアが聞く。
「別にいいけど」
「決まった」
「ルークは?」
「探す」
ミアが教室を見回す。
「さっき出ていったわよ」
「じゃあ後で」
完全に行くことになったらしい。
教室を出て、セレナと並んで廊下を歩く。
途中。
セレナの足が少しだけ遅くなった。
「どうしました?」
「……いた」
「何が?」
「この前話した人」
セレナの視線の先を見る。
廊下の反対側。
数人の男子生徒が歩いてくる。
その中心にいる1人が、こちらに気づいた。
背が高い。
金色の髪。
制服の着こなしも妙にきっちりしている。
見た目だけなら、いかにも育ちの良さそうな貴族だった。
「レオナード・ハルヴェイン」
セレナが小さく言った。
「ヴァルディア帝国のハルヴェイン伯爵家の嫡男よ」
「伯爵家ですか」
「学院じゃ関係ないけどね」
そう言いながら、セレナは少し面倒そうな顔をした。
レオナードも俺たちに気づいたらしい。
まっすぐこちらへ向かってくる。
「セレナ嬢」
「こんにちは、レオナード」
「今日は時間あるかな?」
「ありません」
即答だった。
レオナードの笑顔が少し固まる。
「まだ何も言っていないけど」
「前と同じでしょう?」
「今度こそ違うかもしれない」
「では何です?」
「街に新しい菓子店ができたらしい。一緒にどうかと思って」
「同じじゃないですか」
少し離れたところで、ミアが俺の袖を引いた。
「断るの早い」
「毎回らしいですよ」
「強い」
何が強いんだ。
「セレナ嬢」
レオナードは諦めずに続ける。
「そんなに警戒しなくてもいいだろう。少し話をするだけだ」
「話なら今してます」
「そうではなくて」
「私はこれから昼食なので」
「なら一緒に」
「友人と食べます」
セレナが俺とミアを見る。
レオナードの視線もこちらへ向いた。
まずミア。
それから俺。
少しだけ眉が動いた。
「君がアルベルトか」
「はい」
名前を知られているとは思わなかった。
「最近、よくセレナ嬢と一緒にいるな」
「そうですね」
「以前からの知り合いなのか?」
「はい」
「どれくらい?」
答えようとしたところで。
「レオナード」
セレナが遮った。
「アルに何の用?」
「いや、少し気になっただけだよ」
「なら私に聞けばいいでしょう」
「そう警戒しないでくれ」
「警戒してるんじゃなくて、しつこいのよ」
はっきり言った。
近くを歩いていた生徒が、ちらっとこちらを見る。
レオナードの表情が一瞬だけ固まった。
「……そんなつもりはないんだけどな」
「私はそう感じてる」
「分かったよ」
レオナードは少しだけ息を吐いた。
「今日はやめておく」
「そうしてください」
「また今度」
「今度も断ります」
「そこまで言わなくてもいいだろう」
苦笑しながら、レオナードは仲間のところへ戻っていった。
少し離れてから。
俺はセレナを見る。
「確かにしつこいですね」
「でしょ?」
「でも、ちゃんと引きましたね」
「今日はね」
「今日だけ?」
「前も似たような感じだったわ」
「なるほど」
完全に諦めてはいないらしい。
ミアがレオナードの背中を見る。
「アルのこと見てた」
「そうですか?」
「見てた」
「初めて話したからじゃないですか?」
「違うと思う」
「何が?」
「知らない」
「じゃあ何で言ったんですか」
ミアはもうレオナードへの興味を失ったらしく、食堂の方を見る。
「行く?」
「結局それですか」
「お腹すいた」
「知ってます」
食堂へ向かう途中で、ルークとも合流した。
「何の話してたの?」
「さっき、セレナが前に話してた人に会ったんです」
「前に話してた人?」
「最近、しつこく誘ってくる人」
「ああ」
ルークはすぐに理解したらしい。
「ハルヴェイン伯爵家のレオナードか」
「知ってるんですか?」
「名前くらいはね。同じ帝国の貴族だし」
「有名なんですか?」
「家はそれなりに」
軽い言い方だった。
セレナがルークを見る。
「あなた、本当に貴族の名前はよく知ってるわね」
「一応、僕も貴族だからね」
「普段それっぽくない」
「褒めてる?」
「どうかしら」
「それで?」
ルークが聞く。
「何かあった?」
「いつも通り断っただけよ」
セレナが答える。
「それから、アルのことを少し聞かれたわ」
「僕のことですか?」
「最近よく一緒にいるとか、前から知り合いなのかとか」
「へえ」
ルークが俺を見る。
「人気者だね、アル」
「何がですか」
「知らないところで気にされてる」
「嬉しくないです」
ルークが笑う。
食堂に入ると、校外学習で助けた3人がすでに待っていた。
俺たちを見つけて手を上げる。
「こっちです!」
「来た」
ミアが一番最初に向かっていった。
「走らないでくださいよ」
「走ってない」
少し速いだけらしい。
席へ着く。
3人は改めて礼を言ってきたけれど、そこまでかしこまられるとこっちも困る。
「本当に好きなもの頼んでください」
「いいんですか?」
ミアが即座に聞いた。
「もちろん」
「ミア」
俺が止める。
「何?」
「限度はありますよ」
「好きなものって言った」
「そういうところだけ聞き逃さないですね」
助けた生徒たちが笑った。
結局、俺たちは普通に昼食を食べた。
ミアだけは普通よりかなり多かったけれど。
食べ終わった後。
食堂を出ようとしたところで、少し離れた席から視線を感じた。
見る。
さっきのレオナードだった。
仲間と食事をしている。
ただ。
こちらを見ていたのは、セレナだけじゃなかった。
俺。
それから。
隣で普通に話しているルーク。
さらに、俺の皿に残ったパンを勝手に取ろうとしているミア。
「それ俺のですよ」
「食べない?」
「まだ食べます」
「遅い」
「普通です」
「アル、油断すると全部取られるよ」
ルークが笑う。
「笑ってないで止めてください」
「頑張って」
「何で他人事なんですか」
セレナも呆れながら笑っていた。
その様子を。
レオナードが少し離れたところから見ていた。




