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第42話 約束の夕飯

その日の放課後。


俺たち4人は、学院の食堂ではなく、調理実習にも使われている小さな厨房にいた。


「本当に借りられたんですね」


「借りた」


ミアが答える。


「どうやって?」


「先生に聞いた」


「それだけ?」


「うん」


行動が早い。


昨日まで魔族と戦っていたとは思えないくらい、今日は食べることしか考えていないように見える。


まあ、元気なのはいいことだ。



厨房には一通りの調理器具が揃っていた。


食材も食堂から分けてもらっている。


鶏に似た肉。


小麦粉。


卵。


塩。


香草。


それから、少し癖のある濃い色の調味料。


前の世界とまったく同じものではない。


でも。


「これならいけそうですね」


「何作るの?」


ミアがすぐ横から覗き込んでくる。


「肉です」


「それは見れば分かる」


「珍しく正論ですね」


「珍しく?」


「何でもないです」


前の世界でいうなら、唐揚げみたいなものだ。


肉に下味をつけて、粉をまぶして油で揚げる。


特別な料理じゃない。


一人暮らしの時にも何度か作ったことがある。


油の片付けが面倒だから、頻繁にはやらなかったけど。



「私も手伝うわ」


セレナが言った。


「できます?」


「その言い方何?」


「いや、今まで料理してるところ見たことないので」


「やったことくらいあるわよ」


「本当に?」


「……切るくらいなら」


少し怪しい。


「じゃあ野菜お願いします」


「分かったわ」


付け合わせくらいなら大丈夫だろう。



ルークは机の端に座っている。


「僕は?」


「何かできます?」


「味見」


「それはミアと同じ役割です」


「じゃあ見てるよ」


「結局何もしないんですね」


「適材適所だよ」


どこがだ。



肉を一口大に切って、調味料と塩、香草を混ぜる。


そこへ肉を入れて馴染ませる。


「もう食べられる?」


「食べられません」


ミアが聞いてくる。


「まだ生ですよ」


「じゃあ待つ」


「最初からそうしてください」



少し置いた肉に粉をまぶす。


油を温める。


この世界にも揚げ物自体はあるので、特別珍しい調理法というわけではない。


ただ、こういう食べ方はエルフォード家ではあまり見なかった。



肉を油へ入れる。


ぱちぱちと音がして、香ばしい匂いが広がった。


「……いい匂い」


ミアが近づいてくる。


「危ないので離れてください」


「食べられる?」


「まだです」


少しして。


「これは?」


「まだ」


さらに少しして。


「今のは?」


「まだです」


「さっきより色が濃い」


「よく見てますね」


「見てるから」


そこまで真剣に観察することでもないと思う。



「アル」


セレナが横から呼ぶ。


「はい?」


「これくらい?」


切った野菜を見せてくる。


「大丈夫です」


「そう」


少し嬉しそうだった。


本当に料理は慣れてないらしい。



最初の肉が揚がる。


油を切って皿へ置いた。


ミアの視線が完全にそこへ固定された。


「食べていい?」


「熱いですよ」


「大丈夫」


「絶対熱いです」


「1個」


「少し待ってください」


「……分かった」


ものすごく不満そうだ。



全部揚げ終わる頃には、厨房中に匂いが広がっていた。


パンと野菜も並べる。


今日は肉を多めに用意している。


ミアがいるからだ。



「できましたよ」


言った瞬間、ミアが席についた。


「早いですね」


「待ってた」


「知ってます」



4人で食べ始める。


ミアが最初に肉を口へ入れた。


さくっ、と衣が鳴る。


「……」


「どうです?」


もう1個食べる。


「ミア?」


「美味しい」


「それはよかったです」


そのまま3個目へ手を伸ばした。



セレナも食べる。


「これ、美味しいわね」


「普通に?」


「今回は普通って言ってないでしょ」


「前回言われたので」


「根に持ってるの?」


「少しだけ」


ルークも1つ食べる。


少し噛んでから、何気なく言った。


「これ、酒に合いそうだね」


俺の手が止まる。


セレナも止まった。


ミアだけは食べ続けている。


「……ルーク」


「何?」


「お酒飲むんですか?」


「え?」


「お酒は18歳からですよ?」


一瞬。


本当に一瞬だけ、ルークが黙った。


「知ってるよ」


「じゃあ、なんで酒に合うって分かるんです?」


「……聞いたことがあるだけ」


「今、間がありましたよね」


「気のせいじゃない?」


「気のせいじゃないと思うけど」


セレナも疑うようにルークを見る。


「あなた、学院に入る前かなり遊んでたって噂、本当なんじゃないの?」


「噂って怖いね」


「否定しないのね」


「全部否定して回るのも疲れるから」


ルークは笑って、もう1つ肉を取った。


「でも、本当に合いそうだと思っただけだよ」


「だから、その感想が出る時点で怪しいんですよ」


「アル、細かいね」


「普通です」


「そうかなあ」


結局、ルークは最後まで否定しなかった。



「おかわり」


ミアが皿を差し出す。


「もうですか?」


「うん」


「今の話、聞いてました?」


「聞いてた」


「何の話でした?」


「ルークがお酒飲んでる」


「飲んでるとは言ってないよ」


ルークがすぐ訂正する。


「怪しい」


「ミアまで?」


「怪しい」


セレナも続けた。


「3対1だね」


「何の勝負ですか」



俺はミアの皿に肉を追加する。


「もっと」


「十分あります」


「足りない」


「まだ食べてないでしょう」


「食べられる」


「それは知ってます」


少しだけ増やした。


満足したらしい。



食事が進むにつれて、話もどうでもいいものになっていった。


授業。


寮。


先生。


食堂。


ミアがどれだけ食べるのか。


そんな話ばかりだ。



「そういえば」


セレナがパンをちぎりながら言った。


「最近、変な人に声かけられるのよね」


「変な人?」


俺が聞く。


「同じ1年の貴族」


「知り合いですか?」


「知らない」


「じゃあ何で?」


「知らないわよ」


セレナは少し嫌そうな顔をした。


「廊下とか食堂とかで話しかけてくるの。今度街に行かないかとか、授業の後時間あるかとか」


ルークが笑う。


「それ、普通に誘われてるんじゃない?」


「分かってるわよ」


「断ったんですか?」


俺が聞く。


「毎回断ってる」


「なら、そのうち諦めるんじゃないですか?」


「そう思ってたんだけど、最近ちょっとしつこいのよ」


「先生に言った方がいいんじゃ」


「そこまででもないわ」


「なら放っておけば」


セレナがじっと俺を見る。


「……何です?」


「アルは本当に興味ないわね」


「俺が興味持ってどうするんです?」


セレナは何か言いかけて、やめた。


「別に」



「どんな人?」


ミアが聞く。


「背が高くて、金髪で」


「ルーク?」


「僕じゃないよ」


ルークが即座に否定した。


「もっと偉そうな人」


「それは僕への悪口?」


「違うわよ」


「ならよかった」


本当に気にしてなさそうだ。



俺も、それ以上は深く考えなかった。


セレナなら、嫌なら嫌とはっきり言う。


学院では身分も関係ない。


相手がどこの貴族だろうと、無理に何かをさせることはできない。


今のところは、それで十分だと思った。



「おかわり」


ミアがまた皿を差し出した。


「何個食べるつもりですか?」


「あるだけ」


「それは駄目です」


「なんで?」


「俺たちの分がなくなるからです」


「アルはもう食べた」


「そういう問題じゃないですよ」


「じゃあ、アルの分はいらない」


「勝手に決めないでください」


ルークが笑う。


セレナも笑っていた。



結局。


用意した肉は、ほとんどなくなった。



食べ終わった後は、4人で片付けをする。


今回はルークも働かせた。


「僕、客じゃなかったの?」


「違います」


「途中まで客だと思ってた」


「誰も招待してませんよ」


「セレナに誘われたんだけど」


「じゃあセレナの客ですね」


「何で私が片付けなくていいみたいになってるのよ」


「誰も言ってません」


そんなことを言いながら、皿を洗っていく。



隣ではミアが残った肉の皿を見ていた。


「それ、明日の分です」


「まだ食べられる」


「知ってます」


「今食べたい」


「駄目です」


「じゃあ明日も作る?」


「作りません」


「次は?」


「もう次の話ですか?」


「うん」


「考えておきます」


「肉」


「また肉ですか」


「違う肉」


「種類まで指定し始めた……」


セレナが吹き出した。


ルークも笑った。

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