第41話 ネフェリス
翌日。
俺たち4人は、学院の一室に呼ばれていた。
校外学習で起きたことについて、もう一度詳しく確認するためらしい。
部屋にいるのは俺、セレナ、ミア、ルーク。
向かいにはエドガー先生と、魔法を担当しているリディア先生が座っていた。
机の上には、森で回収された魔道具が置かれている。
正確には、その一部だ。
黒っぽい金属でできた小さな部品。
俺たちが川の近くで見つけたものと同じだった。
「まず、これについて分かったことから説明する」
エドガー先生が言った。
「名前は《ネフェリス》」
「ネフェリス?」
セレナが聞き返す。
「ああ。かなり珍しい魔道具だ」
リディア先生が机の上の部品へ視線を落とした。
「天候そのものを自由に作り出すようなものではありません。周囲にすでに存在する雲や湿気、風の流れに干渉して、一定範囲の天候を変化させるための魔道具です」
「じゃあ、あの雨はこれが原因なんですか?」
俺が聞く。
「可能性は高いです」
「雨を降らせた?」
ミアが言った。
「何もない空から雨を作ったわけではありません」
リディア先生が答える。
「元々雨が降る条件は整っていたのでしょう。それを局地的に強め、長引かせた。そう考えるのが自然です」
あの日の雨を思い出す。
朝から降っていた。
途中から急に強くなり、川の水も想像以上の速さで増えていった。
「川の増水も?」
セレナが聞く。
「雨だけなら、あそこまで急激だったかは分からない」
エドガー先生が地図を広げる。
校外学習で使った森の地図だった。
川の上流を指す。
「教師たちが調べたところ、この辺りで大きな崩落が起きていた」
「崩落?」
「斜面が崩れて、川を一時的に塞いだらしい」
エドガー先生が指を少し下へ動かす。
「そこに大量の水が溜まり、耐えきれなくなって一気に崩れた。それで下流の水位が急激に上がった可能性が高い」
「じゃあ……」
セレナが眉を寄せる。
「魔族が山を崩したんですか?」
「そこまでは分からない」
エドガー先生はすぐに答えた。
「ネフェリスを使って雨を強めた可能性は高い。だが、崩落まで意図的に起こしたという証拠はない」
「偶然かもしれない?」
ルークが聞く。
「ああ。雨で地盤が緩んで自然に崩れた可能性もある」
俺たちが見た魔族は、何も説明しなかった。
魔道具について聞いた時には反応した。
でも、それだけだ。
あの魔族がどこまで狙っていたのかは、まだ分からないらしい。
「それから」
エドガー先生の声が少し低くなった。
「今回の件については、学院内で必要以上に話さないでくれ」
「魔族が出たことも?」
セレナが聞く。
「ああ」
「どうしてです?」
「まだ分かっていないことが多すぎる」
エドガー先生が答える。
「魔族が学院の校外学習を狙ったのか。たまたま同じ区域にいたのか。ネフェリスを何のために使っていたのか。それすら確定していない」
リディア先生も頷く。
「不確かな情報だけが広まれば、生徒たちを必要以上に不安にさせます。保護者や各国にも関係する話になりますから」
なるほど。
魔族が現れた。
その一言だけでも、かなり大きな話になるらしい。
「助けた3人には?」
俺が聞く。
「同じように説明してある。魔族と直接戦ったのは君たち4人だから、詳しい話はここまでだ」
「分かりました」
セレナが頷く。
俺たちもそれに続いた。
少し間が空く。
エドガー先生が俺たちを見る。
「それと、もう1つ伝えておく」
さっきまでより少し真剣な顔だった。
「君たちが戦った魔族についてだ」
誰も喋らない。
「あの個体は、現時点ではA級相当と考えている」
「A級……」
セレナが小さく呟いた。
俺も聞き間違いかと思った。
学院を卒業する頃の平均がC級。
A級なら、そこからさらにかなり上だ。
「そんなに強かったんですか?」
「むしろ、よく全員無事だったと思っている」
エドガー先生が答える。
「魔族は個体差が大きい。ただ、戦闘に出てくる者はB級以上の力を持っていることも珍しくない。A級相当ともなれば、本来学生だけで対処する相手ではない」
思っていたより重い話だった。
あの時は逃げることしか考えていなかった。
でも、もし教師たちが来るのがもう少し遅かったら。
考えるのはやめた。
「そして四天王は別格だ」
エドガー先生が続ける。
「今回の魔族と同じ感覚で考えるな。四天王は、国が戦力を集めて対処するような存在だ」
部屋が静かになる。
四天王。
名前くらいは当然知っている。
魔王の下にいる、魔族側でも特に強い4人。
でも、今まで俺にとっては遠い話だった。
物語の中に出てくるような存在。
今回の魔族がA級相当。
そのさらに上。
少しだけ、距離が縮まった気がした。
あまり嬉しい縮まり方ではない。
「だからこそ」
リディア先生が言う。
「今回、君たちが生き残ったことを『自分たちはA級とも戦える』とは考えないでください」
「考えてません」
俺がすぐ答える。
「アルはそうでしょうね」
セレナが言った。
「何です、その言い方」
「あなた、逃げることしか考えてなかったでしょう?」
「正解だったじゃないですか」
「それはそうだけど」
エドガー先生が少しだけ笑った。
「その判断でいい。勝てない相手と戦わないのも、立派な判断だ」
一通り説明が終わったあと。
俺は隣にいるルークを見た。
昨日から少し気になっていたことがある。
「ルーク」
「何?」
「昨日、最後に言ってたことなんですけど」
ルークがこちらを見る。
「最後?」
「先生たちが来る前です」
少しだけ迷ってから続ける。
「自分がおとりになるって言いましたよね」
セレナとミアもルークを見る。
ルークは一瞬だけ黙った。
「ああ」
「本当にやるつもりだったんですか?」
「うん」
あっさり答えた。
「このまま全員で攻撃を受け続けるより、その方がまだましだと思ったから」
「1人で?」
「時間を稼ぐだけならね」
「怖くなかったんですか?」
俺が聞く。
ルークは少し考えた。
「怖かったよ」
普通にそう答えた。
「でも、他にもっといい方法が思いつかなかった」
それだけだった。
変に格好をつけるでもない。
自信があったようにも見えない。
ただ、その時一番ましだと思った選択をしようとした。
「そうですか」
「急にどうしたの?」
「いや」
俺は少し考える。
「あの状況で、俺なら同じこと言えたかなと思って」
ルークが少し笑った。
「言わなくて済んだんだから、それでいいだろ」
「まあ、そうですね」
エドガー先生が机を軽く叩いた。
「反省会をするのは構わないが、自分を犠牲にする前提の作戦を美化するなよ」
「はい」
ルークが答える。
俺も頷いた。
話が終わり、部屋を出ようとしたところでミアが俺の袖を引いた。
「アル」
「何です?」
「ご飯」
「急ですね」
「約束」
ああ。
森で言っていたやつか。
何か作るという話。
「覚えてたんですか」
「ずっと」
「こういうことだけは本当に忘れませんね」
「大事」
セレナがため息をつく。
「今までの話から一瞬で食事に切り替えられるの、ある意味すごいわね」
「何作る?」
ミアが聞く。
「まだ決めてませんよ」
「肉」
「指定するんですか?」
「肉がいい」
「じゃあ肉にしますか」
「アル、甘い」
セレナが言った。
「別に食べたいもの聞いたくらいでしょう」
「私も手伝うわ」
「料理できます?」
「……少しくらいできるわよ」
「今、間がありましたね」
「できる」
「分かりました」
ルークも横から口を挟む。
「僕も行っていい?」
「もちろん」
「じゃあ4人で」
ミアが満足そうに頷いた。
「肉」
「分かりましたって」
重かった話が終わったばかりなのに、もう夕飯の話をしている。
俺たちはそのまま4人で教室へ戻った。




