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第40話 事情聴取

学院へ戻った頃には、すっかり日が暮れていた。


校外学習は当然中止。


俺たち以外の生徒も、教師たちに誘導されて順番に学院へ戻ってきているらしい。


川の氾濫で怪我をした生徒は何人かいるものの、今のところ死亡者はいないと聞いた。


それを知った時は、本当に安心した。



俺たち7人は、そのまま医務室へ連れて行かれた。


「アルベルト君」


「はい」


「動かない」


「動いてませんよ」


「今、起き上がろうとしたでしょう」


「水を取ろうかなって」


「私が取るから」


「すみません」


治療を担当している先生に止められ、再びベッドへ背中をつける。


大きな怪我はなかった。


腕や脇腹に打撲。


擦り傷。


あとは魔力の使いすぎ。


一番問題なのはそれらしい。


「しばらく魔法は禁止」


「どれくらいです?」


「少なくとも明日は使わないこと」


「分かりました」


「訓練も」


「はい」


「剣も」


「はい」


「本当に?」


「信用ないですね」


「さっき『歩ける』って言いながらふらついた人を信用しろと?」


「……すみません」


何も言えない。



隣のベッドでは、セレナも腕の擦り傷を治療してもらっていた。


「アル」


「はい?」


「だから言ったでしょう」


「何をです?」


「無理してるって」


「結果的には大丈夫でしたよ」


「そういうこと言ってるから信用されないのよ」


治療をしていた先生が頷いた。


「その通り」


「先生まで」


「味方がいると思った?」


セレナが少し得意そうな顔をする。


「いませんでした」


「分かればいいの」


「セレナも結構無茶してましたけどね」


「私はアルより元気」


「それミアにも言われました」


「事実でしょう」


そのミアは、少し離れた椅子で何かを食べていた。


「ミア」


「何?」


「それ、どこから出したんです?」


「もらった」


「誰に?」


「先生」


見ると、パンを食べている。


「医務室で食べていいんですか?」


「魔力使ったから食べなさいって」


「そういう意味か」


ミアは一口食べる。


「足りない」


「まだ言うんですか」


「いっぱい使った」


「それはそうですけど」


確かに、今日のミアは相当な量の魔法を使っていた。


土。


雷。


どちらも規模が大きい。


それでも俺より元気そうなのが少し納得いかない。


元々の魔力量が違うんだろう。



ルークは医務室の入口近くに座っていた。


大きな怪我はないらしい。


さっきから教師の1人と話している。


何を話しているのかまでは聞こえない。


ただ。


いつものように笑ってはいなかった。



しばらくして、治療が一通り終わった。


「今日は寮へ戻って休むこと」


先生が言う。


「事情を聞かれると思うけど、長引かせないようにこちらからも言っておくから」


「ありがとうございます」


「特にアルベルト君」


「はい」


「体調が悪くなったら、その場で言うこと」


「分かりました」


「『まだ大丈夫』は禁止」


「そんなに?」


「禁止」


セレナが横で笑っている。


覚えておこう。



俺たち4人は、そのまま別室へ呼ばれた。


中にはエドガー先生と、見たことのない教師が2人。


机の上には紙が何枚も置かれている。


「座ってくれ」


「はい」


4人で並んで座る。


エドガー先生は俺たちを順番に見た。


「まず」


少し間を置く。


「よく3人を助けた」


セレナが少し姿勢を正す。


俺も何となく背筋が伸びた。


「ただし」


来ると思った。


「危険だと判断した時点で、本来なら教師を待つべきだった」


「……はい」


セレナが答える。


「結果的に全員無事だったからいい、とは言わない」


エドガー先生の声は怒っているというより、真剣だった。


「君たちまで流されていれば、被害はさらに増えていた」


「分かってます」


セレナが言う。


「最初は待つつもりでした」


「聞いている」


エドガー先生が頷く。


「それでも確認へ向かった」


「はい」


「理由は?」


少しだけ沈黙した。


俺が答える。


「近くにいたからです」


先生が俺を見る。


「助けられるかどうかだけ確認しようと思いました。無理なら戻るつもりでした」


「実際には?」


「できそうだったので」


「だから助けた?」


「はい」


エドガー先生は少し考えてから言った。


「判断そのものを責めるつもりはない。ただ、自分たちの力を過信しないこと」


「はい」


「特に今回のような災害では、状況が変わる」


それは身に染みている。


最初は川だけだった。


その後、魔族まで出てきた。


「覚えておきます」


「そうしてくれ」



そこから、俺たちは順番に今日の出来事を説明した。


朝から降り始めた雨。


徐々に強くなったこと。


途中で逃げてきた生徒と会ったこと。


川の氾濫。


取り残されていた3人。


ミアと俺の土魔法を使った救助。


上流側へ移動したこと。


不自然な斜面。


金属片。


足跡。


そして。


赤い目の魔族。



「金属片を見つけた場所は間違いない?」


教師の1人が地図を広げる。


「この辺りです」


ルークが指差す。


「川からは?」


「歩いて少し離れていました」


「斜面の近く?」


「はい」


俺も地図を見る。


「土が不自然に動いてた場所の近くです」


「不自然とは?」


質問され、少し考える。


「自然に崩れたにしては、土の流れ方が変だったというか……」


「魔法を使った跡だと思った?」


「そこまでは分かりません」


俺は首を振る。


「俺は土属性ですけど、見ただけで誰かが魔法を使ったかまでは分からないです」


「ミア君は?」


「変だった」


「魔力は感じた?」


「土からは分からなかった」


ミアが答える。


「でも、金属には残ってた」


教師たちが視線を交わした。


「やはりか」


エドガー先生が小さく呟く。


「何か分かったんですか?」


セレナが聞く。


「まだ断定はできない」


先生はすぐに答えた。


「回収した破片は調査中だ」


「魔道具なんですか?」


俺が聞く。


「その可能性が高い」


「何の?」


「それも調べているところだ」


そこまでか。


少し残念だが、当然だと思う。


拾ったばかりの破片を見ただけで、何でも分かるわけじゃない。



「ただ」


もう1人の教師が言った。


「普通の生活用魔道具ではない」


「分かるんですか?」


「刻まれていた術式の一部が特殊なんだ」


「術式……」


俺にはほとんど分からない分野だ。


「天候や大気に関係する系統が含まれている可能性がある」


部屋が静かになった。


最初に口を開いたのはセレナだった。


「天候?」


「まだ可能性の段階だ」


教師は繰り返した。


「破片だけでは何とも言えない」


でも。


今日の雨。


上流の土砂崩れ。


川の氾濫。


その近くに落ちていた、天候に関係する可能性のある魔道具。


偶然にしては。


少し出来すぎている。



「じゃあ」


俺は聞いた。


「今日の雨も、あの魔族が?」


「分からない」


エドガー先生が答える。


「そこを調べる」


断言しない。


だからこそ、その言葉が重かった。



隣を見る。


ルークが黙っている。


「ルーク?」


「ん?」


「どうしました?」


「いや」


ルークは少しだけ笑った。


「考えてただけ」


「何を?」


「今日のこと」


それはそうだ。


でも。


何となく気になった。



エドガー先生がルークを見る。


「君は何か気づいたことがあるか?」


「僕?」


「ああ。戦闘中も周囲をよく見ていた」


「そうですね……」


ルークは少し考える。


「魔族は最初、僕たちを積極的に追いかけていたようには見えませんでした」


言われてみる。


「確かに」


最初に赤い目を見た時、すぐには襲ってこなかった。


「でも金属片のことを聞いた後、攻撃してきた」


ルークが続ける。


「偶然かもしれませんけど」


教師たちが紙へ書き込む。


「他には?」


「僕からはそれくらいです」


ルークはそう答えた。


いつもの調子に戻っている。


それ以上は何も言わなかった。



事情聴取が終わった頃には、かなり遅い時間になっていた。


「今日はもう戻って休め」


エドガー先生が言う。


「明日の授業は?」


セレナが聞く。


「午前は休講だ」


「校外学習に参加してない学年も?」


「1年生だけだ。全員の安全確認と説明をする」


「なるほど」


「君たち4人は午後も休んでいい」


「俺は大丈夫です」


言った瞬間。


3人から見られた。


セレナ。


ミア。


エドガー先生。


「……休みます」


「それがいい」


先生が頷いた。



部屋を出る。


廊下は静かだった。


さすがに疲れた。


「お腹すいた」


ミアが言った。


「さっきパン食べてましたよね?」


「もうない」


「早いなあ」


「アル」


「はい?」


「料理」


「今から?」


「違う」


ミアが首を振る。


「約束」


昼に話したことを思い出す。


料理ができると言ったら、何を作れるのか聞かれた。


今度何か作る。


そんな話をした。


「覚えてたんですね」


「うん」


「今日は無理ですよ」


「分かってる」


ミアが俺を見る。


「元気になったら」


「はいはい」


「はいは1回」


思わず立ち止まった。


セレナを見る。


「今の教えました?」


「教えてないわよ」


「自然に覚えた」


ミアが言う。


「変なところばっかり覚えますね」


「大事」


何が大事なんだろう。



少し前を歩いていたルークが笑った。


いつもの笑い方だった。



今日。


ルークは最後に、自分がおとりになると言った。


あの状況で。


自分なら、同じことが言えただろうか。


少し考えたけれど、答えは出なかった。




でも。


「ルーク」


「何?」


振り返る。


「……いや」


今聞くことでもないか。


「何でもないです」


「気になるなあ」


「また今度聞きます」


「じゃあ、その時ね」


ルークは笑って、また前を向いた。



俺も歩き出す。



校外学習は終わった。



ただ。



雨も。


川の氾濫も。


あの魔族も。



まだ何も終わっていない気がした。

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