第38話 限界
黒い魔力が放たれた。
さっきまでとは違う。
速さも、量も、広がり方も。
「散って!」
ルークの声と同時に、全員が動いた。
俺も地面を蹴る。
だが、後ろには助けた3人がいる。
自分だけ避ければいいわけじゃない。
「ミア!」
「うん!」
俺が地面へ魔力を流すより早く、ミアが大量の土を持ち上げた。
壁。
いや、壁というより土の塊だ。
そこへ俺も魔力を重ねる。
正面から受ける形じゃ駄目だ。
少し斜めに。
黒い魔力が当たった時、横へ逃げるように形を変える。
「アル、これ?」
「もう少し右!」
「分かった」
ミアが動かす。
俺が整える。
その直後。
黒い魔力が土へ衝突した。
轟音が響く。
土の壁が一気に削られた。
「っ……!」
衝撃が身体まで伝わってくる。
完全には止められない。
黒い魔力の一部が壁を抜けてくる。
「まだ来る!」
セレナが前へ出た。
炎を広げ、残った魔力へぶつける。
その横からルークの闇も重なった。
3つの魔法がぶつかり合う。
空気が震えた。
最後に大きな音がして、黒い魔力が散った。
「……止めた」
セレナが息を吐く。
だが、声には余裕がなかった。
俺も同じだ。
今の1回だけで、かなり魔力を使った。
魔族の男は、まだ立っている。
当然のように。
こちらは4人がかり。
相手は1人。
それなのに、追い詰められているのは俺たちだった。
「これ、本当にA級なの?」
セレナが小さく聞く。
「分からない」
ルークが答える。
「でも、少なくとも僕たちより上だ」
その言い方が妙に冷静だった。
「どうする?」
「逃げたい」
「それは私もよ」
「でも逃がしてくれない」
ルークが魔族を見る。
男は追ってこない。
ただ、こちらを見ている。
さっきまでとは違って、完全に警戒されている。
「3人だけ先に行かせる?」
セレナが聞いた。
「駄目だ」
ルークはすぐに否定した。
「追われたら守れない」
俺も同意だった。
人数が多いのは動きづらい。
でも、分かれてしまえばもっと危ない。
「じゃあ、先生が来るまで持たせるしかないですね」
「来ればね」
「嫌なこと言わないでください」
「僕も来てほしいよ」
ルークが少しだけ笑った。
それでも目は魔族から離していない。
魔族が動いた。
「来る!」
今度はセレナを狙った。
速い。
炎が飛ぶ。
魔族は避ける。
ミアの雷が重なる。
それもかわす。
俺は横から入る。
剣。
腕。
足。
全部を見る。
踏み込み。
次の位置。
今。
地面をずらす。
だが。
魔族は足を置く直前に跳んだ。
「っ!」
読まれた。
空中から黒い魔力が飛ぶ。
避ける。
地面に当たり、土が弾けた。
視界が一瞬塞がる。
まずい。
その中から魔族が出てくる。
目の前。
近い。
拳が来る。
剣では間に合わない。
腕を上げる。
衝撃。
身体が浮いた。
「アル!」
地面へ落ちる。
今度は受け身を取れた。
すぐに転がって距離を取る。
「大丈夫!」
腕が痺れている。
骨はたぶん大丈夫だ。
たぶん。
立ち上がる。
魔族が追ってくる。
「しつこいな……」
俺が狙われ始めている。
さっき足元を崩したせいか。
嬉しくない。
本当に。
「アル、下がって!」
セレナの炎が俺と魔族の間を横切る。
その間に距離を取る。
ミアの雷が続く。
魔族が避けた先へルークの火。
さらに闇。
攻撃を重ねる。
それでも当たらない。
いや。
少しずつは掠っている。
服が焦げる。
腕に浅い傷ができる。
だが、それだけだ。
「ミア!」
「うん」
今度は俺が言う前に、ミアが地面を持ち上げた。
魔族の前方。
大きすぎる。
でも。
「そのまま!」
俺は壁の端だけを動かす。
魔族が避ける方向を狭める。
右。
そこへセレナの炎。
左へ逃げる。
ルークの闇。
魔族が後ろへ下がる。
ミアの雷。
直撃した。
一瞬、白い光が森を照らす。
「当たった!」
セレナが叫ぶ。
魔族の身体が後ろへ飛んだ。
木の幹へぶつかる。
今度こそ。
そう思った。
男は普通に立ち上がった。
「……嘘でしょ」
セレナが呟く。
肩から煙が上がっている。
皮膚にも傷がある。
でも、それだけだった。
ミアの雷をまともに受けて、それだけ。
「硬い」
ミアが言った。
「硬いで済ませていいんですかね」
「じゃあ、すごく硬い」
「そういう問題じゃないです」
ミアは少しだけ眉を寄せた。
「もう1回」
「待って」
ルークが止めた。
「ミア、魔力どれくらい残ってる?」
「まだある」
「どれくらい?」
「……半分くらい」
初めて少し考えて答えた。
ミアで半分。
俺はもっと少ない。
セレナも呼吸が荒くなっている。
ルークだけはまだ余裕があるように見えるが、何度も魔法を使っている。
こっちは確実に削られている。
魔族の男が、ゆっくりこちらへ近づいてくる。
急いでいない。
逃げられないと分かっているみたいに。
「アル」
ルークが小さな声で呼んだ。
「はい」
「もう大きい魔法は使わなくていい」
「俺、大きいのほとんど使ってませんよ」
「それもそうか」
「何ですか、それ」
「でも、魔力残して」
ルークの視線は前を向いたままだ。
「最後に動けなくなるのが一番まずい」
その言葉には妙な重みがあった。
「分かりました」
俺も自分の状態を確認する。
まだ動ける。
魔法も使える。
でも、さっきまでと同じペースで使い続けたら長くは持たない。
13歳の時、魔力を使いすぎて倒れたことを思い出す。
頭痛。
吐き気。
身体から力が抜ける感覚。
今それになるわけにはいかない。
魔族が手を上げた。
また黒い魔力が集まる。
「来るよ」
ルークが言う。
今度はもっと大きい。
さっき止めたものより。
「また壁?」
ミアが聞く。
俺は魔族と後ろの3人を見る。
同じやり方で受け続けるのは無理だ。
「いや」
周囲を見る。
木。
斜面。
地面。
全部を止める必要はない。
「避けます」
「3人は?」
セレナが聞く。
「動かします」
「どうやって?」
地面を見る。
後ろの3人が立っている場所。
その足元だけ。
「3人とも!」
俺が叫ぶ。
「今から地面が動きます! 転ばないようにしてください!」
「え?」
説明している時間はない。
魔族の魔力が膨らむ。
俺は3人の足元へ魔力を流した。
地面そのものを持ち上げる。
大きくじゃない。
斜めに。
3人が立っている場所ごと、少し横へ押す。
「うわっ!」
「何!?」
3人が慌てて体勢を取る。
セレナとミアも走る。
ルークは俺の横。
黒い魔力が放たれた。
「アル!」
「今!」
地面をさらに動かす。
俺も飛ぶ。
直後、さっきまで俺たちがいた場所を黒い魔力が通り抜けた。
木が数本まとめて折れる。
地面が抉れる。
「……危な」
今のは。
本当に危なかった。
もう少し遅ければ、誰かが巻き込まれていた。
「アル、大丈夫?」
セレナが駆け寄ってくる。
「はい」
答えた瞬間、頭の奥がズキッと痛んだ。
「……たぶん」
「たぶん?」
「ちょっと使いすぎました」
「休んで」
「今は無理でしょう」
「でも――」
「まだ動けます」
嘘ではない。
でも、余裕もない。
ルークが俺を見る。
一瞬だけ険しい表情になった。
「次は僕たちでやる」
「でも」
「アルは魔法を使わないで」
声が強かった。
「本当に必要な時だけ」
「……分かりました」
ここで意地を張る意味はない。
魔族がまた近づいてくる。
セレナが前へ出る。
ミアも並ぶ。
ルークは少し後ろ。
俺は剣を握る。
魔法を使わないなら、身体でやるしかない。
それでも、できることはある。
「来る」
ミアが言った。
魔族が地面を蹴る。
今度はルークへ向かった。
ルークが闇を放つ。
避ける。
火。
また避ける。
そのまま距離を詰める。
「ルーク!」
俺が走る。
間に入る。
魔族の拳。
避ける。
もう1つ。
腕。
肩。
足。
見える。
バルガスさんより遅い。
いや。
違う。
バルガスさんが速すぎる。
でも。
今なら。
身体を横へ。
拳を避ける。
そのまま懐へ入る。
腕を掴む。
魔族の表情が初めて少し動いた。
「っ!」
掴んだ。
次。
足を掛ける。
崩す。
バルガスさんには何百回やっても通らなかった。
カイルさんにも何度も返された。
でも。
相手は俺が剣と魔法だけで戦うと思っていた。
一瞬だけ反応が遅れる。
「今!」
身体を捻る。
魔族の体勢が崩れた。
完全には投げられない。
重い。
強い。
でも十分。
「セレナ!」
炎。
「ミア!」
雷。
2つが同時に飛んでくる。
俺は手を離し、地面を蹴て離れる。
炎と雷が魔族へ直撃した。
轟音。
男の身体が吹き飛んだ。
今度は大きな木を1本折りながら地面へ落ちた。
「やった?」
セレナが息を切らしながら言う。
「たぶん駄目です」
俺は答えた。
「何でよ!」
「なんとなく」
「そういう時だけ当たるのやめて!」
土煙の向こうで。
影が動いた。
男が立ち上がる。
さっきより傷は増えている。
服も破れている。
血も出ている。
それでも。
立っている。
「……これでも駄目なの」
セレナが声を失う。
ミアも何も言わなかった。
ルークだけが男を見ている。
「もう無理だ」
静かな声だった。
「ルーク?」
「次をまともに受けたら、誰かが倒れる」
否定できない。
俺は魔力が少ない。
セレナもかなり使っている。
ミアも半分近く。
ルークも無限じゃない。
魔族の男が両手を上げた。
今までで一番大きな魔力が集まり始める。
周囲の空気が震える。
「……これ」
セレナが一歩下がる。
「止められる?」
誰も答えなかった。
俺も分からない。
でも。
後ろには3人いる。
逃げ切れる距離じゃない。
なら。
やるしかない。
剣を地面へ刺す。
両手を地面へ向ける。
「アル?」
「止めます」
「さっき魔法使うなって」
「これだけです」
どこまで動かせる。
残っている魔力で。
大きな壁は無理。
なら、斜めに。
逸らす。
ミアに大きく動かしてもらう。
俺が形を整える。
セレナとルークで削る。
「ミア」
「分かってる」
ミアが俺の隣へ来た。
「大きいの作る」
「お願いします」
「セレナ」
「分かってるわ」
炎が集まる。
「ルーク」
ルークは答えなかった。
魔族を見たまま、ほんの少し前へ出る。
「ルーク?」
「……僕がおとりになる」
一瞬、意味が分からなかった。
「は?」
セレナもルークを見る。
「何言ってるの?」
「このまま全員で受けるより、その方がいい」
ルークは魔族から目を離さない。
「アルは3人を守って。セレナとミアも下がって」
「待ってください」
「大丈夫」
「何が大丈夫なんですか」
「時間は稼ぐ」
いつもの軽い笑い方ではなかった。
冗談を言っているようにも見えない。
「ルーク」
セレナの声も強くなる。
「1人で何とかできる相手じゃないでしょ」
「分かってるよ」
「なら――」
「だから、おとりになるんだ」
ルークがもう一歩前へ出た。
「少しでも離れたら、そのまま3人を連れて行って」
「ルーク!」
俺が呼ぶ。
振り返らない。
その瞬間だった。
森の向こうから。
何かが飛んできた。
魔族の足元へ突き刺さる。
剣。
次の瞬間。
地面が爆発したように弾けた。
魔族が大きく後ろへ跳ぶ。
「全員、その場から離れなさい!」
聞き覚えのある大人の声が森に響いた。
木々の間から、数人の教師が走ってくる。
先頭にいたのはエドガー先生だった。
「先生!」
セレナが叫ぶ。
エドガー先生は俺たちを一度だけ確認すると、すぐに魔族へ向き直った。
「7人とも無事か!」
「はい!」
「怪我は?」
「ありますけど、動けます!」
「なら後ろへ! ここからは教師が引き受ける!」
その言葉を聞いた瞬間。
身体から力が抜けそうになった。
助かった。
本当に。
ルークも何も言わず、ゆっくり後ろへ下がってきた。
「アル」
ミアが俺の袖を掴んだ。
「何です?」
「顔、白い」
「そうです?」
「うん」
セレナも俺を見る。
「座ってなさい」
「まだ大丈夫です」
「いいから!」
「……はい」
素直に地面へ座る。
頭が痛い。
身体も重い。
でも。
7人いる。
誰も欠けていない。
それだけ確認して、ようやく息を吐いた。
前を見る。
教師たちと魔族が向き合っている。
魔族は俺たちを見ない。
逃げるのか。
戦うのか。
分からない。
ただ。
もう、俺たちが相手をする必要はなかった。




