第37話 A級相当
魔族の男が地面を蹴った。
速い。
さっき進路を塞がれた時と同じだ。
目で追おうとする。
無理だ。
姿が一瞬ぶれる。
「右!」
ルークの声が飛んだ。
考えるより先に身体を動かす。
直後、俺が立っていた場所を黒い魔力が薙いだ。
地面が抉れる。
「うわっ……」
まともに受けたら終わる。
そう思った。
「散らばりすぎないで!」
ルークが叫ぶ。
「後ろの3人を中心に!」
セレナとミアがすぐに動く。
俺も立ち位置を変えた。
敵を倒すことより、3人を守る。
今はそれが優先だ。
魔族の男がもう一度動く。
今度は見失わないように、身体全体を見る。
肩。
腰。
足。
バルガスさんやカイルさんとの稽古で何度もやってきた。
相手の攻撃そのものじゃない。
動く前を見る。
男の重心が僅かに変わる。
左。
そう思った。
「セレナ!」
「分かってる!」
セレナが炎を広げた。
男の進路を塞ぐように火が走る。
魔族は真正面から突っ込まず、わずかに進路を変えた。
そこへミアの雷が落ちる。
バチッ!
直撃――しない。
男はさらに身体をずらした。
「避けた」
ミアが小さく言う。
その隙にルークの炎が飛ぶ。
セレナとは違う。
細く、速い。
男が腕を振る。
黒い魔力が炎を弾いた。
「ルーク、火も使えるんですね」
「今それ聞く?」
「ちょっと気になって」
「後でね!」
ですよね。
男の視線が俺たちを順番に追う。
焦っている様子はない。
怒ってもいない。
ただ、邪魔なものを処理するような目だった。
それが余計に怖い。
「逃げ道を作る」
ルークが低い声で言った。
「セレナ。右を焼ける?」
「できるわ」
「ミアは左。威力より広く」
「分かった」
「アルは中央」
「何します?」
「何でもいい。止めて」
雑だな。
でも言いたいことは分かる。
魔族を倒す必要はない。
一瞬止まればいい。
その間に3人を逃がす。
「行くよ!」
セレナが炎を放つ。
森の右側を塞ぐように火が広がる。
同時に左へ雷が走った。
完全に当てるためじゃない。
進める場所を減らすためだ。
男が中央へ動く。
来た。
俺は地面を見る。
いや。
見すぎるな。
相手を見る。
男の右足が出る。
次は左。
その次。
踏む場所が分かる。
たぶん。
「今」
地面をわずかに沈ませる。
ほんの少し。
男の足が着く。
体勢が崩れる――。
崩れない。
「え?」
踏み抜いたはずなのに。
男は足首だけで動きを吸収した。
そのまま来る。
速い。
「アル!」
セレナの声。
避ける。
ぎりぎりだった。
黒い魔力を纏った腕が頬の横を通る。
風圧だけで顔が痛い。
距離を取ろうとする。
追ってくる。
まずい。
剣を横に振る。
避けられる。
そのまま腕を掴みにいく。
男が肘を引く。
読まれた。
腹に膝が来る。
身体を捻る。
完全には避けられない。
「っ!」
脇腹に衝撃が入り、身体が横へ飛んだ。
地面を転がる。
「アル!」
「大丈夫です!」
痛い。
でも、まだ動く。
その瞬間。
男の背後から炎が飛んだ。
ルークだ。
魔族が振り返る。
黒い魔力で弾く。
そこへミアの雷。
さらにセレナの炎。
連続で魔法が飛ぶ。
男は避ける。
弾く。
防ぐ。
全部に対応している。
「全然当たらない」
セレナが歯を食いしばる。
「当てる必要はない!」
ルークが返す。
「時間を稼げればいい!」
その言葉に、セレナもすぐ切り替えた。
炎の狙いが変わる。
魔族本人ではなく、その周囲。
動ける場所を減らしていく。
ミアも雷を広く落とし始めた。
2人とも分かってる。
なら俺も。
立ち上がる。
剣を握り直す。
男は俺を見る。
また来る。
今度は地面を動かさない。
待つ。
男が踏み込む。
右。
左。
次。
もう少し。
まだ。
バルガスさんに何度も言われた。
早い。
魔法を使うのが早い。
相手が踏む場所を決めてから動かせ。
ギリギリまで待て。
怖い。
普通に怖い。
でも。
「今」
地面を動かす。
男の足が着いた瞬間。
ほんのわずかに横へずらす。
「っ」
初めて。
男の上体が傾いた。
ほんの一瞬だけ。
でも。
見えた。
「セレナ!」
「分かってる!」
炎が飛ぶ。
魔族は無理に体勢を戻さず、そのまま地面を蹴って横へ逃げた。
炎が服の端を掠める。
初めて攻撃が触れた。
「当たった!」
セレナが言う。
「掠っただけです!」
「十分よ!」
確かに。
今はそれでいい。
魔族が俺を見る。
さっきまでと違う。
少しだけ。
ほんの少しだけ、警戒が混じった気がした。
嬉しくはない。
むしろ嫌だ。
「アル」
ルークが俺の横へ来た。
「今の、もう一回できる?」
「たぶん」
「たぶん?」
「確実じゃないです」
「十分」
ルークは短く答えた。
「僕が合わせる」
「何するんです?」
「アルが崩す。僕が撃つ」
「簡単に言いますね」
「できる?」
少しだけ考える。
「やります」
「じゃあそれで」
魔族が動く。
俺たちも構える。
ルークの右手には闇。
左手には炎。
2つ。
同時に使うつもりか。
そんなことを考えている暇はない。
男が来る。
俺を見る。
まずい。
狙いは俺だ。
「アル!」
ルークが叫ぶ。
分かってる。
避ける。
男の拳。
かわす。
蹴り。
下がる。
黒い魔力。
身体を捻る。
近い。
逃げ切れない。
なら前へ。
一歩入る。
男の腕を剣で押し上げ、そのまま身体を寄せる。
バルガスさんに何度もやった。
何度も失敗した。
でも、今は相手の方が少し驚いた。
その一瞬。
足を見る。
次に置く場所。
「そこ」
地面をずらす。
男の右足が僅かに流れた。
「ルーク!」
闇が飛ぶ。
魔族が反応する。
さらに横から炎。
2つを同時に避けきれない。
男が黒い魔力を広げる。
闇を受け止めた。
炎が肩へ当たる。
ドンッ!
魔族の身体が少しだけ後ろへ下がった。
煙が上がる。
「効いた?」
セレナが言う。
煙の中から男が出てきた。
肩の服が焼けている。
だが。
それだけだった。
傷らしい傷はほとんどない。
「……嘘でしょ」
セレナの声が低くなる。
ルークも黙った。
魔族の男が、初めてはっきりと俺たちを見る。
今までのようにただ処理する相手としてではない。
それでも、驚きや感心はなかった。
ただ。
次は確実に潰す。
そんな目に見えた。
空気が重くなる。
男の周囲に黒い魔力が集まり始めた。
さっきまでとは量が違う。
「まずい」
ルークが呟いた。
「何が?」
セレナが聞く。
ルークは魔族から目を離さない。
「さっきまで、こいつ本気じゃなかった」
背中が冷たくなる。
「今ので?」
俺が聞く。
「たぶん、少し本気になった」
嬉しくない。
本当に。
魔族が手を上げる。
黒い魔力が広がる。
今までの塊とは違う。
周囲そのものが暗くなったように見えた。
「全員、下がって!」
ルークが叫ぶ。
俺たちは一斉に動く。
助けた3人を庇うように前へ出る。
魔族の魔力が膨れ上がる。
その圧だけで。
分かった。
学院で習った級の基準。
C級。
B級。
A級。
正確に測ったわけじゃない。
それでも。
少なくとも。
こんなものが、学生の相手として想定されているはずがない。
「……A級」
セレナが呟いた。
ルークは否定しなかった。
黒い魔力が放たれた。




