第31話 校外学習
校外学習当日。
俺たち1年生は学院の正門前に集まり、何台かの馬車に分かれて目的地へ向かった。
学園都市を出てしばらくすると建物が減り、窓の外には畑と森が広がっていく。
今回向かうのは、学園都市から北にある管理区域の森だ。
危険な魔物は定期的に討伐されているらしいが、弱い魔物まですべて排除されているわけではない。
制限時間は3日。
順調に進めば2日ほどで到着できる距離だが、どの経路を選ぶかは俺たち次第だ。
ただ魔物を倒せばいいという授業ではない。
道を選ぶことも、食料や水を管理することも、野営することも、何か問題が起きた時に4人で対処することも含めて評価される。
森の入口で馬車を降りると、班ごとに地図と方角を確認する。
「最初はこっちね」
セレナが地図を見ながら言った。
「そっちでも行けますけど、少し遠回りになりますよ」
「でも道は歩きやすいでしょ?」
「そうですね」
俺が答えると、ルークも地図を覗き込んだ。
「今日は天気もいいし、それでいいんじゃないかな。無理に距離を縮める必要もなさそうだ」
「何でもいい」
ミアは地図を見ることすらせずに言った。
「少しは考えなさいよ」
「3人が考えてる」
「そういう問題じゃないでしょ」
いつもの調子だ。
結局、俺たちは少し遠回りになる代わりに歩きやすい経路を選んだ。
3日まで使えるなら、わざわざ最短の道を選ぶ必要もない。
森へ入ってからしばらくは、特に問題も起きなかった。
学院の訓練場とは違って足元には木の根や石が多く、場所によってはぬかるんでいる。
それでも、これまでの訓練で似たような状況は経験している。
セレナが先頭で進む方向を決め、俺が地面や周囲の状態を見る。
ルークは時々地図を確認しながら、見落としがないか後ろから補っていた。
ミアは普通に歩いていた。
最初のうちは。
「アル」
後ろから呼ばれて振り返る。
「どうしました?」
「疲れた」
「少し休憩します?」
「おんぶ」
「嫌ですよ」
即答すると、ミアは少しだけ首を傾けた。
「おんぶ」
「言い直してもやりませんって」
「アル」
「駄目です」
セレナとルークがこちらを見ていた。
「ミア」
セレナが声をかける。
「アルも荷物を持ってるんだから、自分で歩きなさい」
「やだ」
「歩けるんでしょ?」
「歩ける」
「じゃあ歩きなさい」
「アルにおんぶしてもらう」
「なんでよ」
「楽だから」
「なおさら駄目でしょ」
セレナは明らかに面白くなさそうな顔をしている。
その隣で、ルークが一瞬だけ驚いたようにミアを見た。
本当に一瞬だった。
すぐにいつもの表情へ戻ったが、俺にはそっちの反応の方が気になった。
「ルーク、どうしました?」
「ん? いや、何でもないよ」
そう言って笑う。
何だったんだろう。
「アル」
「おんぶはしませんよ」
「……けち」
結局、ミアは自分で歩いた。
昼前、一度だけ魔物と遭遇した。
茂みの奥から飛び出してきたのは、小型の魔物が2体。
俺が動くより先に、セレナの炎が1体の進路を塞いだ。
逃げ道を変えたところへルークが回り込み、もう1体にはミアの雷が落ちる。
あっという間だった。
「終わったわね」
セレナが構えを解く。
「俺、何もしてないんですけど」
「別にいいでしょ。4人全員が毎回何かする必要なんてないんだから」
「それもそうですね」
実際、その通りだ。
俺にできることが必要になるならやればいい。
必要がないなら、それはそれで楽でいい。
昼食を取った後も、俺たちは予定通り森を進んだ。
途中、小さな沢を渡る場所があった。
水量は多くない。
少し上流を見ると、大きな石がいくつか並んでいる。
「ここから渡れそうですね」
俺が言うと、セレナも頷いた。
「じゃあ、ここね」
俺たちは順番に沢を渡った。
ミアだけは途中で面倒になったのか、最後の石から魔法を使って向こう岸まで跳んだ。
「最初からそれで行けばよかった」
「今思った」
「絶対嘘でしょ」
セレナの声が森の中に響いた。
夕方になる前に、予定していた野営地点へ到着した。
この調子なら、明日には目的地へ着けそうだ。
学院から支給された簡易テントを張る前に、俺は周囲の地面を見て回った。
一見するとどこも同じように見えるが、よく見ると片側が少し低くなっている。
土にも、水が流れたような跡が残っていた。
「こっちに張った方がよさそうですね」
「何か違うの?」
セレナが聞く。
「向こうは少し低いです。雨が降ったら水が集まりそうなので」
「今日は降りそうにないけど?」
空を見上げる。
確かに雲はほとんどない。
「まあ、念のためです」
雨が降らないなら、それでいい。
降った時に困らない場所を選べるなら、その方が楽だ。
土魔法で大きな凹凸だけを均してから、テントを張る場所の周囲に浅い溝を作る。
大した作業じゃない。
水が来た時に、テントの方へ流れにくくしておくだけだ。
「そういう土魔法の使い方もあるんだね」
ルークが溝を見ながら言った。
「前に似たようなことをやったことがあるだけですよ」
「ガレスさんに教わったの?」
「いや、これは違います」
「じゃあ自分で?」
「まあ、そんな感じです」
正確には、前の世界で似たようなことを見てきただけだ。
ルークは少しだけ溝を眺めたが、それ以上は聞かなかった。
学院から支給された簡易テントは2張り。
俺とルーク、セレナとミアに分かれて使うことになった。
組み立て自体は難しくなかった。
ルークはこういう作業にも妙に慣れていて、俺が説明を確認している間に手を動かしている。
「こういうの慣れてます?」
「まあ、少しね」
「侯爵家でもやるんですか?」
「色々と経験させられたから」
詳しく話すつもりはないらしい。
俺もそれ以上は聞かなかった。
俺とルークがテントを組み立てている間に、セレナは荷物を整理し、ミアは薪になりそうな枝を集めてきた。
戻ってきたミアが、抱えていた枝を地面へ置く。
「いっぱい」
「ありがとうございます」
「褒めてる?」
「今回は普通に褒めてます」
「そう」
少しだけ満足そうだった。
日が落ちる頃には、簡単な食事も終わった。
4人で火を囲んで座る。
学院にいる時とは違って、周囲には森しかない。
時々、遠くから虫や鳥の声が聞こえてくる。
「この調子なら明日には着けそうね」
セレナが地図を広げた。
「そうですね。この辺りで川の近くを通りますけど」
俺が地図を指差す。
「橋があるみたいだから、そこを使えば問題ないと思うよ」
ルークが答えた。
「もし何かあっても、まだ3日目がありますしね」
「そうね。無理して急ぐ必要もないわ」
ミアは地図を見ながら欠伸をした。
「眠い」
「まだ早いわよ」
「寝る」
そう言って、本当に立ち上がる。
「自由ね……」
セレナが呆れたように呟いた。
「ミアらしいけどね」
ルークが小さく笑う。
俺も火に枝を1本足した。
今日1日、特別なことは何も起きなかった。
森を歩いて、魔物と遭遇して、飯を食べて、4人でくだらない話をした。
校外学習としては、たぶんこれでいい。
何か大きな問題が起きることを期待するような授業じゃない。
「アルも早めに寝なさいよ」
セレナが地図を畳みながら言った。
「分かってますよ」
「明日寝坊したら置いてくから」
「4人全員で到着しないと駄目なんじゃないですか?」
「じゃあ引きずっていくわ」
「それは嫌ですね」
ルークが笑う。
「その時は僕も手伝うよ」
「助ける方じゃないんですか」
「状況によるかな」
「味方がいない」
セレナも笑った。
俺は揺れる火を眺めながら、明日の経路をもう1度だけ確認した。
校外学習の1日目は、そのまま何事もなく終わった。




