第29話 4人1組
学院での生活にも、少しずつ慣れてきた。
授業を受けて、実技をして、食堂で飯を食べる。
放課後には訓練場へ行くこともあれば、図書館へ行くこともある。
ミアは相変わらず土魔法の練習を続けていた。
俺と同じように動かすにはまだ遠いらしいが、本人はあまり気にしていない。
「そのうちできる」
そう言って、今日も地面を動かしていた。
そんなある日の授業。
教室へ入ってきた教師が、黒板に大きく文字を書いた。
『校外学習』
教室が少しざわつく。
「来週から、1年生の校外学習を行います」
来週。
思っていたより急だ。
「学院の外にある指定区域へ向かい、4人1組で目的地を目指してもらいます」
4人1組。
その言葉が出た瞬間、教室の空気が変わった。
周囲で小声の相談が始まる。
教師が机を軽く叩いた。
「まだ説明の途中です」
教室が静かになった。
「出発地点は区域南側の森林入口。目的地は反対側、北側に設けられた学院の拠点です。制限時間は3日間」
黒板に簡単な地図が描かれる。
南から北へ。
一直線に進めば、それほど遠くはないように見える。
「順調なら2日ほどで到着できます。ただし、最短距離を進めばいいという課題ではありません」
教師は地図にいくつか線を書き加えた。
川。
高低差。
森。
迂回路。
「どの道を選ぶかは各組に任せます。地形、天候、食料、水、野営場所。状況を見ながら判断してください」
「早く着いた方が評価高いんですか?」
誰かが聞いた。
「速さも評価対象の1つではあります。ただし、それだけではありません」
教師は首を振る。
「無理な行程で仲間を負傷させて最初に到着する組と、安全な経路を選び全員が余力を残して少し遅れて到着する組。どちらを高く評価するかは、状況によります」
なるほど。
競走ではないらしい。
「また、途中で魔物と遭遇する可能性もあります」
教室の空気が少し引き締まった。
「もちろん学院側でも周辺の危険度は事前に確認します。教師も区域内に配置されます。ただし、皆さんのすぐそばにいるわけではありません」
自分たちで判断しろ、ということか。
「戦う必要がない相手なら避ける。負傷者が出たら予定を変更する。天候が悪化すれば無理をしない。授業で学んだことを、実際の環境で使うための訓練です」
カイルさんが聞いたら喜びそうな内容だ。
魔物を倒した数を競うような課題より、俺にはこっちの方が分かりやすい。
「そして最も重要な条件です」
教師が教室を見渡す。
「目的地には、4人全員で到着してください。1人でも欠けた場合、原則として課題達成とは認めません」
その言葉で、また教室がざわついた。
誰と組むか。
かなり重要になる。
説明が終わると、教師は最後に言った。
「組は自分たちで決めてもらいます。今日中に4人1組を作り、代表者が提出してください」
一気に教室が騒がしくなった。
席を立つ生徒もいる。
友人同士で声をかけ合う者。
実技の成績が良い生徒へ向かう者。
やっぱりこうなるか。
俺は隣を見る。
セレナと目が合った。
「アル」
「はい」
「組むわよ」
「そうなると思ってました」
「何よ、その言い方」
「嫌とは言ってませんよ」
むしろ、セレナとは6年間一緒にいる。
こういう状況なら、知らない相手よりずっと動きやすい。
「あと2人ね」
セレナが教室を見回そうとしたところで、声がかかった。
「じゃあ、僕も入れてもらっていいかな?」
ルークだった。
早い。
「あなた、もう来たの?」
セレナが少し驚いたように言う。
「こういうのは早い方がいいだろ?」
「誘われてるんじゃないの?」
セレナの視線の先を見ると、確かに何人かの生徒がこちらを気にしていた。
侯爵家の息子で、入学時からC級。
ルークと組みたい生徒は多いんだろう。
「ありがたい話だけど、せっかくなら知ってる人と組みたいからね」
ルークが笑う。
「アルベルトもいい?」
「俺は大丈夫ですよ」
「なら3人ね」
セレナが言う。
あと1人。
周囲ではすでに、かなりの組ができ始めている。
誰かいるだろうか。
そう思いながら後ろを振り返る。
いた。
机に突っ伏して寝ている。
「……ミアさん」
反応がない。
「ミアさん」
もう1度呼ぶ。
「ん……」
ゆっくり顔が上がった。
淡い灰色の髪が少し乱れている。
「何?」
「校外学習の組、決まりました?」
「まだ」
「というか、説明聞いてました?」
「だいたい」
怪しい。
「4人1組らしいです。俺とセレナとルークで3人なんですけど、一緒にどうです?」
ミアは俺を見る。
次にセレナ。
ルーク。
そしてもう1度俺を見る。
「いいよ」
早い。
「じゃあ決まりですね」
「うん」
そう言って、また机に伏せようとする。
「待って。まだ説明することあるから」
セレナが止めた。
ミアが少し残念そうに顔を上げる。
これで4人。
俺。
セレナ。
ルーク。
ミア。
入学してから一緒にいることが多かった4人が、そのまま組になった。
「役割も決めておいた方がいいわね」
セレナが言う。
「今決めるんです?」
「当日になってから揉めるよりいいでしょ」
こういうところは早い。
「まず、進む方向を決める人」
「地図を見ながら全員で決めればいいんじゃないかな」
ルークが言う。
「最終的に決める人が必要よ」
「じゃあセレナで」
俺が言う。
「何で私なの?」
「もう仕切ってるので」
「……まあいいわ」
受け入れるんだ。
ルークが笑っている。
「セレナは判断が早そうだし、いいんじゃない?」
「そうね。迷って時間を使うくらいなら私が決めるわ。ただし、何か気づいたらちゃんと言って」
「分かりました」
「うん」
ミアも頷く。
「次。戦闘」
「そこは全員でしょう」
俺が言う。
属性も戦い方も違う。
誰か1人に任せる意味はない。
「前はアル?」
ミアが聞く。
「何で俺なんです?」
「近い方が強い」
模擬戦を見ていたからか。
「俺だけ前に出る必要はないですよ。相手にもよりますし」
「じゃあ、その時決める」
「それでいいと思います」
ルークも頷いた。
「僕は近距離より魔法の方が得意だから、少し後ろから援護するよ」
「私はどっちでもいけるわ」
セレナが言う。
「ミアさんは?」
「撃つ」
「でしょうね」
分かりやすい。
「撃ちすぎないでよ」
「分かってる」
本当に分かっているだろうか。
「食料は?」
ミアが聞いた。
さっきまでより声が少し真剣になった。
「学院から支給されるって言ってたでしょう」
セレナが答える。
「3日分?」
「そうでしょうね」
「足りる?」
「普通は足りるように渡すでしょ」
ミアが少し考える。
「追加で持ってく」
「荷物になるわよ」
「大丈夫」
「誰が持つの?」
「私」
そこまで言うなら止める理由もない。
「水は現地で補給できる場所もあるみたいですね」
俺は配られた資料を見る。
川や湧き水の位置がいくつか記されている。
ただし、そのまま飲めるとは限らない。
「水場に寄る前提で道を決めるのは危ないかもしれませんね」
「どうして?」
セレナが聞く。
「雨で濁ったり、魔物がいたり、実際に行って使えない可能性もありますから。最初から最低限は持っておいた方がいいと思います」
「重くならない?」
「多少は。でも水がない方が困ります」
「それもそうね」
前の仕事でも、水の扱いはよく気にしていた。
流れる場所。
溜まる場所。
雨が降った後にどうなるか。
場所が変わっても、水が低い方へ流れるのは同じだ。
「アルベルト」
ミアが呼ぶ。
「はい?」
「さっきから思ってた」
「何です?」
「ミアさん、やめて」
一瞬、何のことか分からなかった。
「……呼び方ですか?」
「うん。ミアでいい」
「分かりました。じゃあ、ミア」
「うん」
ミアが小さく頷く。
それから、少しだけ考えて俺を見る。
「アルも」
「俺?」
「セレナが呼んでる」
「ああ。別にいいですよ」
「じゃあ、アル」
「はい」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
ミアは満足そうに頷いた。
セレナがこちらを見ている。
「何です?」
「別に」
「何かありますよね?」
「ないわよ」
そう言って資料へ目を落とす。
よく分からない。
「じゃあ、僕もルークでいいよ」
ルークが言った。
「今もルークって呼んでません?」
「あれ?」
「呼んでますね」
「じゃあ何も変わらないね」
「何だったんですか、今の」
「流れに乗りたかっただけ」
セレナがため息をつく。
「まともなの私だけ?」
「それはどうでしょう」
「アル?」
「何でもないです」
結局、代表者はセレナになった。
教師へ4人の名前を提出し、正式に組が決まる。
校外学習は来週。
3日間。
目的地までの道は自分たちで選ぶ。
魔物が出る可能性もある。
天候次第では、予定通り進めないこともあるだろう。
それでも、不安はそれほどなかった。
セレナは判断が早い。
ミアは魔法の出力なら、この学年でも間違いなく上位だ。
ルークは何をやらせても安定している。
俺も、自分にできることをやればいい。
「アル」
教室を出ようとしたところで、セレナに呼び止められた。
「今週のうちに、必要な物を買いに行くわよ」
「もうですか?」
「来週なんだから当然でしょ」
「何買うんです?」
「それを決めるために行くの」
「なるほど」
「ミアとルークも来るでしょ?」
「行く」
ミアが即答する。
「食べ物も買う?」
「必要な物だけよ」
「食べ物は必要」
「あなたの場合は量の問題なの」
ルークが笑う。
「僕も行くよ。せっかくだし、街を見て回るのも楽しそうだ」
校外学習の準備。
まずは4人で買い物へ行くことになった。




