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第28話 第八位

次の教室へ向かっても、さっき聞いた話が頭に残っていた。


新しいX級。


世界で10人しかいない、その第8位。


しかも土属性。


「気になる?」


隣を歩いていたセレナが聞いてきた。


「そりゃ気になりますよ」


「土属性だものね」


「はい」


俺がこれまで会った土属性の魔法使いで、圧倒的に強かったのはガレスさんだ。


俺が13歳の頃にはA級。


それからS級になったとは聞いている。


でも、X級となればさらにその上だ。


世界で10人。


さすがに別の誰かだろう。


「誰なのかしら」


「授業が終わったら調べてみます?」


「そうね」


「図書館?」


後ろを歩いていたミアが聞く。


「いや、今日決まった話なら図書館にはまだないんじゃないですか?」


「じゃあどこ?」


「掲示板とかですかね」


「人に聞いた方が早いだろうね」


ルークが言った。


「これだけ噂になってるなら、もう知ってる人も多いだろうし」


「確かに」


教室へ入る。


それでも周囲では同じ話をしている生徒が何人もいた。


「本当に土属性なのか?」


「らしいぞ。土属性を主体に戦うんだって」


「それでX級になったのかよ」


「土属性でX級なんて聞いたことないぞ」


聞こえてくる会話だけでも、かなり珍しいことらしい。


土属性だから弱い。


学院に来てからも、そういう扱いは何度か見た。


俺自身、入学時の判定では土属性というだけでかなり評価を下げられている。


その土属性で世界の10人に入った。


誰なのか、ますます気になった。



授業が始まり、いったん噂のことは頭から追い出した。


今日の講義は魔物についてだった。


魔物と普通の動物の違い。


生息域。


危険度。


遭遇した場合の基本的な対応。


学院の外へ出る授業もあるため、1年生のうちから学ぶらしい。


「魔物を見つけた時、最初に考えることは討伐ではありません」


教師が言う。


「戦わずに済むなら、戦わないことです」


それはカイルさんにも言われた。


護衛の目的は敵を倒すことじゃない。


守る相手を無事に帰すこと。


相手が魔物でも、人間でも、そこは同じなんだろう。


「自分より弱そうだから戦う、という判断は最も危険です。魔物の能力を外見だけで正確に判断することはできません」


森で目を覚ました日のことを思い出す。


角の生えた狼。


後からホーンウルフだと教えられた。


あの時の俺は、強いか弱いか以前に何も知らなかった。


よく生きていたと思う。


「アル」


小声でセレナに呼ばれる。


「はい?」


「ぼーっとしてる」


「聞いてますよ」


「ならいいけど」


前を向く。


今度はちゃんと授業に集中した。



昼休み。


食堂へ向かう途中で、人が集まっている掲示板を見つけた。


「何か貼られてる」


ミアが言う。


「見てみます?」


俺たちも近づく。


掲示板の前にはかなりの人数がいた。


背伸びして見る。


「見えない」


ミアが言う。


「前行きます?」


「人多い」


「じゃあ待ちますか」


「嫌」


どっちなんだ。


セレナは少し離れた場所から掲示板を見ている。


「アル、あそこ」


「どこです?」


「上の方。新しい紙」


指された場所を見る。


確かに、他より新しい紙が貼られている。


ただ、人の頭で下の方が見えない。


「何て書いてある?」


ミアが聞く。


「俺も見えません」


「アル、ちょっと高いでしょ」


「少しだけですよ」


「読んで」


「はいはい」


人の隙間から文字を追う。


この世界へ来た頃は、1文字も読めなかった。


今ではこういう文章も普通に読める。


「えっと……」


X級認定。


第8位。


そこまでは見えた。


人が少し動く。


その下の名前が見える。


一瞬、読み間違えたかと思った。


「……え?」


「何?」


セレナが聞く。


もう一度読む。


間違っていない。


「ガレス・オルド」


「誰?」


ミアが聞く。


「俺の先生です」


「先生?」


「土魔法を教えてくれた人」


セレナが俺の横から掲示板を見る。


「昨日言ってたガレスさん?」


「はい」


「S級になったっていう?」


「そのはずなんですけど」


紙には、はっきり書いてある。


新たにX級へ認定。


世界第8位。


ガレス・オルド。


土属性を主体として戦う魔法使い。


「……X級?」


思わず、もう1度読む。


「ガレスさん、S級になったって聞いてたけど……X級?」


「本人から聞いてなかったの?」


「最近は会ってないですから」


俺が学院へ来る準備を始めてから、ガレスさんとはほとんど会えていない。


S級になったと聞いた時ですら驚いた。


それが今度はX級。


上がり方がおかしい。



「本当に先生なの?」


ミアが聞く。


「はい。13歳の頃から土魔法を教えてもらってました」


「何年?」


「学院に来るまでなので、3年くらいですね」


「X級の先生」


「教わってた時はA級ですよ」


「でも今はX」


「そうですけど」


ミアが俺を見る。


「すごい先生」


「それはそうですね」



「アル」


セレナが掲示を見ながら言う。


「あなた、驚いてるけど」


「はい」


「ガレスさんが強いこと自体は知ってたのよね?」


「もちろん」


「どのくらい?」


少し考える。


「俺が土を動かしてる横で、全然違う規模のことを普通にやるくらいには」


「分かりにくい」


「じゃあ、俺が何回やってもできないことを、見本で簡単にやる人です」


「それは先生なら普通じゃない?」


「そう言われるとそうですね」


セレナが呆れた顔をする。


「あなた、基準がおかしくない?」


「最近よく言われます」


バルガスさん。


カイルさん。


ガレスさん。


学院に来てから他の生徒を見るようになって、少しずつ分かってきた。


俺が今まで比べていた相手は、あまり参考にならないのかもしれない。



「ガレス・オルド……」


ルークが小さく名前を口にした。


俺はそちらを見る。


「知ってます?」


「いや」


ルークは掲示を見たまま首を振った。


「初めて聞いた名前だ」


「X級になるくらいだから、有名だったんじゃないですか?」


「僕だって世界中の強者を全員知ってるわけじゃないよ」


笑って答える。


確かにそうか。


俺だってX級10人全員の名前を覚えているわけではない。


ただ、ルークはしばらく掲示を見ていた。


「土属性で、X級第8位か」


「珍しいみたいですね」


「かなりね」


それだけ言うと、いつもの表情に戻った。



人が減ってきたので、掲示へもう少し近づく。


認定理由の簡単な説明も書かれていた。


いくつかの高難度任務。


魔物討伐。


災害時の救助。


複数の実績が評価されたらしい。


詳しい戦い方までは書かれていない。


「何したんでしょうね」


「本人に聞けば?」


セレナが言う。


「連絡取れるの?」


「手紙なら送れると思います」


「じゃあ聞いてみなさいよ」


「『X級になったんですか?』って?」


「それ以外に何を聞くのよ」


「『おめでとうございます』が先じゃないです?」


「じゃあそう書けばいいでしょ」


「そうします」


ガレスさんなら、


『なった』


くらいで終わりそうな気もする。



「お腹すいた」


ミアが言った。


「さっきまでX級の話してたでしょう」


セレナが呆れる。


「話してたらお腹すいた」


「関係ある?」


「ある」


「どういう関係よ」


「分からない」


「ないじゃない」


俺たちは掲示板を離れ、食堂へ向かった。



昼食を食べながらも、周りではガレスさんの話が続いていた。


「土属性でもX級になれるんだな」


「でも、あれは例外だろ」


「そりゃそうだろ。誰でもなれるなら土属性の評価はもっと高い」


「どう戦うんだ?」


「知らない」


聞いていると、少し不思議な気分になる。


俺にとってガレスさんは、土魔法を教えてくれた先生だ。


無愛想で、説明が短くて、質問すると面倒そうな顔をする。


でも、結局は全部付き合ってくれる。


そんな人だった。


それが今は、学院中で名前を話されている。


世界第8位。



ふと、ルークを見る。


食事はほとんど進んでいない。


何か考えているようで、視線だけがぼんやりとテーブルに向いていた。


「ルーク?」


セレナが声をかける。


反応がない。


「ルーク」


「ん?」


ようやく顔を上げた。


「さっきから何考えてるの?」


「僕が?」


「掲示板でもずっと難しい顔してたじゃない」


ルークは一瞬だけ黙った。


それから、いつものように笑う。


「いやいや、今度はどこに寄付しようか考えてただけだよ」


「また寄付?」


「最近ちょっと楽しくてね」


「変な趣味ね」


「自分でもそう思うよ」


寄付。


そういえば学院へ来る途中、ルークがあちこちに金を出しているという噂を聞いた。


本当だったらしい。


「どこに寄付してるんです?」


俺が聞くと、ルークは肩をすくめた。


「いろいろだよ。孤児院とか、研究とか、発掘調査とか。困ってそうなところを見つけたら適当に」


「適当って……」


「僕の金で誰かが助かるなら悪くないだろ?」


「それはそうですけど」


侯爵家の金の使い方はよく分からない。


セレナも同じことを思ったらしく、呆れたようにルークを見ていた。


「それで、次は決まったの?」


「まだ。面白そうなところがあったら教えてよ」


「寄付先を面白さで決める人、初めて見たわ」


「僕も初めて会ったよ」


「あなたのことでしょ」


ルークが笑う。


さっきまで難しい顔をしていたのが嘘みたいだった。



「アルベルト」


正面に座ったミアが呼ぶ。


「はい?」


「ガレスに習ったら、私も小さくできる?」


「どうでしょう」


「分からない?」


「小さく動かす練習を始めたのは、ガレスさんに言われたからじゃないですから」


「じゃあアルベルトに習う」


「俺、教えるの上手くないですよ」


「昨日教えた」


「教えたっていうか、必要なところだけって言っただけです」


「それでいい」


「いいんです?」


「うん」


ミアが食事を続ける。


相変わらずよく食べる。


俺より先に食べ始めたわけでもないのに、もうほとんど残っていない。



その日の授業が終わった後。


ルークは自室へ戻ると、机の上に紙を広げた。


そこに1つの名前を書く。


ガレス・オルド。


土属性の魔法使い。


数年前にはA級。


その後S級。


そして現在、X級第8位。


「……知らないな」


世界の上位10人に入るほどの人物だ。


それでも、自分が知らないこと自体はおかしくない。


ルークはその下に、もう1つ名前を書いた。


アルベルト。


13歳の頃からガレスに土魔法を習っていた。


6年前からセレナのそばにいる。


入学時判定はE級。


それでも模擬戦では、その評価に似合わない動きを見せた。


しばらく2つの名前を眺める。


偶然かもしれない。


というより、今のところは偶然と考える方が自然だった。


それでもルークは紙を折り、机の引き出しへ入れた。


「……少し調べてみるか」


引き出しを閉じる。


その中には、学院へ来る前に適当に金を出した場所の名前もいくつか残っていた。


孤児院。


研究所。


小さな工房。


そして、資金不足で止まりかけていた発掘調査。


ルーク自身、その一つ一つを大して気にしてはいなかった。

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