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第26話 同じクラス

学院での授業が始まった。


最初の数日は、学院の施設や規則についての説明が多かった。


講義室。


訓練場。


図書館。


魔法実習場。


食堂。


敷地が広すぎて、まだ全部の場所を覚えられていない。


「アル」


「はい?」


「ここ、昨日も通らなかった?」


セレナに言われ、足を止める。


「……通りましたね」


「迷ってるじゃない」


「確認してるだけです」


「何を?」


「道を」


「それを迷ってるって言うのよ」


隣を歩いていたルークが笑った。


「正門から教室までなら、もう覚えたよ」


「早いですね」


「普通じゃない?」


「俺も覚えてますよ」


「じゃあ何でここにいるのよ」


セレナに言われた。


確かに。


少し後ろを見る。


ミアがいない。


「ミアさんは?」


3人で振り返る。


いない。


「……さっきまでいたわよね?」


「いました」


「どこ行った?」


ルークが辺りを見る。


少し戻ると、分かれ道の前でミアが立っていた。


掲示板を見ている。


「ミアさん」


「うん」


「何してるんです?」


「どっちか分からない」


「こっちです」


「そう」


昨日も似たようなことがあった気がする。


B級と方向感覚は関係ないらしい。



午前の講義を終え、午後は魔法実習だった。


担当するのは、リディア・フェルナーという女性教師だ。


濃い茶色の髪を後ろでまとめ、細身の杖を持っている。


見た目は若いが、話し始めると教室の空気が一気に静かになった。


「最初に言っておきます」


リディア先生が俺たちを見る。


「ここでは、自分の属性だけを使えればいいとは教えません」


何人かが首を傾げる。


「もちろん、最も適性の高い属性を伸ばすことは重要です。ただし、魔法は属性だけで決まるものではありません」


杖の先に小さな炎が灯る。


「魔力量」


炎が大きくなる。


「制御」


炎が小さくなり、細長く形を変える。


「距離」


炎が杖から離れる。


「速度」


一瞬で移動する。


「そして、何をしたいのか」


炎が消えた。


「同じ火属性でも、全員が同じ魔法を使うわけではありません」


なるほど。


ガレスさんにも似たようなことを言われた。


土属性だから何をする、ではなく、土で何をするか。


「今日は基礎を確認します。大きな魔法は必要ありません」


生徒たちがそれぞれ距離を取る。


「自分の最も扱いやすい属性で、指定された位置へ魔法を届かせてください」


地面には目印が置かれていた。


近い場所。


少し離れた場所。


さらに遠い場所。


順番に魔法を当てていくらしい。



セレナの番になる。


「火」


小さな火球が飛ぶ。


最初の目印。


次。


その次。


どれも問題なく当たった。


「制御は悪くありません。ただ、遠くなるほど少し威力が落ちています」


「はい」


「距離を伸ばす時に、最初から必要以上の魔力を込めないように」


「分かりました」


セレナは素直に頷いた。


こういう時はちゃんと聞く。



ルークの番。


手を向けると、黒い魔力が伸びた。


闇属性。


派手ではない。


それでも目印の位置で正確に止まる。


次。


さらに遠く。


ほとんど同じ形のまま届いた。


「制御はかなり安定していますね」


「ありがとうございます」


「別の属性も使えると聞いていますが」


「火なら少し」


「では後で見ます」


「はい」


ルークは笑って戻ってきた。


火も使える。


昨日も噂になっていた。


闇属性だけでも珍しいのに、別の属性まで扱えるらしい。



ミアの番になった。


「最も扱いやすい属性で」


「雷?」


「あなたの場合は、それで構いません」


ミアが手を向ける。


次の瞬間。


パチッ。


最初の目印に雷が落ちた。


続けて2つ目。


3つ目。


ほとんど間がない。


「……速いですね」


リディア先生が言う。


「うん」


「ただし、威力が少し強すぎます」


「そう?」


「目印を壊す必要はありません」


見ると、最後の目印が少し焦げていた。


「分かった」


本当に分かったんだろうか。



俺の番。


土属性の場合、目印そのものへ土を飛ばす必要はないらしい。


指定された場所の地面を動かせばいい。


最初の目印。


地面をわずかに盛り上げる。


次。


同じように動かす。


さらに遠く。


少し意識が必要になる。


距離が離れるほど、どこを動かしているのか掴みにくくなる。


「そこまで」


リディア先生が地面を見る。


「かなり小さいですね」


「駄目ですか?」


「いいえ。指定された位置は動いています」


「ならよかったです」


「ただ……」


先生が最初の場所へ近づく。


「あなたは、いつもこの程度しか動かさないんですか?」


「必要ならもっと動かします」


「今は?」


「場所が分かればいいので」


少し間があった。


「合理的ではありますね」


褒められたのか分からない。



実習が終わった後。


俺が片付けをしていると、ミアが近づいてきた。


「アルベルト」


「はい?」


「やる」


「何を?」


ミアが地面を見る。


昨日の話らしい。


「土魔法?」


「うん」


セレナとルークも気づいて、こちらへ来た。


「まだやるの?」


セレナが聞く。


「昨日できなかった」


「気にしてたのね」


「うん」


意外と負けず嫌いなんだろうか。


ミアが地面へ手を向ける。


「昨日の」


「2、3cmくらいですか?」


「うん」


魔力が流れる。


地面が動いた。


ズズッと音を立てて、かなりの範囲が盛り上がる。


「……」


俺たち4人で見る。


明らかに大きい。


「どのくらい?」


ミアが聞く。


俺は動いた幅を見る。


「30cmくらいじゃないですか?」


「大きい」


「昨日よりは小さいですよ」


「でも大きい」


ミアは納得していない。


もう一度。


土が動く。


さっきより少し小さい。


それでも、俺がディーンに使ったものとは全然違う。


「難しい」


「そんなに小さくする必要ある?」


セレナが聞く。


「ある」


「何で?」


ミアが俺を見る。


「同じことしたい」


「俺と?」


「うん」


「別に同じじゃなくてもいいと思いますけど」


「どうして?」


「ミアさんはミアさんの使い方があるでしょうし」


ミアが黙る。


「俺は大きく動かすのが得意じゃないです。でもミアさんは、さっき普通にこれだけ動かしたでしょう?」


「うん」


「なら、それを使えばいいんじゃないです?」


「でも、さっきの試合」


「ディーンとの?」


「2、3cmで転んだ」


「そうですね」


「30cmなら?」


「たぶん気づかれます」


「うん」


「それ以前に、踏む場所が30cmも動いたら避けると思います」


ミアが地面を見る。


「小さい方がいい」


「そういう時はですね」


「だからやる」


「なるほど」


納得した。


目的が違えば、必要な動かし方も違う。



ミアがもう一度試す。


今度はすぐに動かさなかった。


地面をじっと見ている。


数秒。


それから土が動いた。


さっきより小さい。


ただ、まだかなり大きい。


「……遅い」


ミアが言う。


「そうですね」


「アルベルトはすぐだった」


「慣れですよ」


「どれくらい?」


「何年か」


ミアが顔を上げた。


「何年?」


「はい」


「……じゃあ、すぐは無理?」


「たぶん」


ミアが少しだけ不満そうな顔をした。


初めて分かりやすく表情が変わった気がする。



「でも」


ルークが地面を見ながら言った。


「面白いね」


「何が?」


セレナが聞く。


「普通、土魔法なら大きく動かせる方が評価されるだろ?」


「そうね」


「ミアはその点ならアルベルトよりずっと上だ」


「そうですね」


俺も頷く。


「なのに、今は逆に小さくできないことを気にしてる」


「使い方の違いってこと?」


「たぶんね」


ルークが俺を見る。


「アルベルトは、最初からこういう使い方だったの?」


「最初からではないですよ」


「誰かに教わった?」


「土魔法そのものはガレスさんに」


「ガレス?」


「ガレス・オルドさんです」


ルークは少し考えたようだった。


「有名な人?」


「俺が習い始めた頃はA級でした」


「A級?」


「はい。土属性の魔法使いです」


「へえ」


「今はS級になったって聞きました」


「土属性でS級?」


セレナが驚いた。


「前にも言いませんでした?」


「S級になったとは聞いてないわよ」


「そうでしたっけ」


「そうよ」


ルークは黙って話を聞いていた。


「その人に、今の使い方を教わったの?」


「いえ」


俺は首を振る。


「ガレスさんには土魔法の基礎を教えてもらいました。今の使い方は、練習してるうちにこうなっただけです」


「なるほど」


ルークはそれ以上聞かなかった。


ガレスさんの名前を知らないのも不思議ではない。


S級になったとは聞いたが、どこまで名前が知られているのか、俺には分からない。



「もう1回」


ミアが言った。


「まだやるんですか?」


「やる」


「そろそろ帰らない?」


セレナが呆れている。


「あと1回」


ミアが地面へ手を向ける。


土が動く。


さっきより少し小さい。


「どう?」


「まだ大きいですね」


「……」


「でも、最初より小さくなってますよ」


「ほんと?」


「はい」


ミアが地面を見る。


ほんの少しだけ嬉しそうだった。


「明日もやる」


「俺もですか?」


「うん」


「決定なんですね」


「うん」


断る理由もない。


「分かりました」


「アル、甘やかしすぎじゃない?」


セレナが言う。


「別にこれくらいいいでしょう」


「毎日付き合わされるわよ」


「その時はその時です」


「じゃあ私もいる」


「なんでです?」


「別に」


セレナが顔を逸らす。


ルークが小さく笑った。


「僕も混ぜてもらおうかな」


「ルークも土魔法使えるの?」


セレナが聞く。


「さあ、どうだろうね」


「何よそれ」


ルークは笑って答えなかった。


ミアはもう地面を見ている。


たった2、3cm。


俺にとっては、必要だったからそうしているだけだ。


大きく動かすより、小さく。


広く動かすより、必要なところだけ。


それが特別だと思ったことはない。


でも、ミアが何度も同じことを試しているのを見ていると、少しだけ不思議な気分になった。


自分では当たり前になっていたことも、他の人から見ればそうではないらしい。


学院に来れば、知らないことを知れる。


それは魔法の知識だけじゃない。


自分が今まで何を身につけてきたのか。


それも、ここで少しずつ分かっていくのかもしれない。

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