第25話 6年前
模擬戦が終わっても、訓練場ではまだ何組かの試合が続いていた。
俺たちは邪魔にならない場所へ移動する。
さっき話しかけてきたルークも一緒だった。
「それにしても」
ルークがセレナを見る。
「さっきの試合、強かったね」
「ありがとう」
「入学時からC級なのも納得だよ。聞いていた印象とも、少し違ったし」
「私のこと知ってたの?」
「エルフォード子爵家の娘だろ? 侯爵家にいると、嫌でもいろいろな家の話が入ってくるんだ」
「大変なのね」
「本当にね」
ルークが苦笑する。
それから、俺へ視線を向けた。
「そういえば、アルベルト」
「はい?」
「僕には敬語じゃなくてもいいよ。同い年なんだし」
「ああ」
少し考える。
「でも、こっちの方が楽なので」
「敬語の方が?」
「はい。前からこういう話し方に慣れてるので」
「なるほどね」
ルークが少し笑った。
「じゃあ今はそれでいいよ」
「今は?」
「慣れてきたら敬語やめてよ」
「それ、俺が決めることじゃないですか?」
「そうだけど。そのくらい仲良くなれたらってことで」
「……まあ、慣れたら」
「約束ね」
「約束まではしてませんよ」
ルークが笑った。
「アルベルトも意外だったけどね」
「俺ですか?」
「昨日E級って判定されたばかりなのに、あれだけ動けるとは思わなかった」
「剣や戦い方は級に入ってないみたいですからね」
「それはそうだけど」
ルークが少し笑う。
「ずいぶん慣れてたよ。誰かに習ってた?」
「はい。何人かに」
「へえ」
それ以上は聞かず、今度はセレナを見る。
「そういえば、セレナはさっき、アルベルトがE級じゃないって言ってたよね」
「言ったわ」
「昨日会ったばかりなのに、ずいぶん信頼してるんだなと思って」
「昨日?」
セレナが首を傾げる。
「アルとは6年一緒にいるんだから」
ルークの表情が止まった。
ほんの一瞬。
見間違いかと思うくらいの変化だった。
「……6年?」
「ええ。10歳の頃からよ」
「へえ」
すぐにいつもの笑顔へ戻る。
「そんなに長いんだ」
「そうよ」
ルークが俺を見る。
「じゃあ、アルベルトはエルフォード領の出身?」
「いや、それが分からないんです」
「分からない?」
「俺、10歳くらいの時に森で保護されたらしくて」
「らしくて?」
危ない。
「……保護されたんです」
「森で?」
「はい」
「家族は?」
「分かりません」
「どこから来たのかも?」
「分かりません」
ルークが少しだけ眉を寄せた。
「記憶がない?」
「この身体――」
言いかけて止まる。
「……その頃より前のことは、ほとんど覚えてないんです」
「そうなんだ」
「名前も、自分では分からなかったんですよ」
「アルベルトって?」
「持っていた物に名前らしい文字が残ってたんです。それをローデリックさんに読んでもらって」
「自分では読めなかった?」
「当時は、この国の文字を1文字も読めなかったので」
ルークの目が少し細くなる。
「話すことはできたのに?」
「そうなんですよ。今でもよく分かりません」
「変わってるね」
「よく言われます」
横でセレナが頷いた。
「本当に変だったわよ」
「セレナまで」
「だって本当でしょ」
「否定はしませんけど」
ルークが笑う。
「それで、持ち物から他には何か分からなかったの?」
「持ってた硬貨とかを調べてもらって、ヴァルディア帝国のものかもしれないって話はありました」
「帝国……」
ルークが小さく呟く。
「でも、帝国にも問い合わせてもらったみたいですけど、俺につながる情報は見つからなかったです」
「そうなんだ」
ルークはそれ以上聞かなかった。
ただ、ほんの少しだけ考えるような顔をしていた。
「アルベルト」
別の方向から声がした。
見ると、ミアがこちらへ歩いてきている。
昨日の能力測定でB級。
雷属性。
ほとんど話したことはない。
「何ですか?」
「さっきの」
「さっき?」
「地面」
「ああ」
ディーンの足元を動かした時のことか。
ミアが俺の足元を見る。
「どれくらい動かした?」
「どれくらいって……」
考える。
測って使ったわけじゃない。
「少しです」
「少し?」
「はい」
ミアが指で小さな間隔を作る。
「これくらい?」
「もう少し小さいかも」
「測る」
「今?」
「うん」
相変わらず自分のペースだ。
俺たちは訓練場の端にある地面へ移動した。
ミアがしゃがみ込む。
俺も隣にしゃがんだ。
「このくらいだったと思います」
指で大体の幅を示す。
ミアがじっと見る。
「2cm?」
「そこまで正確には分かりませんよ」
少し確認する。
「2、3cmくらいじゃないですかね」
「それだけ?」
「たぶん」
「それで転んだ?」
「完全に転ばせるつもりではなかったんですけどね」
「面白い」
「そうです?」
「うん」
ミアが地面へ手を向ける。
「私もやる」
「土魔法使えるんですか?」
「使えるのもある」
「噂、本当なの?」
セレナが聞いた。
「何が?」
「いろんな属性を使えるって」
ミアは少し考える。
「いろいろ」
答えになっているようで、なっていない。
「土も使えるんですね」
「うん」
ミアが魔力を流す。
次の瞬間。
ドン、と地面が大きく盛り上がった。
「……大きいですね」
「大きい」
「アルの何倍よ」
セレナが呆れる。
ミアは盛り上がった地面を見る。
「小さくする」
「できます?」
「やる」
今度はすぐに動かさなかった。
地面をじっと見ている。
数秒。
それから土が動いた。
さっきより小さい。
ただ、まだかなり大きい。
「……遅い」
ミアが言う。
「そうですね」
「アルベルトはすぐだった」
「慣れですよ」
「ずっと練習した?」
「まあ、それなりには」
「じゃあ、すぐは無理?」
「たぶん」
ミアが少しだけ不満そうな顔をした。
初めて分かりやすく表情が変わった気がする。
「でも」
ルークが地面を見ながら言った。
「面白いね」
「何が?」
セレナが聞く。
「普通、土魔法なら大きく動かせる方が評価されるだろ?」
「そうね」
「ミアはその点ならアルベルトよりずっと上だ」
「そうですね」
俺も頷く。
「なのに、今は逆に小さくできないことを気にしてる」
「使い方の違いってこと?」
「たぶんね」
ルークが俺を見る。
「アルベルトは、最初からこういう使い方だったの?」
「最初からではないですよ」
「誰かに教わった?」
「土魔法そのものはガレスさんに」
「ガレス?」
「ガレス・オルドさんです」
ルークは少し考えたようだった。
「有名な人?」
「俺が習い始めた頃はA級でした」
「A級?」
「はい。土属性の魔法使いです」
「へえ」
「今はS級になったって聞きました」
「土属性でS級?」
セレナが驚いた。
「前にも言いませんでした?」
「S級になったとは聞いてないわよ」
「そうでしたっけ」
「そうよ」
ルークは黙って話を聞いていた。
「その人に、今の使い方を教わったの?」
「いえ」
俺は首を振る。
「ガレスさんには土魔法の基礎を教えてもらいました。今の使い方は、練習してるうちにこうなっただけです」
「なるほど」
ルークはそれ以上聞かなかった。
ガレスさんの名前を知らないのも不思議ではない。
「もう1回」
ミアが言った。
「まだやるんですか?」
「やる」
「そろそろ教室確認しない?」
セレナが呆れている。
「あと1回」
ミアが地面へ手を向ける。
土が動く。
さっきより小さい。
ただ、それでも俺が動かした範囲よりずっと大きい。
「どう?」
「まだ大きいですね」
「……」
「でも、最初より小さくなってますよ」
「ほんと?」
「はい」
ミアが地面を見る。
ほんの少しだけ嬉しそうだった。
そのまま黙ってしまう。
どうやら考え始めたらしい。
その後、俺たちは教室の場所を確認するため、掲示板へ向かった。
1年目は能力でクラスを分けない。
能力で分かれるのは2年生から。1年目の成績や実技、それまでの級なんかも含めて決めるらしい。
掲示板には新入生の名前が並んでいた。
「私は……ここね」
セレナが自分の名前を見つける。
俺も探す。
アルベルト。
あった。
「同じですね」
「当然でしょ」
「当然ではないと思いますけど」
「細かいわね」
その近くに、ルーク・ヴァレンベルクの名前もある。
「俺も同じだ」
さらに少し下。
ミア・ハーヴェル。
「同じ」
4人とも同じクラスだった。
「よろしくね、アルベルト」
ルークが笑う。
「よろしく、ルーク」
「うん。その方がいい」
そう言われて、さっきの話を思い出す。
敬語をやめるのは、まだ先になりそうだ。
ミアは掲示板を見たまま動かない。
「ミアさん?」
「うん」
「同じクラスみたいですね」
「そう」
「教室、こっちみたいですよ」
「分かった」
そう答えて、ミアが歩き出す。
反対方向へ。
「ミア」
ルークが呼び止めた。
「教室、そっちじゃないよ」
ミアが止まる。
掲示を見る。
廊下を見る。
戻ってくる。
「……そう」
セレナが小声で言う。
「本当に大丈夫なの、あの子」
「B級ですよ」
「そういう話じゃないわよ」
俺たちは4人で新しい教室へ向かった。
セレナはいつも通り俺の隣。
ミアは歩きながら、時々自分の指で小さな間隔を作っている。
ルークは普通に笑いながら話している。
ただ一度だけ、会話が途切れた時。
ルークが何かを考え込むように、俺とセレナを見ていた。




