第24話 模擬戦
翌日。
俺たちは再び訓練場に集められていた。
昨日は魔力量と属性、そして現在の級を測った。
今日は実技を見るらしい。
「昨日も説明したが、今日の結果で級を決めるわけじゃない」
教師が木剣を1本持ち上げる。
「武器の扱い、魔法、判断、動き。実際に何ができるのかを見る」
訓練場には剣や槍、盾、杖など、いくつもの武器が並べられている。
「勝敗だけを見るつもりはない。無理に勝とうとするな」
そう言われても、周りを見る限り、みんな勝つ気に見える。
何人かの模擬戦が続いた。
剣同士で戦う者。
槍と剣で戦う者。
魔法を使う者もいれば、武器だけで戦う者もいる。
昨日の測定だけでは分からなかったことが、少しずつ見えてくる。
「次!」
名前を呼ばれたのはセレナだった。
「行ってくるわ」
「はい」
「それだけ?」
「頑張ってください」
「……まあいいわ」
セレナは木剣を持って前へ出る。
相手は槍を選んだ男子生徒だった。
開始の合図と同時に、相手の槍がセレナへ伸びる。
セレナは横へかわしながら左手を向けた。
炎が走る。
セレナの属性は火だ。
炎は相手を直接狙ってはいなかった。
横を塞ぐように走り、逃げる方向を限定する。
相手が炎を嫌って反対側へ動いた。
そこへセレナが入る。
迷いがない。
槍の間合いの内側まで一気に距離を詰め、木剣を相手の肩で止めた。
「そこまで!」
早い。
魔法の威力だけじゃない。
相手がどう動くかを決めてから、自分でそこへ入っている。
ああいうところは、昔からセレナらしい。
「おお……」
「やっぱりC級か」
「火属性で、あの魔力量だろ?」
周りから声が聞こえる。
セレナが戻ってきた。
「どう?」
「いつも通りですね」
「何よそれ」
「褒めてます」
「聞こえないわよ」
「強かったですよ」
「最初からそう言いなさい」
満足したらしい。
少し離れたところでは、ルーク・ヴァレンベルクがセレナを見ていた。
いつもの笑顔は浮かべている。
ただ、その目だけは妙に真剣だった。
俺がそちらを見た時には、もう周囲の生徒と話していた。
「次!」
今度は、そのルークが呼ばれた。
相手は剣を持った男子生徒。
ルークも木剣を選び、向かい合う。
「始め!」
相手が一気に距離を詰める。
ルークはほとんど動かない。
剣が届く直前、一歩だけ身体をずらした。
相手の剣が空を切る。
同時に、その足元へ黒い魔力が広がった。
闇。
相手の動きが一瞬止まる。
その時には、ルークの木剣が首元にあった。
「そこまで!」
静かな勝負だった。
派手な魔法は何もない。
大きな動きもない。
なのに、相手にはほとんど何もさせていない。
教師がルークを見る。
「……お前、ずいぶん実戦慣れしているな」
「そうですか?」
「無駄がなさすぎる」
「たまたまですよ」
「そういうことにしておくか」
「褒め言葉として受け取っておきます」
ルークは笑って戻っていく。
昨日の測定ではC級。
入学時からC級なら十分に強い。
それでも今の動きには、級とは別のところに何かあるような気がした。
「次、ミア・ハーヴェル!」
昨日、B級と測定された雷属性の少女が、ゆっくり前へ出る。
淡い灰色の髪を揺らしながら歩いていく姿には、相変わらず緊張感がない。
相手は木剣を構えた。
ミアは何も持たない。
「始め!」
相手が走り出す。
ミアが指を少し動かした。
パチッ。
小さな音と同時に、相手の手元で雷が弾ける。
「うわっ!」
木剣が地面に落ちた。
ミアはそれを見るだけで、追撃しようともしない。
「そこまで!」
教師が止める。
「ミア・ハーヴェル。戻っていいぞ」
「分かった」
そのまま戻っていく。
昨日測定された属性は雷。
そしてB級。
それだけでも十分すぎるほど目立つのに、本人にはその自覚がないように見える。
よく分からない子だ。
何人かの模擬戦が終わった後。
「アルベルト!」
呼ばれた。
「はい」
前へ出る。
「ディーン・クロフォード!」
反対側から1人の少年が出てきた。
昨日は俺と同じE級。
属性は風。
短く切った茶色の髪に、よく日に焼けた肌。体格は俺より少し小さいが、歩き方には迷いがない。
ディーンは木剣を手に取る。
俺も同じものを選んだ。
「よろしく」
ディーンが笑う。
「よろしくお願いします」
「同じE級同士だな」
「そうですね」
「でも、手加減はしないぞ」
「お願いします」
嫌な感じはしない。
むしろ話しやすそうだ。
少し離れたところから声が聞こえた。
「ディーン・クロフォードって、あいつか?」
「剣術大会で優勝したっていう」
「地方の小さい大会だろ?」
「それでも同年代じゃ有名だぞ」
なるほど。
剣が得意らしい。
ディーンが構える。
綺麗な構えだった。
カイルさんに最初に教えられた基本と似ている。
足の位置も、剣を置く場所もきちんとしている。
「始め!」
ディーンが一気に距離を詰めた。
速い。
木剣が横から迫る。
俺は半歩下がりながら木剣を合わせ、軌道を外へ流した。
すぐに次が来る。
斜めから振り下ろされた剣を受け止めず、身体をずらしながら横へ逸らす。
そのまま突き。
半歩横へ。
木剣が脇を抜けた。
ディーンは止まらない。
振り向きざまに剣を返し、今度は下から斬り上げてくる。
俺は木剣で受け流しながら懐へ入りかけた。
ディーンがすぐに下がる。
今のはいい判断だ。
そのまま入っていたら、柄か肩を使えた。
「……っ」
ディーンの表情から、さっきまでの笑顔が消えた。
また来る。
今度はさっきより慎重だった。
木剣同士が何度かぶつかる。
打ち合っているというより、俺はほとんど受け流しているだけだ。
正面から力で止めるな。
相手の力が強いなら、流せ。
近づいたなら剣だけを見るな。
拳も来る。
蹴りも来る。
掴まれることもある。
カイルさんとバルガスさんに何度も教えられたことが、自然に身体から出てくる。
「おい、あいつ……」
「剣も普通に使えるじゃん」
「E級だよな?」
「ディーンが押してる……のか?」
周りの声が聞こえる。
俺にも、どちらが押しているのかはよく分からない。
ただ。
ディーンは強い。
少なくとも同年代なら、かなり強いと思う。
それでも――見える。
肩が動く。
腰が回る。
足が出る。
剣が来る前に、身体が教えてくれる。
バルガスさんは、こんなに分かりやすくなかった。
見えたと思った時にはもう殴られていたし、避けたと思えば蹴られた。
剣を警戒すれば拳が来て、拳を避ければ足を払われた。
それに比べれば、ディーンの攻撃はずっと追いやすい。
……比較する相手が悪いのかもしれない。
ディーンが距離を取った。
一度息を吐き、構え直す。
さっきまでと目が違う。
今度は様子を見るように剣先を動かし、俺の反応を確かめてくる。
俺が動かないと、ディーンが先に踏み込んだ。
剣を受け流す。
そのまま一歩入る。
ディーンが木剣を戻そうとするより先に、俺は左手をその腕へ伸ばした。
触れる寸前で、ディーンが強引に身体を引く。
速い。
俺の指先が服をかすめただけで終わった。
「危な……」
ディーンが小さく呟く。
「今、何するつもりだった?」
「掴もうかなと」
「剣持ってるだろ」
「近かったので」
「剣術大会じゃそんなのやらないぞ」
「そうなんですね」
「……お前、どこで習ったんだよ」
答える前に教師から声が飛んだ。
「続けろ!」
「はい!」
ディーンがもう一度構える。
少し離れたところで、セレナが腕を組んで見ていた。
目が合う。
何も言わない。
心配している様子もない。
いつも通りの顔だった。
ディーンがまた踏み込む。
右足。
さっきも、その前もそうだった。
強く打ち込む時は右足を深く踏み込み、そこから腰を回す。
俺は少し距離を取る。
ディーンが追う。
右足が深く前へ出た。
次の一撃が来る。
今。
右足が地面を捉えた瞬間、その足元の土を少し沈める。
それだけじゃない。
踏み込んだ方向へ、ほんのわずかにずらす。
「っ!?」
ディーンの身体が前へ流れた。
踏み込むはずだった場所と、実際に足が着いた場所が少し違う。
たったそれだけ。
でも、勢いよく踏み込んだ身体のバランスを崩すには十分だった。
ディーンの手が地面につく。
「あっ」
「転んだ?」
「うわ、もったいな」
周りから声が上がる。
俺はもう前へ出ていた。
避けた後。
逃げて終わるな。
空いたところへ入れ。
バルガスさんに何度も言われたことだ。
一歩で距離を詰め、木剣をディーンの首元で止める。
「そこまで!」
一瞬、静かになる。
それから周囲がざわつき始めた。
「え?」
「ディーン負けた?」
「足滑らせたのか?」
「運悪すぎるだろ」
「いや、その前から普通に捌いてなかったか?」
「最後に入るのも速かったぞ」
ディーンは地面に手をついたまま、自分の右足を見る。
それから俺を見た。
「……今の」
「はい?」
「何かしただろ」
やっぱり分かるか。
「少しだけ」
「土か?」
「はい」
ディーンがもう一度、自分の足元を見る。
「俺が踏み込んだ時に?」
「はい」
「やっぱりか……」
ディーンが立ち上がる。
「俺、勝手に転んだことになってるんだけど」
「俺は知ってますよ」
「お前じゃなくて!」
思わず笑った。
教師がこちらへ来る。
「怪我は?」
「大丈夫です」
ディーンが答える。
教師は足元へ視線を落とした。
靴の跡と、その周囲の土をしばらく見る。
それから俺を見た。
「アルベルト」
「はい」
「今、土を動かしたな?」
「はい」
「どの程度だ?」
「少しだけです」
「……少し、か」
教師はもう一度地面を見る。
「まあいい。2人とも戻れ」
どうやら使ったこと自体は分かったらしい。
ただ、何をどれだけ動かしたのかまでは分かっていないようだった。
木剣を戻そうとした時、少し離れたところにいたミアが、じっとディーンの足元を見ていることに気づいた。
地面を見る。
次に、俺を見る。
また地面。
目が合った。
ミアは何も言わない。
ただ、さっきまでの眠そうな目が少しだけ開いていた。
「アル」
セレナのところへ戻る。
「はい」
「相変わらずね」
「何がです?」
「そういうところよ」
「分かりません」
「でしょうね」
少し遅れて、ディーンも戻ってくる。
「次やる時は足元も見るからな」
「剣を見た方がいいと思いますよ」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
セレナが小さく笑った。
「でも」
セレナが俺を見る。
「あいつはE級なんかじゃないわ」
「いや、E級ですよ」
「アルは黙ってて」
「俺の話なのに」
「セレナ・エルフォードだね」
声がした。
振り向く。
ルークだった。
昨日C級と測定された、闇属性の侯爵家の少年。
いつもの人当たりのいい笑顔でこちらへ歩いてくる。
「そうだけど?」
「さっきの試合、見てたよ。強かった」
「ありがとう」
「聞いていたより、ずっとね」
一瞬だけ、セレナが首を傾げた。
「聞いていた?」
「ああ。エルフォード子爵家の令嬢が入学するって話は聞いてたからね」
ルークは自然に笑う。
「でも、噂だけじゃ分からないものだ」
「そうね」
セレナはそれ以上気にしなかった。
ルークの視線が俺へ移る。
「それで、彼は?」
セレナが答える。
「アルよ」
「アル?」
「アルベルトです」
「アルベルト……」
ルークが俺を見る。
ほんの一瞬だけ、何かを考えるような間があった。
「さっきの試合、面白かったよ」
「ありがとうございます」
「土属性なんだよね?」
「はい」
「剣もかなりやってるみたいだけど」
「教えてくれた人がいたので」
「へえ」
それだけ聞くと、ルークは笑った。
「ルーク・ヴァレンベルク。よろしく」
「アルベルトです。よろしくお願いします」
差し出された手を握る。
「ルークでいいよ。学院では身分は関係ないんだろ?」
「じゃあ、ルーク」
「うん」
笑顔のまま、ルークが俺の手を離す。
その後、彼の視線がもう一度セレナへ向いた。
俺ではなく、セレナへ。
ほんの一瞬だけ。
何かを確かめるような目だった。




