第22話 入学式
学院都市に到着してから数日後、俺たちはリュミエール王立アストリア学院の入学式を迎えた。
正門をくぐった時にも思ったが、改めて見るととんでもなく広い学院だ。
講義を受けるための校舎だけでもいくつもあり、その奥には訓練場や研究棟らしき建物まで見える。
今日の入学式が行われる大講堂も、エルフォード領では見たことがないほど大きかった。
「アル、こっちよ」
先を歩いていたセレナに呼ばれ、俺は少し足を速める。
「今行きます、お嬢様」
「……アル」
セレナが振り返った。
その顔を見て、すぐに言いたいことが分かった。
「セレナ」
「よろしい」
満足そうに前を向く。
学院にいる間と、2人きりの時は名前で呼ぶ。
そう約束したのだから、いい加減慣れないといけない。
大講堂に入ると、すでに大勢の新入生が集まっていた。
服装も雰囲気もさまざまだ。
見るからに貴族らしい者もいれば、俺とそれほど変わらない服装の者もいる。外国から来たらしい生徒も珍しくない。
アストリア学院では、入学すれば身分に関係なく同じ学生として扱われる。
もちろん学院の外に出れば貴族は貴族だ。それでも、少なくともここでは家柄だけで誰かに命令することは認められていないらしい。
俺にとってはありがたい話だった。
やがて席が埋まり、大講堂が静かになっていく。
教師らしき人たちが壇上に並び、その中央へ1人の老人がゆっくりと歩いてきた。
短く整えられた白髪に、穏やかな目元。
背はそれほど高くなく、体つきも普通だ。姿勢こそしっかりしているものの、見た目だけなら街を歩いていても特別目立つような人ではない。
むしろ、近所で会えば笑顔で挨拶してくれそうな、優しそうなおじいさんに見えた。
「あの人が学院長か」
近くの席から小さな声が聞こえた。
「オズワルド・グランツ。昔はX級だったらしいぞ」
思わず壇上を見る。
X級。
世界で10人しか認められない、最高位の実力者。
今はその座を退いているとはいえ、目の前の老人がかつてそこにいたということになる。
とてもそうは見えない。
隣を見ると、セレナも少し驚いた顔をしていた。
「知ってた?」
小声で聞くと、セレナは首を横に振る。
「名前くらいは。でも、元X級だったなんて知らなかったわ」
周囲でも似たような話が聞こえている。
有名ではあるらしいが、現役を退いてから長いのか、俺たちの世代にとっては昔の人という扱いなのかもしれない。
オズワルド学院長は壇上の中央に立つと、しばらく俺たちを見渡した。
威圧感はない。
あれだけ大勢の人間に見られているのに、本人はまるで気にしていないようだった。
「皆さん、入学おめでとうございます」
穏やかな声が大講堂に響く。
「今日から皆さんは、アストリア学院の学生です。きっと楽しみにしていた方もいれば、不安でいっぱいの方もいるでしょう」
少しだけ笑う。
「私も昔は学生でしたから、その気持ちはよく分かります。もっとも、ずいぶん昔の話になってしまいましたが」
大講堂のあちこちから小さな笑い声が上がった。
学院長も楽しそうに笑っている。
堅苦しい話が続くと思っていた俺は、少し拍子抜けした。
「この学院には、さまざまな場所から人が集まります。王族も、貴族も、平民もいます。リュミエール王国の者もいれば、国外から来た者もいるでしょう」
そこで学院長の声が少しだけ真面目になる。
「ですが、この学院にいる間、皆さんは同じ学生です」
大講堂が静かになった。
「家柄があるから偉いわけではありません。魔力が多いから偉いわけでもありません。強いから偉いわけでもない」
元X級の人が言うと、妙に説得力がある。
「もちろん、強くなることは大いに結構です。勉強することも、魔法を磨くことも、剣を学ぶことも素晴らしい。私たちはそのために、できる限りのお手伝いをします」
学院長はそこで一度言葉を切った。
「ただ、皆さんには、自分とは違う人間と過ごすことも学んでほしいと思っています」
貴族と平民。
王国と帝国。
魔法が得意な者と、剣が得意な者。
きっと、この学院には俺が今まで会ったことのない人間がいくらでもいる。
「何年も一緒に過ごしていれば、気の合わない相手の1人や2人は必ず見つかります」
また笑いが起きる。
「喧嘩をするなとは言いません。若いうちにしかできない喧嘩もありますからね。ただし――」
学院長が笑ったまま言った。
「学院を壊すのはやめてください。修理にはお金がかかります」
今度はさっきより大きな笑い声が上がった。
本当に元X級なんだろうか。
そんなことを考えているうちに、学院長の話は終わった。
その後は教師の紹介や学院生活についての説明が続いていく。
授業や訓練、寮、学院内での規則。
聞いているだけでも覚えることが多い。
「アル」
隣から小さな声がした。
「はい?」
「寝てない?」
「寝てませんよ」
「ならいいわ」
そう言ったセレナの方が少し眠そうに見える。
「セレナこそ眠いんじゃないです?」
「眠くない」
「目、ちょっと細くなってますよ」
「なってない」
「じゃあ大丈夫ですね」
「何、その言い方」
「確認しただけです」
セレナが小さく睨んでくる。
そのまま前を向いたが、少しするとまた目が細くなっていた。
言わないでおこう。
俺も前を向き直る。
これから授業が始まる。
魔法も、剣も、今までとは違う人から教わることになる。
同年代の人間と本格的に競うのも初めてだ。
ガレスさん以外の土属性がどんな魔法を使うのかも知らないし、バルガスさんやカイルさんに教わった戦い方が、ここでどこまで通用するのかも分からない。
それに、学院には他国から来た生徒もいる。
俺が知らない魔法や戦い方だって、いくらでもあるだろう。
そう考えると、不安よりも少し楽しみになってきた。
入学式が終わり、大講堂の扉が開く。
大勢の新入生が一斉に立ち上がった。
「アル、行くわよ」
「はい」
「次、何だっけ?」
「教室に移動して説明だったと思います」
「場所分かる?」
「…………」
「分からないのね」
「セレナは?」
「分からない」
「じゃあ偉そうに言わないでくださいよ」
「誰かについていけばいいでしょ」
「それで違うクラスだったらどうするんです?」
「……案内を見る」
「最初からそうしましょう」
大講堂を出ると、廊下は新入生でいっぱいだった。
知らない顔ばかりだ。
この中に、これから友人になる人間もいるのかもしれない。
苦手になる相手もいるだろう。
もしかしたら、学院長が言ったように喧嘩する相手だっているかもしれない。
何が起こるかは分からない。
でも、それも含めて学院なんだろう。
俺とセレナは案内板を探しながら、人の流れの中へ入っていった。
アストリア学院での生活が、ようやく始まった。




