第21話 学園都市
エルフォード領を出て数日。
馬車の窓から、大きな街が見えてきた。
「……でかいですね」
「それ、さっきも言ってたわよ」
「いや、近づいたらもっとでかかったので」
「そう」
セレナはもう見慣れているような顔をしている。
俺は窓から街を見上げた。
高い外壁。その向こうにはいくつもの塔が見える。行き交う馬車も、エルフォード領とは比べものにならないほど多い。
「ここ全部、学院の街なんです?」
「学院だけじゃないわよ。店も宿も工房もあるし、普通に暮らしている人もいるわ」
「それでも大きすぎません?」
「それだけ人が集まるの」
馬車が門へ近づいていく。
人が多い。
俺たちと同じくらいの年齢の少年や少女、その家族、使用人、商人。見たことのない服を着た人もいる。
「外国の人も多いんですね」
「当然でしょ。アストリア学院は、四大学院の一つなんだから」
「四大学院?」
「……アル」
「はい」
「あなた、本当に学院へ来るまで何も調べなかったの?」
「必要なものは準備しましたよ」
「そういう話じゃないのよ」
呆れられた。
仕方ない。知らないものは知らない。
「四大学院っていうのは?」
「大陸でも特に有名な4つの学院のことよ」
セレナが指を1本立てる。
「ここ。リュミエール王国のアストリア学院」
2本目。
「ヴァルディア帝国の帝国学院」
帝国。
その言葉に少しだけ意識が向いた。
俺が森で持っていた物には、ヴァルディア帝国で使われているものが含まれていたらしい。
ローデリックさんも6年間、帝国を含めていろいろと調べてくれた。それでも、俺がどこの誰なのかまでは結局分からなかった。
ヴァルディア帝国。
俺の身体について、何か分かる可能性がある場所ではある。
機会があるなら調べてみたいとは思う。
ただ、絶対に知らなければならないとも思わなくなっていた。
今の俺には、帰る場所がある。
「聞いてる?」
「聞いてます」
「今、絶対違うこと考えてたでしょ」
「少しだけ」
「もう」
セレナが3本目の指を立てる。
「聖都のセレスティア学院。魔法や治癒、それに古い魔法の研究で有名ね」
そして4本目。
「自由都市連合のグランツ学院。あそこは研究や魔道具、それから実践的な技術に強いって聞くわ」
「結構違うんですね」
「学院ごとに特色はあるわ。でも、どこも大陸中から優秀な人が集まる場所よ」
なるほど。
だからこれだけ人がいるのか。
「じゃあ、その4つって仲悪かったりするんです?」
「なんで最初にそれを聞くのよ」
「国が違うので」
「……まあ、仲がいいとは言わないわね。四大学院対抗戦なんて、かなり盛り上がるらしいし」
「対抗戦?」
「知らないの?」
「今初めて聞きました」
「…………」
セレナが俺を見る。
「何です?」
「学院について何も知らずに来た人が、本当にいたんだなと思って」
「今知ったので大丈夫です」
「その考え方、便利ね」
でも、対抗戦か。
「何するんです?」
「個人戦や団体戦。魔法を使った競技もあるって聞いたわ」
「へえ」
「四大学院が集まるから、かなり大きな行事になるらしいわよ」
「セレナも出るんです?」
「まだ入学もしてないのに、なんで出る前提なのよ」
「出たそうだったので」
「…………」
「違いました?」
「出られるなら出るわ」
やっぱり。
馬車が街の中へ入ると、さらに人が増えた。
店、宿、食堂、武器屋、魔道具らしきものを並べた店。知らない国の文字が書かれた看板まである。
歩いている人たちもさまざまだった。
立派な服を着た人。大きな剣を背負った人。杖を持った人。明らかに貴族らしい人もいれば、そうではない人もいる。
それが同じ道を歩いている。
「学院では、本当に身分は関係ないんですよね」
「ええ」
セレナが窓の外を見ながら答える。
「貴族でも平民でも、学院では同じ学生として扱われる。それがアストリア学院の決まりよ」
「侯爵でも?」
「学生ならね」
「王族でも?」
「学生なら」
「セレナでも?」
「なんで私だけ確認するのよ」
「一番身近なので」
「アル」
「はい」
「学院で『お嬢様』って呼んだら怒るから」
「分かってますよ」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんって何よ」
しばらくすると、街の奥にひときわ大きな門が見えてきた。
「……あれですか」
「ええ」
門の先には石造りの校舎や塔が並び、広い敷地の向こうには訓練場らしき場所まで見える。
門の上には大きな文字が刻まれていた。
俺でも、もう読める。
――アストリア学院。
6年前は文字一つ読めなかった俺が、今度は学院へ通う。
なんだか変な感じだ。
馬車が止まり、俺は先に降りた。
続いてセレナが降りる。
その時、近くにいた何人かの視線がこちらへ向いた。
いや。
俺ではない。
セレナだ。
赤みを帯びた栗色の長い髪が、馬車から降りた拍子に揺れる。琥珀色の瞳に、整った顔立ち。6年間ほとんど毎日のように見てきたから意識したことはなかったが、こうして知らない人間の中に立つと、結構目立つらしい。
「何?」
視線に気づいたのか、セレナが俺を見る。
「いや」
「何よ」
「セレナって、結構目立つんですね」
「は?」
「痛っ!」
脇腹を叩かれた。
「なんでです?」
「知らない!」
「褒めたつもりだったんですけど」
「そういうのはもう少し言い方を考えなさい!」
難しい。
言えばいいと教えたのは俺なのに、どうやら言い方までは別の問題らしい。
荷物も次々と運び出されていく。
1つ、2つ、3つ、4つ。
「……多くないです?」
「何が?」
「荷物」
「普通よ」
「俺の3倍くらいありますけど」
「必要なものよ」
「何に使うんです?」
「いろいろ」
「いろいろ」
「何よ」
「いえ」
これ以上聞くと、また殴られそうだ。
荷物を持ち上げて周囲を見る。
学院へ来ている生徒は、当然ながら俺たちと同年代が多い。
そこで少し気づいた。
「……あれ?」
「今度は何?」
「いや」
自分の腕を見る。
今まであまり意識したことがなかったが、周囲の男子と比べると、俺はそれなりに身体ができているらしい。
背も少し高い方だ。
黒い髪に暗い灰色の目。顔については自分ではよく分からないが、少なくともセレナのように周囲から視線を集めるような見た目ではない。
ただ、肩や腕は同年代より少ししっかりしている。
考えてみれば、ここ数年はカイルさんと剣を振り、ガレスさんと魔法を使い、バルガスさんには朝から散々走らされ、殴られ、投げられてきた。
「どうしたの?」
「俺、意外と鍛えられてたんですね」
「今気づいたの?」
「比べる相手がカイルさんとかバルガスさんだったので」
「……それは比較する相手が悪いわね」
「ですよね」
ただ、身体が多少鍛えられているからといって、自分が強いとは思わない。
バルガスさんには、結局まともに勝てなかった。
学院には大陸中から人が集まる。
俺より強い同年代なんて、いくらでもいるだろう。
そう思っていた。
その時、学院の門の方が急に騒がしくなった。
「来たぞ」
「本当に?」
「あれだろ?」
「ヴァレンベルク侯爵家の――」
周囲の視線が1台の馬車へ集まっている。
豪華ではあるが、派手すぎるわけでもない。
扉が開き、1人の少年が降りてきた。
淡い金色の髪。
青い瞳。
同年代の中ではやや背が高く、すらりとしている。鍛えていないわけではなさそうだが、俺やカイルさんのような身体つきとは少し違う。
何より目を引くのは顔だった。
「……顔いいな」
思わず口から出た。
「何言ってるの?」
「いや、噂通りだなって」
整った顔立ちに、自然な笑顔。
侯爵家の令息だと知らなくても、人の目を引くタイプだろう。
それに、人に見られることに慣れている。
周囲から声をかけられるたび、少年は笑顔で応えていた。
明るく、人当たりもいい。
「あの人」
俺が言う。
「この前話してた人です?」
「ええ」
ルーク・ヴァレンベルク。
侯爵家の令息。
強くて、頭もよく、見た目もいい。その上、家柄まで申し分ない。
それなのに最近になって突然ふらふらと旅をしたり、宴会に顔を出したり、よく分からない場所へ金を出したりしている。
少し変わった行動をしているという噂の人だ。
「普通そうですね」
「失礼よ」
「本人には言いません」
「そういう問題じゃないの」
その時、ルークの顔がこちらを向いた。
目が合う。
いや。
ルークの青い瞳は俺を通り過ぎ、隣のセレナで止まった。
ほんの一瞬だけ、笑顔が薄れたように見えた。
驚いたというほどではない。
ただ、何かを確かめるようにセレナを見る。
そして、その視線が俺へ戻ってきた。
一瞬だけ目が合う。
今度は、さっきまでと同じ笑顔だった。
俺が軽く頭を下げると、向こうも軽く返した。
それだけだった。
「知り合いです?」
「いいえ」
「でも今、セレナのこと見てませんでした?」
「気のせいじゃない?」
「そうですかね」
セレナは特に気にしていないらしい。
俺もそれ以上考えなかった。
「アル」
「はい」
「行くわよ」
「あ、お嬢――」
言いかけて止める。
セレナがじっと俺を見る。
「……セレナ」
「よろしい」
少し嬉しそうなのが腹立つ。
俺は荷物を持ち直す。
自分の分。
それから、当然のように渡されたセレナの分。
「やっぱり多くないです?」
「早く行くわよ」
「はいはい」
門をくぐる。
人が多い。建物も大きい。
知らない人ばかりで、知らないこともきっと山ほどある。
「……でかいな」
「変わってないじゃない!」
仕方ない。
でかいものはでかい。
知らないなら、知ればいい。
まずはここからだった。




