第19話 学院
学院へ出発する日が近づいていた。
「改めて説明しておく」
ローデリックさんの執務室で、俺とセレナは並んで椅子に座っていた。
「学院では、二人とも学生だ」
「はい」
「分かってる」
「セレナ」
「何?」
「返事」
「……はい」
ローデリックさんが少し笑った。
「学院にはリュミエール王国だけでなく、他国からも生徒が集まる」
「帝国からもですか?」
「ああ。ヴァルディア帝国からも来る」
帝国。
その名前は何度も聞いたことがある。この国の隣にある大きな国だ。
ローデリックさんは以前、俺の身元を調べるためにヴァルディア帝国にも問い合わせてくれたらしい。それでも、俺が何者なのかは分からなかった。
だから今のところ、帝国と聞いても特別な感覚はない。
「貴族も平民もいる」
ローデリックさんが続ける。
「王族が入学することもある」
「王族も?」
「ああ」
「面倒そうですね」
「アル」
セレナに睨まれた。
「すみません」
「学院の中では、身分によって学生の扱いを変えない。それが原則だ」
「この前、セレナから聞きました」
名前を呼ぶと、まだ少しだけ変な感じがする。
セレナも一瞬だけこっちを見た。
「ただし」
ローデリックさんが言う。
「学院の外まで身分がなくなるわけではない」
「ですよね」
「学院内でも、人間関係まで消えるわけではない。公爵家の子と平民の子が、入学した瞬間から何の意識もなく同じように振る舞えるわけではないからな」
「決まりと実際は違うってことです?」
「そういうことだ」
分かりやすい。
「それから」
ローデリックさんが机の上に紙を置いた。
「入学時には、能力評価がある」
「能力評価?」
「学院では、実力の目安として階級が使われている」
紙には上から順に文字が並んでいた。
X。
S。
A。
B。
C。
D。
E。
F。
「8段階ですか」
「ああ」
「Xが一番上?」
「そうだ」
「バルガスさんのやつですね」
「ああ」
《拳王》バルガス・レオンハルト。
俺と出会った頃、世界に10人しかいないX級の第6位だった。
「X級は少し特殊だ」
ローデリックさんが言う。
「世界で10人だけ。単に一定の基準を超えればX級になれるわけではない」
「10人より増えないんです?」
「増えない」
「じゃあ11番目に強い人は?」
「S級だ」
「厳しいなあ」
「X級は、文字通り世界の上位10人だからな」
なるほど。
改めて考えると、バルガスさんはとんでもない人だったらしい。
1年も一緒にいて、毎日のように投げられたり殴られたりしていたせいで、途中からただの変な人みたいになっていた。
世界で6番目。
そう聞いても、朝から元気に「遅え!」と怒鳴っていた姿しか浮かばない。
「……比較する相手、間違えてたな」
「何か言った?」
セレナが聞く。
「何でもないです」
「学生はどれくらいなんです?」
セレナが聞いた。
「卒業時の平均がC級程度だ」
「卒業でC?」
「ああ。学院で数年間学び、実技も経験した上での平均だ」
「じゃあ入学時は?」
「Eなら珍しくない。Dなら十分に評価される」
「Cは?」
「入学時ならかなり優秀だ。すでに卒業生の平均に届く程度の評価ということになる」
「Bは?」
「滅多にいない。入学時なら天才と呼ばれるだろうな」
「Aは?」
「学院中の話題になる」
「Sは?」
俺が聞くと、ローデリックさんが少し考えた。
「過去に例がないわけではないが、歴史に名前が残るような者だ」
「じゃあXは?」
「考えなくていい」
「なんでです?」
「入学時にX級の人間がいたら、学院で何を教えるんだ」
「確かに」
セレナが笑った。
「ただし」
ローデリックさんが紙を指で叩く。
「入学時の階級は、その人間の強さそのものではない」
「どういうことです?」
「入学時に主に見るのは、魔力量と属性だ」
「剣は?」
「基本的には評価に入らない」
「戦い方も?」
「入らない」
「じゃあ、魔力が多くても戦えない人は高くなる?」
「あり得る」
「逆も?」
「ああ。剣が強くても、魔力量が少なければ低く出ることがある」
「結構雑ですね」
「学院へ入る前の子供全員に、同じ水準の実戦経験があるわけではないからな」
それはそうか。
貴族なら、俺やセレナのように小さい頃から剣や魔法を教わっている人もいる。
平民なら、学院へ入るまでまともな指導を受けたことがない人もいるだろう。
その状態で、現在の戦闘能力だけを基準に比べるのも難しい。
「それに、入学時の評価は学院側がその学生の現状を把握するためのものでもある」
「クラスを決めるためじゃないんです?」
「少なくとも1年目は、能力だけでクラスを分けるわけではない」
「へえ」
「学院に入ってから、実技や学業も含めて見ていくことになる」
なるほど。
なら、最初の階級だけで全部が決まるわけではないらしい。
「属性も評価されるんですよね?」
「ああ」
嫌な予感がする。
「土は?」
ローデリックさんが少しだけ黙った。
「低い」
「ですよね」
「アル」
セレナが言う。
「まだ何も決まってないでしょ」
「いや、土が低く評価されるのは知ってるので」
戦闘向きではない。
それは属性検査をした時から何度も聞いている。
「魔力量は?」
「以前より増えているだろう」
ローデリックさんが言う。
「成長や訓練で扱える魔力にも変化は出る」
「平均よりは多いんでしたっけ」
「ああ。お前はかなり多い」
13歳の検査でも、そう言われた。
ただ、土属性。
そこが評価ではかなり不利になるらしい。
「アルは何級になると思う?」
セレナが聞く。
「分かりません」
「予想」
「Eくらい?」
「低すぎない?」
「土ですからね」
「魔力多いじゃない」
「でも土ですよ」
「土、土って自分で言わないの」
「事実でしょう」
「私はもっと上だと思う」
「じゃあ賭けます?」
「何を?」
「負けた方が何かする」
「いいわよ」
「本当に?」
「私が勝つから」
「何級予想です?」
セレナが少し考える。
「D」
「じゃあ俺はE」
「もしC以上だったら?」
「2人とも外れ」
「じゃあ何もなし?」
「そうしましょう」
「逃げた」
「安全策です」
セレナが笑った。
「遊びではないぞ」
ローデリックさんが言う。
「分かってます」
「本当に?」
「はい」
「お前たちを見ていると不安になる時がある」
「大丈夫です」
「アルがいるし」
「その言い方が一番不安なんだ」
「なんで?」
「俺も不安になりました」
「アル!」
笑い声が部屋に響いた。
説明が終わったあと、俺たちは部屋を出た。
「アル」
「はい」
「学院で何したい?」
「急ですね」
「いいでしょ」
廊下を歩きながら考える。
何がしたいと言われても、正直まだ分からない。
「勉強ですかね」
「真面目」
「知らないこと多いので」
「魔法は?」
「習いたいです」
「剣は?」
「それも」
「友達は?」
「できたら」
「曖昧」
「セレナは?」
「強くなる」
即答だった。
「それだけ?」
「それだけじゃないけど」
セレナは少し考えてから続けた。
「外を見たい」
「外?」
「この領地と、この国だけじゃなくて」
セレナが前を見る。
「いろんな人がいるんでしょう?」
「みたいですね」
「だったら、見てみたい」
「いいですね」
「アルは?」
「俺?」
「外を見たくない?」
少し考える。
6年前。
俺は何も知らない場所に、一人でいた。
それからエルフォード領で、いろいろなことを知った。
文字。
魔法。
この国。
人。
仕事。
戦い方。
それでも、知らないことの方がずっと多い。
「見たいです」
「でしょ?」
「はい」
学院がどんな場所なのか。
どんな人がいるのか。
そこで俺が何をするのか。
まだ何も分からない。
でも、知らないなら知ればいい。
6年前とは違って、今度は一人じゃない。




