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第18話 アル

学院へ行く準備が本格的に始まった。


服、本、筆記具、生活用品。


必要なものを揃えていく。


ただ、俺は自分の荷物より、セレナの荷物を確認している時間の方が長かった。



「多くないです?」


「何が?」


「服です」


「普通よ」


「これ全部持っていくんです?」


「そうだけど」


「引っ越しですか?」


「学院で生活するんだから、似たようなものでしょ」


「俺の3倍くらいありますよ」


「アルが少なすぎるの」


「必要なものはありますよ」


「服は?」


「あります」


「何着?」


「…………」


「何着?」


「足ります」


「答えてない」


セレナが俺の荷物を見る。


「少なっ」


「ほら。ちゃんと入るでしょう?」


「そういう問題じゃない」


「洗えば着られます」


「もう少し持っていきなさい」


「荷物増えるじゃないですか」


「私のを1つ減らすから」


「そこまでして?」


「見てるこっちが不安になるの」


結局、俺の服が増えた。


セレナの服は減らなかった。



荷物を整理している途中、突然セレナが言った。


「ねえ、アル」


「はい」


「いつから私、アルって呼んでるんだっけ?」


「……いつからでしょう」


考えてみる。


最初はアルベルトと呼ばれていた。それが、いつの間にかアルになっていた。


「覚えてないです」


「私も」


「じゃあ、結構前じゃないです?」


「そうかも」


それだけの話だった。


でも、セレナは少し考えてから、もう一度口を開いた。


「アル」


「はい」


「学院に行ったら、その呼び方やめて」


「呼び方?」


「お嬢様」


思わずセレナを見る。


「なんでです?」


「学院では身分は関係ないから」


「関係ない?」


「学院にいる間は、貴族でも平民でも同じ学生として扱われるの」


「へえ」


「知らなかったの?」


「聞いた気はします」


「ちゃんと覚えなさいよ」


「すみません」


学院には王族や貴族もいれば、平民もいる。国も違う。


それでも学院の中では、家の爵位や身分を理由に命令したり、必要以上にへりくだったりするべきではない。そういう決まりになっているらしい。


「でも」


俺は言う。


「学院の外ではお嬢様ですよね?」


「それは……まあ」


「俺、エルフォード家の使用人ですし」


「そうね」


「じゃあ学院だけ?」


セレナが少し考える。


「あと」


「はい」


「二人の時も」


「二人の時?」


「私とアルしかいない時」


「なんでです?」


「いいでしょ、別に」


「理由になってないですよ」


「じゃあ命令」


「学院では身分関係ないんじゃ?」


「まだ学院じゃないわ」


「ずるいなあ」


セレナが睨む。


「嫌なの?」


「嫌というか……」


困る。


6年近く、ずっとお嬢様だった。


「じゃあ、何て呼ぶんです?」


「…………」


少し間があった。


「セレナ」


「呼び捨て?」


「そう」


「怒りません?」


「私がそう呼べって言ってるんだけど」


「ローデリックさんに怒られません?」


「お父様はそんなことで怒らないわよ」


「ハンスさんは?」


「笑うかも」


「マルタさんは?」


「たぶん面白がる」


「嫌だなあ」


「いいから」


セレナがこっちを見る。


「呼んで」


「今?」


「今」


「…………」


言いにくい。


名前はもちろん知っている。何度も聞いているし、他の人が呼ぶのも何度も聞いた。


でも、俺が呼ぶとなると妙に違う。


「お嬢様」


「違う」


「セレナ様」


「違う」


「難しいですね」


「名前を呼ぶだけでしょ」


「6年の習慣が」


「アル」


「はい」


「呼んで」


逃げられそうにない。


「……セレナ」


言った。


セレナが少しだけ笑った。


「何です?」


「別に」


「絶対何かありますよね」


「ない」


「じゃあ、もう1回お嬢様に戻します」


「駄目」


「即答ですね」


「学院ではセレナ」


「はい」


「二人の時も」


「はいはい」


「はいは1回」


「それ俺が前に言ったやつ」


「便利だから使ってるの」


「真似しないでくださいよ」


「アルも私の言葉使ったでしょ」


「覚えてたんです?」


「当たり前」


俺は笑った。



それから数日、学院へ向かう準備はさらに進んだ。


ローデリックさんからも、学院での生活について説明を受ける。


授業、寮、訓練、魔法、剣術。それから、他国から来る生徒との付き合い。


「アルベルト」


「はい」


「学院ではセレナの使用人としてではなく、一人の学生として学べ」


「はい」


「もちろん、何かあれば力になってやってほしい」


「分かりました」


「だが、常に後ろについて歩く必要はない」


「それ、俺よりお嬢様に言った方がよくないです?」


「聞こえてるわよ」


隣から声がした。


「あ」


「何?」


「今のは学院の話なので」


少し考えて、言い直す。


「セレナに言った方がいいんじゃないです?」


一瞬、静かになった。


ローデリックさんが俺とセレナを見比べる。


「……なるほど」


笑った。


「何です?」


「いや」


「絶対何か思ってますよね」


「気にするな」


セレナも少しだけ気まずそうな顔をしている。


「自分で言わせたんでしょう」


「分かってる」


「じゃあ慣れてください」


「アルもね」


「俺はもう慣れました」


「嘘」


「嘘です」


ローデリックさんがまた笑った。



学院へ行けば、今までとはいろいろ変わる。


知らない人。


知らない場所。


知らないこと。


6年前、森で目を覚ました時も全部知らなかった。


でも、あの時とは違う。


今は文字が読める。この世界のことも少しは知っている。


剣も魔法も使えるようになった。土魔法で領地の仕事を手伝うこともできるし、カイルさんやガレスさん、それにバルガスさんから教わったこともある。


それに、帰る場所もある。



夜、自分の部屋へ戻ろうと廊下を歩いていると、向こうからセレナが来た。


周りには誰もいない。


「お嬢様」


呼んでから気づいた。


セレナが止まって、こっちを見る。


何も言わない。


「…………」


絶対、わざと黙ってる。


「……セレナ」


「何?」


普通に返事をする。


「いや、何でもないです」


「じゃあ呼ばないでよ」


「そっちが呼べって言ったんでしょう」


「そうだけど」


すれ違う。


少し歩いてから、なんとなく振り返った。


セレナも同じタイミングで振り返る。


「何?」


「そっちこそ」


「別に」


「俺もです」


また前を向く。


学院に行っても、たぶん全部が変わるわけじゃない。


呼び方が1つ変わった。


それだけだった。

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