第13話 役に立つ魔法
土魔法を習い始めてから、俺は屋敷の庭だけではなく、街や領地の中でも地面を見ることが増えた。
道や畑、水路、建物の周り。
今までは普通に歩いていた場所でも、土魔法を覚えてから見ると少し違って見える。
ある日、ガレスさんと一緒に街を歩いていた。
「今日は何するんです?」
「道を見る」
「道?」
「ああ」
ガレスさんが前を指差す。
少し先で、何人かの作業員が道を直していた。
「この辺りは雨が降ると水が溜まりやすい」
「確かに低いですね」
道の一部が周りより少し低くなっている。
大きな穴があるわけじゃない。
でも、水が流れにくそうだ。
「土魔法で直すんです?」
「そのつもりだ」
「全部?」
「全部動かしたいのか?」
「嫌です」
「なら聞くな」
「確認です」
ガレスさんが笑った。
俺たちが近づくと、作業をしていた男たちが手を止めた。
「ガレスさん」
「ああ」
「今日はお願いします」
「どこだ?」
「こっちです」
1人が案内する。
道の端に、少しへこんでいる場所があった。
「雨が降ると、この辺りに水が溜まるんです」
「排水は?」
「向こうに溝があります」
少し先を見る。
確かに道の脇に水路がある。
ただ、ここからそこまで水がうまく流れていないらしい。
「ここを埋めるんですか?」
俺が聞く。
作業員が地面を見る。
「埋めるだけだと、また同じところに溜まりそうなんだ」
「ああ」
馬車から見た道。
屋敷の倉庫前。
似たような場所を、前の世界でも何度も見てきた。
低いところだけ直しても、水の行き先がなければまた溜まる。
「じゃあ、水がこっちへ流れるようにした方がいい?」
俺が溝の方を指す。
「そうしたい」
作業員が頷いた。
「ただ、道そのものを下げすぎると荷車が傾く」
「なるほど」
そこまでは俺には分からない。
どれだけ勾配をつければいいのか。
どう仕上げれば長く持つのか。
そういう判断は、この人たちの仕事だ。
「じゃあ」
作業員の1人が地面を見ながら言った。
「この辺りを少し落として、こっちへ流すか」
「それならいけそうだな」
別の作業員も頷く。
ガレスさんが俺を見る。
「だそうだ」
「じゃあ、やってみます?」
「お前がな」
「俺?」
「練習だ」
「失敗したら?」
「俺が直す」
「便利だなあ」
「先生だからな」
少し離れて、地面へ手を向ける。
作業員が示した場所を見る。
道全部を動かす必要はない。
水の流れを邪魔しているところ。
そこだけ。
魔力を流す。
地面がゆっくりと下がる。
「そこ」
作業員に止められた。
すぐに魔法を止める。
「もう?」
「ああ。一回水を流してみよう」
桶で水を持ってくる。
道へ流す。
水が進んだ。
少しだけ溜まり。
俺が下げた場所へ向かって流れていく。
そのまま。
道の端の溝へ落ちた。
「おお」
思わず声が出た。
「流れたな」
作業員の1人も笑う。
でも、すぐにしゃがみ込んで地面を確認した。
「まだ少し残る」
「どこです?」
「ここだな」
指された場所を見る。
「もう少し下げる?」
「ほんの少しでいい」
「分かりました」
言われた場所だけを動かす。
さっきよりさらに小さな範囲。
もう一度、水を流した。
今度は止まらない。
流れた水が、そのまま溝へ入っていく。
「これならいい」
作業員が頷いた。
「終わり?」
「ああ。あとは俺たちで仕上げる」
「全部魔法でやらないんです?」
「魔法だけで終わらせて、あとで崩れたら意味ないだろ」
「なるほど」
地面を固める。
周りと高さを合わせる。
荷車を通して問題がないか確かめる。
そこから先は作業員たちの仕事だった。
俺がやったのは。
必要だと言われた場所の土を、少し動かしただけ。
それだけで、水の流れが変わった。
「どうだ?」
ガレスさんが聞く。
「何がです?」
「土魔法」
俺は、さっきまで水が溜まっていた場所を見る。
今は溝へ向かって流れている。
「使えるじゃないですか。土魔法」
そう言うと、ガレスさんが笑った。
「最初から言ってるだろ」
「でも、こうやって実際に使うと分かりやすいですね」
「何がだ?」
「役に立つってことが」
大きな壁を作ったわけじゃない。
岩を飛ばしたわけでもない。
地面を大きく変えたわけでもない。
でも。
道を使う人にとっては、こっちの方が必要だった。
「戦うためだけが魔法じゃない」
ガレスさんが言う。
「農業、道路、建築、採掘。土魔法を欲しがる仕事はいくらでもある」
「やっぱり便利じゃないですか」
「便利だぞ」
「なんでみんな嫌がるんです?」
「子供は英雄になりたいからな」
「俺は別にいいです」
「変わってるな」
「よく言われます」
それから、似たような仕事を頼まれることが増えた。
畑の端を直す。
水路の土を動かす。
荷車が通りにくい場所を均す。
もちろん、俺だけで勝手にやることはない。
どこをどうしたいのか聞いて。
職人や作業員が方法を決める。
俺は指示された場所を動かす。
土魔法を覚えたからといって、俺が道路や水路の専門家になったわけじゃない。
ただ。
手伝えることが1つ増えた。
「アル」
屋敷へ戻ると、お嬢様に呼び止められた。
「はい?」
「また外で土いじってたの?」
「土魔法の練習です」
「同じでしょう」
「全然違います」
「服、汚れてるけど」
見ると、確かに膝の辺りに土がついている。
「これは普通に土いじってました」
「同じじゃない」
「今回はそうですね」
お嬢様が呆れた顔をする。
「楽しいの?」
「結構」
「地味」
「便利ですよ」
「またそれ」
「道も直せます」
「それは聞いた」
「水路も」
「それも」
「畑も」
「分かったってば」
お嬢様が歩き出し、俺も隣を歩く。
「でも」
「はい?」
「街の人、喜んでたわよ」
「知ってるんです?」
「私の領地よ」
「まだローデリックさんの領地では?」
「細かい」
「大事だと思いますけど」
「将来は分からないでしょう」
「そうですね」
お嬢様は少しだけ間を置いて、前を向いたまま言った。
「役に立ってるなら、いいんじゃない」
「土属性が?」
「アルが」
「…………」
「何?」
「いや」
少し笑う。
「ありがとうございます」
「何よ、その顔」
「別に」
「絶対何か思った」
「思ってませんよ」
「嘘」
「本当です」
少しだけ嬉しかった。
ガレスさんとの練習も続いていた。
「もっと上げろ」
「きついです」
「まだいける」
「先生、基準おかしくないです?」
「俺を基準にするな」
「じゃあ止めてくださいよ」
「限界を知るのも練習だ」
目の前の土へ魔力を流す。
いつものように一部分だけではなく、もっと広く、もっと高く。
土が盛り上がっていく。
「……っ」
頭が重い。
身体もだるくなってきた。
「まだだ」
「結構きついですよ」
「無理なら止めろ。自分で判断しろ」
もう少しいける。
そう思って魔力を流した瞬間。
視界が揺れた。
「あ」
膝から力が抜ける。
倒れそうになったところで、ガレスさんに腕を掴まれた。
「おい」
「気持ち悪い……」
「今日は終わりだ」
地面に座らされる。
頭が痛い。
少し吐き気もする。
「これが魔力を使いすぎた状態です?」
「ああ」
「嫌ですね」
「だから覚えておけ。自分がどこまで使えるか」
「はい」
「魔法は使えればいいってもんじゃない。必要な時に使えるだけ残しておけ」
「分かりました」
「本当に分かったか?」
「今、身をもって」
「なら忘れるな」
忘れたくても、しばらく忘れられそうにない。
少し休んでから、その日の練習は終わった。
翌日。
また庭へ行くと、ガレスさんが立っていた。
「体調は?」
「大丈夫です」
「なら今日は別のことをやる」
「何です?」
「昨日、大きく動かす練習をした」
「はい」
「今日は小さくだ」
「そっちの方が好きです」
「だからだ」
「嫌な先生だなあ」
「知ってる」
ガレスさんが俺から少し離れる。
「地面を動かして、俺の動きを邪魔してみろ」
「倒せばいいんです?」
「できるならな」
「無理でしょう」
「なら考えろ」
ガレスさんが構える。
少し考える。
壁を作る?
間に合わない。
穴を掘る?
それも大きすぎる。
なら。
もっと小さく。
ガレスさんが踏み込む直前。
その足元の地面をわずかに盛り上げた。
「お」
足が引っかかる。
でも。
転ばない。
一瞬だけ、動きが鈍った。
「今のか」
「はい」
「もう一度」
今度は逆に。
足元をわずかに沈ませてみる。
「っと」
また少しだけ体勢が崩れた。
「なるほど」
「倒れませんね」
「これくらいで転ぶか」
「ですよね」
「だが、戦っている時なら話は別だ」
「?」
「剣を振る瞬間。魔法を使う瞬間。避ける瞬間。一瞬でも体勢が崩れれば、それで十分なこともある」
「ああ」
カイルさんとの稽古を思い出す。
剣を振る時も。
避ける時も。
足の位置は大事だ。
ほんのわずかでも予定と違えば、動きは変わる。
「ただし」
ガレスさんが俺を見る。
「実際に使うなら、相手の動きに合わせる必要がある」
「はい」
「早すぎれば気づかれる。遅ければ意味がない」
「難しいですね」
「だから練習する」
「ですよね」
ガレスさんが構える。
「もう一度」
「はい」
踏み込んでくる。
俺は足元だけを見るのをやめる。
動いた場所を見てから魔法を使うのでは遅い。
肩。
腰。
足。
カイルさんから教わったように、相手の身体全体を見る。
どちらへ動くのか。
次にどこへ足を置こうとしているのか。
「今」
地面を動かす。
でも。
ガレスさんの足は、俺が狙った場所より少し外へ着いた。
何も起こらない。
「外したな」
「はい」
「もう一度」
再び構える。
今度は早すぎた。
地面が動いたのを見て、ガレスさんがそこを避ける。
「見えてるぞ」
「難しいな……」
「当然だ」
何度か繰り返す。
上手くいく時もあれば、外す時もある。
相手が次にどこへ動くのか。
その瞬間に、どこを動かせば邪魔になるのか。
分かるような時もある。
でも。
まだ確実じゃない。
「今日はここまでだ」
「はい」
「どうだった?」
「難しいです」
「そうだな」
「でも、使えそうです」
「ああ」
ガレスさんが地面を見る。
「練習する価値はある」
俺も頷いた。
大きく動かす魔法も必要だ。
壁を作ることも。
地面そのものを変えることも。
でも、それとは別に。
相手を吹き飛ばせなくても。
ほんのわずか動きを邪魔するだけで意味がある。
土魔法には。
そういう使い方もありそうだった。




