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第12話 全部動かす必要あります?

土属性だと分かってから、俺は庭で地面を動かす練習を続けていた。


最初は土をわずかに盛り上げる。


次はへこませる。


その次は横へ動かす。


「……疲れるな」


動かす範囲を広げようとすると、途端に魔力の消費が増える。


当たり前と言えば当たり前だ。


重いものをたくさん動かせば、それだけ大変になる。魔法でも同じらしい。



そんな練習を始めて数日後、ローデリックさんに呼ばれた。


「土魔法を教わりたいそうだな」


「はい」


「ちょうどいい人間がいる」


「土属性の人です?」


「ああ。この領地に滞在している魔法使いだ。土魔法を専門にしている」


「専門」


少し興味が湧いた。


「会ってみるか?」


「お願いします」



翌日。


屋敷の庭に、一人の男が立っていた。


年齢は40歳くらいだろうか。日に焼けた顔に、少し伸びた髭。服もあまり綺麗とは言えない。


魔法使いと聞いて長いローブでも着ているのかと思ったけれど、全然違った。


むしろ、現場にいそうだ。


「お前がアルベルトか」


「はい」


「ガレス・オルドだ」


「よろしくお願いします」


「聞いたぞ。土属性だったらしいな」


「はい」


「残念だったか?」


「いえ」


「そうか」


ガレスさんは少し笑った。


「なら話が早い」


「?」


「土属性だと分かると、露骨に嫌な顔をする奴もいる」


「そんなに人気ないんです?」


「戦いたい奴にはな」


「やっぱり遅いから?」


「それもある」


ガレスさんが地面へ手を向ける。


次の瞬間、目の前の土が一気に盛り上がり、俺の胸ほどの高さの壁になった。


「おお」


俺が庭で動かしていたものとは、規模も速さも全然違う。


「これが基本だ」


「これで基本?」


「土魔法を戦闘で使うならな」


ガレスさんが手を下ろすと、壁が崩れた。


「壁を作る。足場を変える。穴を作る。石や土を飛ばす」


「結構できるじゃないですか」


「できる」


「じゃあ、なんで弱いって言われるんです?」


「やってみれば分かる」


ガレスさんが地面を指差した。


「今の壁を作ってみろ」


「無理ですよ」


「いいからやれ」


「はい」


地面へ手を向け、魔力を流す。


土をまとめて持ち上げる。


「……っ」


地面が盛り上がっていく。


最初は順調だったが、高くしようとするほど急に重くなったような感覚がした。


「うっ」


途中で止まる。


「もうきついか?」


「結構」


「それが理由の一つだ」


ガレスさんが言う。


「土は重い。大量に動かそうとすれば、それだけ魔力を使う」


「なるほど」


「さらに――」


地面から石が浮き上がる。


「土より石」


石が落ちる。


今度は庭の端にある石畳を指差した。


「自然の石より、人の手で加工されたもの」


「違うんです?」


「違う」


「何が?」


「動かしやすさだ」


ガレスさんが石畳へ手を向ける。


石畳がわずかに震えた。


けれど、地面の土のようには動かない。


「固く、加工され、形が決まっているものほど扱いづらい」


「へえ」


「土属性だからといって、何でも好きに動かせると思うな」


「分かりました」


「特に建物や道なんかは面倒だ」


「道も?」


「ああ」


「土なのに?」


「土だけでできている道ならな」


なるほど。


石を敷いたり、固めたり、いろいろ手が加えられている場所ほど難しくなるらしい。


そこで、ふと疑問が浮かんだ。


「じゃあ、壊れてるところだけなら?」


「何?」


「道全部を動かすんじゃなくて」


地面を指差す。


「へこんでるところとか、水が溜まるところとか。必要なところだけ動かすのは?」


「できる」


「その方が楽ですよね?」


「動かす量が減れば、当然な」


「じゃあ、全部動かす必要あります?」


ガレスさんが黙った。


変なことを言っただろうか。


「俺、何かおかしいこと言いました?」


「いや。当たり前の話だ」


「ですよね」


「だが……」


ガレスさんは地面を見たまま、少し考えていた。


「魔法を覚える時は、どうしても分かりやすい形から入る。壁を作れ、穴を掘れ、石を飛ばせ。そう教えた方が、何ができたか分かりやすいからな」


「なるほど」


「戦闘でも、大きく動かした方が単純な威力は出しやすい」


「ですよね」


「だからといって、毎回それが必要とは限らんが」


ガレスさんが手を向ける。


先ほど俺が動かそうとした地面の一部分だけが、わずかに持ち上がった。


「これなら?」


「そういう感じです」


「確かに魔力はほとんど使わんな」


ガレスさんはその場所を見ながら続ける。


「問題は、これで何をするかだ」


「道なら、水が溜まるところを直したり」


「ほう」


「低いところを少し上げたり。逆に、水を流したいところを少し下げたり」


「…………」


「そんな感じです」


「お前、道を作っていたのか?」


「いえ」


首を振る。


「そういう現場で働いていたことが――」


言いかけて止まった。


まただ。


「……ある気がするんです」


ガレスさんが俺を見る。


「記憶か」


「多分」


完全な嘘ではない。


俺自身の記憶ではある。


ただ、この身体の記憶ではないだけだ。


ガレスさんはしばらく俺を見ていたが、それ以上は聞かなかった。


「まあ、考え方としては悪くない」


そう言って、今度は地面の別の場所へ手を向ける。


土が細長く盛り上がった。


「こうすれば水の流れを変えられる」


「おお」


「逆に削れば溝にもなる」


「便利ですね」


「だから最初に言っただろう」


「?」


「土属性が弱いんじゃない。戦う時に人気がないだけだ」


ガレスさんが笑う。


「農業、道路、建築、採掘。土魔法を欲しがる仕事はいくらでもある」


「やっぱり便利じゃないですか」


「便利だぞ」


「なんでみんな嫌がるんです?」


「子供は英雄になりたいからな」


「俺は別にいいです」


「変わってるな」


「よく言われます」



それから、俺はガレスさんに土魔法を教わるようになった。


最初にやったのは、やっぱり基本だった。


土を持ち上げる。


へこませる。


寄せる。


固める。


崩す。


石を動かす。


距離を変える。


量を変える。


「遠くなるほど難しくなる」


「はい」


「大量に動かせば魔力を食う」


「はい」


「細かく動かすなら制御が必要だ」


「はい」


「どれか一つだけやればいいと思うな」


「全部?」


「全部だ」


「大変だな……」


「魔法なんだから当たり前だ」


ガレスさんはちゃんとした先生だった。


俺が小さい範囲ばかり動かそうとすれば、大きく動かす練習もさせる。


逆に、力任せに動かそうとすれば無駄に魔力を使うなと言われる。


俺よりずっと土魔法を知っている。


当たり前だ。


俺は13歳で、土魔法を覚えたばかり。


ガレスさんは、ずっと土魔法を使ってきた人だ。


俺が何か新しい魔法を教えられるような相手ではない。


ただ、俺が疑問に思ったことを口にすると、ガレスさんは一度考えてから答えてくれる。


その答えを聞くたびに、俺にもまた別の疑問が浮かんだ。



ある日、庭で練習していると、ガレスさんが土で細い柱を作った。


俺の身長より少し高い。


「アルベルト。これを倒してみろ」


「壊せばいいんです?」


「ああ」


手を向け、柱全体を崩そうとする。


「……っ」


魔力を流す。


けれど、思ったより動かない。


「固めてある」


「ずるくないです?」


「敵が柔らかい土で待ってくれると思うか?」


「思いません」


「ならやれ」


もう一度、柱全体を動かそうとする。


少しは崩れる。


でも、かなり魔力を使う。


「きついな」


「どうする?」


「…………」


柱を見る。


全部動かす必要はない。


「下だけじゃ駄目です?」


「やってみろ」


見るのは柱全体ではなく、地面とつながっている根元。


そこだけを意識して、少しずつ崩していく。


わずかに削れる。


もう少し。


柱が傾き始めた。


「あ」


さらに根元を崩すと重心が外れ、そのまま柱が倒れた。


ドサッ、と土煙が上がる。


「できた」


ガレスさんが倒れた柱を見る。


「なるほどな」


「駄目です?」


「いや」


ガレスさんは首を振った。


「正解だ」


「正解?」


「俺は倒せと言った」


「はい」


「壊せとは言ってない」


「…………」


確かに。


「お前は妙なところを見るな」


「そうですか?」


「ああ。普通は柱を見たら、柱そのものをどう壊すか考える」


「でも、倒すだけならこっちの方が楽ですよね」


「ああ」


ガレスさんが少し笑った。


「その考え方は覚えておけ」


「はい」


「ただし、それだけに頼るな」


「はい」


「都合よく弱いところがあるとは限らん。大きく動かす力も、細かく動かす技術も、両方必要だ」


「分かりました」


俺は倒れた柱を見る。


土魔法。


最初に思っていたより、ずっと面白い。


大きな壁を作る。


巨大な石を飛ばす。


地面を大きく変える。


そういう魔法も、たぶん強い。


でも、目的によっては全部を動かす必要なんてない。


必要な場所を見つけて、そこだけを動かす。


それでも、できることはありそうだった。

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