犠牲の証明
『キュキュキュキュー!』
「!?!?」
鳥の叫び声のような大きな音で目が覚める。
一体どうしたというのだ。
いや、僕はこの音を知っている。
緊急招集の音だ。牢の前の看守を見る。
「んなぁにぃ⋯?」
眠そうにして看守は左側に歩いていった。
その様子を最後まで見届ける。
そしてこのすぐ後に⋯。急いで身なりを整える。
その直後に、天井に穴が開く。
「ロル」
「ルドル、意外とすぐに会えたわね」
「ああ、また都合よく召集があって助かった」
さてここからどうするか。
ロルによれば砦の構造は大木だと言っていた。
「外から大木の幹まで行って、
そこから幹伝いに地面に降りられない?」
「ええと、その⋯それをするには、
今日は少し力を使いすぎたわ」
「あ、そ、そっか、無理言って悪い」
「大丈夫よ、今で三割ほど余裕があるから、
多少動く分には問題ないわ」
あれほどの芸当をして
まだ余力があることの方が驚きではある。
折角の好機だ、
魔法の仕組みなどの説明を聞いている暇もない。
今更だが、自分の首に手を添えて脈を数え始める。
「とりあえず、ここを出よう」
「ええ」
ロルの魔法によって格子が捻じ曲げられ、
難なく廊下に出る。
なるべく足音立てずに移動して、
ロルの耳を頼りに前へ進む。
廊下の左側の角までやってきた。
この角を曲がると未知の空間へと繋がる。
真っ先に目に映るのは、長い長い直線の廊下。
次に横に分かれた別の廊下の入口。
砦の構造が大木なら、僕がいた牢は
枝分かれした先の葉でしかないのか。
建物の広さに戦きつつ、ゆっくりと歩を進める。
人の気配はまるでない。
やはり僕以外に捕まっている
人間はいないのだろうか。
横に続く廊下を一つずつ覗くが、
それらしい気配は無い。静かすぎる。
ここ数日牢から出ることはなかった。
牢の中が心の中で安全地帯になっていた。
その安全地帯から、
猶予もなく危険地帯に飛び込み、
その反動か手足が震え始める。
『ギュ』
ふと左手が温かいものに包まれた。ロルの手だ。
彼女の手も少し震えている。
感謝の意で握り返すと、
物理的な結束からか安心感が湧いてきた。
もうすぐ廊下の奥へと到着する。
見える限りでは、
入口と奥に壁のようなものがある。
「足場に気をつけて」
「え?うん」
急な警告で足元を見るが、廊下には何もない。
入り口の奥に何かがあるのか。
入口に到着し奥の景色を覗き込むと、
大きな柱を中心とした螺旋階段になっていた。
おそらくここが砦という木の幹に
当たる部分なのだろう。
「出口のある階って分かる?」
「魔法で直接上に連れてこられたから、
出入り口を通っていないわ、ごめんなさい」
移動手段がほとんど魔法なのか、
高貴なエルフの嗜みというやつだろうか。
「一番下の階に行けば単純に外に繋がってるかな」
「地下もあるらしいからなんとも言えないわ」
「地下もか⋯」
視界の両端にはそれぞれまた
別の廊下の入口が見える。
四方に等間隔で配置されているのなら、
柱を挟んだ奥にももう一つあるはず。
ロルの魔法で脱出しようとした時も、
奇しくも螺旋階段だった。
あの高さ以上に続く階段の長さと、
そこからくる廊下の数、部屋の多さ。
それらをしらみ潰しに出口を探し
砦の構造を覚えるのは、
脈を数えながらだと難しい。
「一旦下れるところまで下って、
そこから出口に繋がる廊下を探さない?」
「それもいいけれど、戻ることを考えたら
危険じゃないかしら」
「うーん、確かに⋯エルフ達が
会議をする場所って知ってる?」
「少なくともルドルがいた牢のある
階より上だと思うわ」
「なるほど⋯下に行きすぎると
看守達が戻るのに気付けなさそうだ」
「そういうこと。だから私としては、
二人で共に上の階から出口を探していきたいわ」
「わかった、そうしよう」
足音を立てずに抜き足差し足忍び足、
されどなるべく早足で動く。
既にわかっていたことだが、
螺旋階段を降りると
この建物の大きさがよく分かる。
階段の曲がりは緩やかであり、
四方にある廊下は先が点になるほど長い。
廊下を突き当りまで歩き出口か
どうか確認してから螺旋階段に戻る。
繰り返すうちに脈の数の桁が上がり、
足の指も多用するようになる。
そして脈を数えながら廊下の数を
数えるのはかなり頭を使う。
何かいい方法はないか。
「私が廊下の数を代わりに数えましょうか?」
「ああ、お願いするよ」
「ええ」
螺旋階段を降り、出口がどこかをつぶさに探す。
「上で何か聞こえる?」
「いいえ、ただもうそろそろ
聞こえなくなる距離かもしれないわ」
「分かった、念を入れて今回はここまでしておこう」
足音を立てずに急いで上に上がる。
久しぶりの運動ですぐに息が上がってくる。
「廊下は⋯いくつあったの?」
「二十五はあったわ」
「わかった、ちなみに脈は今も
数えていて六千五百くらいある」
体感でも前回の緊急招集より
短い時間だとわかる。
念には念を入れておこう。
会議が偶然短く終わるということもある。
安全に越したことはない。
牢に戻っても脈を数えて、
もし時間がかなり余れば
次の召集でそのまま脱出できる。
「⋯まずいわね」
「どうして?」
「足音が上からするの⋯それもかなりの数」
確かにそれはかなりまずい。
会議が緊急で終わったのか?。
「ど、どれくらい上で聞こえる?」
「まだ遠いけれど、下に近づいてきているわ」
大勢の人間が下に来ている⋯?
まあかなり上の階に会議室があればそうなるか。
「ロルはバレずに戻れそう?」
「ルドルは大丈夫だと思うけれど、
私は少し間に合わないかも⋯」
ロルには先に行って欲しい気持ちもあるが、
そうなると牢の格子を直す人がいない。
「何とかしてルドルの牢から
私の部屋に戻ってみるわ」
「頼む」
廊下の数的にもうすぐ僕の牢に着くはず。
上に上がるほどに、人な気配が増してくる。
「し⋯は⋯」
話し声も聞こえてきた。
自分の耳で分かるほどに足音も聞こえ始める。
ようやく牢がある廊下にたどり着いた。
目の端で看守が見えたかもしれない。
なるべく足音を立てず、
というのが建前になるほど力を入れて歩く。
先程通った道程を逆走し、
突き当たりを右に曲がる。
手前の牢を通り過ぎ格子が
歪んでいる僕の牢にたどり着く。
ロルと一緒に中に入り、魔法で格子が元に戻る。
僕が言葉を発する前に肩を掴まれる。
「今から魔法で急いで部屋に戻るけれど、
もうフヨウがいるかもしれない」
「う、うん」
「言いつけを破って部屋を出ているから、
今後付きっきりで監視されるかもしれないの」
だんだん外の廊下から足音が聞こえ始める。
「しばらくはルドルを助けられないわ。
脱出できそうな時は一人でも脱出して」
「そんな」
聞きたいことや話したいことも
まだまだ沢山あったのに。
ロルは天井に魔法で穴を開け、
こちらを一瞥する。
その顔は悲しい表情をしていた。
すぐさま天井の穴は閉じられ、
そこに何も無かったようになる。
直後、看守が牢の前に到達する。
自然と膝から崩れ落ちた。
「ん?何してるの?」
看守がもう持ち場に戻っているんだ、
フヨウはもうとっくに戻っているだろう。
「ーーーーー!」
どこか遠くから怒鳴り声が聞こえる。
何を言っているのかは分からない。
怒鳴っているエルフと、
怒鳴られているエルフには心当たりしかない。
「コワー⋯」
大のエルフが怖がっているのだ、
ロルの恐怖は僕では計り知れない。
元から揺らぐことはなかったが、
さらに決意が固まった。ロルとともに脱出する。




