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エルフの森からの脱出  作者: 甘頃


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7/11

日を拝む




『じゅわ』


そしてやっと、歯に水が伝わる感触を得られる。

噛み跡を見ると水が滴っている。

すぐに口をつけ吸い出すと、

徐々にだが喉が潤されていく。

絞るとより水が出る。

奥の枝はより水が出るのではないかと

かき分けると、もはや水滴が枝を伝っている。

いや、いくら水分を含んでいても

枝の外側を水滴が伝わることはないだろう。

奥の枝の束に耳を当てる。

幻聴だと思っていた水音が大きくなっている。

そして、水滴が高速で大量に

打ち付けられるような音が加わっている。

雨だ。外で降っている雨が牢全体の植物を潤し、

柔らかくしていたのだ。

爪を用いても多少皮が剥げる程度には、

元より柔らかくなっているようだ。


『ジョボボボ』


背後から突然大量の水が降り注ぐ音が聞こえる。

反射的に唾を飲み込んでしまう。

振り返ると、小用をした穴に天井から

水が降り注いでいる。

降雨が飲料水とトイレの洗浄を兼ねているのか。

手で降り注ぐ水を掬い、飲む。

真に欲していた大量の水が喉を通る。

程よく冷たく熱い体を芯から冷ましてくれる。

じんわりと喉や体全体に

温度が行き渡る感覚がし、

一杯もう一杯と水を掬って飲む。

両手足の指よりも多く掬ったところで、

満足して手を床に置く。

天井の一点に雨水を送る機構、

果たしてどのようなものなのだろうか。

渇きが満たされると、

思い出したかのように

先程自分が齧っていた壁を見る。


「?」


齧ったはずの壁が何事も無かったかのように

元に戻っている。


「フン」


鼻を空気が勢いよく通り抜ける、

誰かが鼻で笑った音が聞こえた。

格子の前の看守がこちらを見ながら

ほくそ笑んでいる。

そしてすぐに元に向き直った。

あいつの仕業か?。まあ壁を傷つけている

という所業に何もしないわけないと思うが。

今までエルフが魔法を扱うところを見てきたが、

今の看守の位置だと遠い気もする。

遠距離でも魔法を行使できるという話

かもしれないが。

看守の視線を背中で守り、

近くの壁の枝を爪で削り皮を

破って芯を露出させた。

しばらく爪痕を見つめると、

傷を受けた枝全体が淡く光った。

そして枝が動き始め、爪痕が牢から

逃げるように壁の向こうへ消えていった。

新しく同じ太さの枝が同じ場所に宛てがわれ、

何事も無かったように元通りになる。

看守の方を見るが、魔法を

行使している様子はない。これで確定した。

おそらくはこの牢か建物全体に、

自動で損壊を修復する魔法がかかっている。

にわかにロルが連絡に用意した枝が

心配になったが、特に変化はなかった。

形状の変化か魔法による干渉には

修復機能は反応しないのかもしれない。

同じ場所に同じように傷をつけ、

今度は首に手を当てながら観察する。

一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、

十一、十二、十三、十四、十五。

大体脈を十五回打ったところで、

枝は元通りになった。

枝を傷つけ続けても、

傷つける速度を上回る回復で元に戻った。

そのつもりは元よりなかったが、

牢から穴を開けての脱出はほぼ不可能となった。

本格的にロルの魔法を頼っての脱出となるだろう。

時間を確保しての合流が望ましい。

じっくりと確実な機を待つ必要がある。

エルフの法手続きの遅さがここで役立つとは。

ロルと合流するのに望ましい条件は主に二つある。

十分な時間が確保されていることと、

朝であること。

ひたすらにその条件が満たされるのを待つ。

そして看守の動向を観察する。

看守にこちらの動きを悟らせないため、

かつ寝ないようにただ寝転ぶ。

長い間隔をおいて寝て、

腹がなれば野菜を出される。

幸い腹は壊していない。

飯は多くて日に三回、普段は二回、

少ないと一回しか出されない。

エルフには人間の食事の間隔が

分からないのだろう。

おそらく数日が経ち、分かったことがある。

看守は交代しても一人だということ。

交代の周期はおよそ二日と一日で回しており、

一日の時に愛想の悪いエルフが来る。

二日の時は二人体制の時の髪の短い

エルフが来ており、暇そうにしている。

相方のお固そうなエルフは

どこかへ行ってしまったようだ。

飯を持ってくる時間は二人とも

そこまで変わらず、

髪の短いエルフがやや遅い。

だが髪の短いなエルフが持ってくる飯は、

無愛想なエルフよりましなものが多い。

雨は定期的に降り、牢の壁や床は雨の時に

修復の速度も上がるということ。

雨は五日のうちに一回か二回は降るようで、

その度に水を補給できる。

壁や床は雨の日に枝がゆっくりと

動いて根元から新しいものになっている。

ロルが作ってくれた連絡用の枝が

移動していることで、初めて気がついた現象だ。

枝が新しく入る端の方で作ってくれていたので、

すぐには消えないが時間の問題だ。

看守が一人になることを待つ必要はないので、

あとは時間と天候を待つ。

髪の短いエルフが看守をする時間帯で、

雨が降っていない朝。

待ち望んだその日が、今やっときた。

おしゃべりなエルフが欠伸をしている。


『グゥー』

「はいはい」


面倒くさそうな顔をして看守は

いつもの方向へと消えていった。

そのタイミングで、部屋の半ばまで

差し掛かった細い枝を⋯。

どうすればいいんだ?。

引っ張ればいいのか?引きちぎればいいのか?

下手に弄らなかったから分からない。

取り敢えず引っ張ってみる。

すぐには反応はない。時間はないから色々試すか。

指先で撫でてみたり、

根元をつまんで枝の先まで

優しく引っ張ってみたり。


「は、早かったじゃない」


後ろから聞きたかった声。

振り返るとロルが出会った時のような

佇まいでそこにいた。


「いえ、遅かったと言うべきかしら?」


エルフの感覚では一日二日経った程度の期間を、

こちらに寄り添ってくれるようだ。


「どちらでも構わないよ」

「それはよかった、あとその枝は引っ張るだけで

いいの、感覚で少し繋がってるから」

「あ、ああごめん」


手を離すと、ロルが枝を最初の位置に

魔法で戻してくれた。


「さて、何をすればいいのかしら?」

「悪いけど、今回で脱出するのは

難しいかもしれない」

「あらそうなの?」

「ああ、時間の猶予はおそらく、

前にこの牢の床に穴を開けた時と同じくらい」


そう思うとかなり猶予が短いように感じる。

中断も視野に入れなければならない。


「ロルにやってほしいのは、魔法で上へ運ぶこと」

「上へ?一体どういう作戦なの?」

「朝日を見るんだ、そしたら方角がわかるから、

あとは脱出するだけでよくなる」

「なるほど、なら早速行きましょうか」

「あと、歩かずに上にいけるようにできないかな?

時間を脈で計ってるんだ」

「やってみるわ」


ロルの右手が淡く光り、下から上へ仰ぐように

動かした瞬間、牢の天井に穴が空いた。

上から蔦が降りてきて、四肢を緩く縛りながら

上へ引っ張っていく。

牢の天井の裏はすぐに外になっており、

前に見た光景と同じものが広がっていた。


「今更だけど、この砦の構造って

どうなってるんだ?」

「大木を模して作ってるのよ。

あなたの牢は枝の一つってところね。

朝日を見るんだったら、

この砦の頂上に付いている枝葉を

突き抜ける必要があるわ」


砦は枝が密集して形成されていたが、

それ自体が大きな木でもあるのか。

吊るされながら暗闇の中を上昇すると、

少し動悸が早くなってくる。

雨を一点に集める天井の機構を見たかったが、

下はすぐに闇となった。

やがてロルが言っていた枝葉に到達する。

そして周りが闇に包まれた。

細かい枝や葉が体を擦る。

多少の痛みに悶えている暇はない。

徐々に木漏れ日のような光が辺りに満ち始め、

青々とした緑が透けてくる。


『ガサッ』


頭が一際厚い葉の層を通り抜けると、

瞼の色が透けるほどの光に顔が照らされる。


「おわ⋯」


久しぶりの自然光が顔に焼きつき、

まだ目を開けられずにいる。かなり眩しい。

徐々に目を開け光に慣らすと、

そこには雲一つない朝日があった。

かつてありふれていた、

今では最も見たかった朝日だ。あの方角が東か。

牢の格子とは真逆の方向。

覚えやすくて助かった。

感慨にふけっていると、

視界の端でロルが硬直しているのが見える。

顔を覗くと、目を見開いて朝日を見ていた。

急いで手で顔を覆う。


「あ」

「そんなに凝視していいもんじゃないよ」

「そ、そうなのね⋯確かに目が痛くなってきたわ⋯

それに涙も」

「そんなに珍しいものでもないでしょ」

「太陽はね⋯朝日を見たのは初めてよ」

「本当に?」


エルフの建築物は、

あの砦周辺みたくずっと薄暗いのか?。


「目に焼き付けておこうと思ったら、つい」

「⋯脱出したら、珍しいものでもなくなるよ」

「ええ、確かにそうね!気分的には

今すぐ脱出したいところだけど、

すぐには無理よね」

「うん、しばらくは我慢して欲しい、

少なくともあと一回は調査したいことがある」


少なくとも前回の時点では、

牢から直接脱出することは不可能だった。

素早く、安全に地面に到達できるルートを

探る必要がある。


「手伝えることはあるかしら?」

「降りながら話をしよう」


脈は今六百八十二⋯六百八十三。

時間ギリギリで終わることになるだろう。

また四肢が蔦に巻き付かれ、

今度は降下していく。

また陽の光とはおさらばだ。


「ロルにしてほしいことは、砦の構造と人員の数、

そして看守の規則的な行動の把握」

「なるほど、とりあえずは情報収集ということね」

「そういうこと」

「ただ最近は、フヨウが付きっきりで

警護しているから役に立てないかもしれないわ」

「今は大丈夫なの?」

「トイレの壁に穴を開けて来たわ。

あなたと同じで時間の問題ね」


個室でトイレができるのは羨ましい限りだ。

そろそろ牢が見えてくる。


「悪いけれど、

こんな時にしか役に立てないと思うわ」

「いや問題ないよ、

ロルがいなかったら何もできてなかったし」


天井が見える範囲まで来たので、

雨を一点に集める機構を確かめる。

だが見たところ、

天井の裏には細工のようなものは

見受けられなかった。

牢の天井の穴をくぐり抜け、牢に到着する。

看守はまだ来ていない。

ロルは未だ天井の穴から牢を覗き込んでいた。

入る気が無さそうに見える。


「悪いけれど、今回は早々に戻らせてもらうわ」

「うん、わかった」




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