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エルフの森からの脱出  作者: 甘頃


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6/11

人間の窮状




ロルは地面の枝に手から出る光を当て、

一本の細い蔓を横たわらせた。


「もし話ができると思ったら、

これを引っ張ってちょうだい」


そう言ってロルはまた魔法で天井に穴を開け、

天井から垂れてきた蔦を掴んだ。

そして滑らかに上へと登り、

足が見えなくなったところで穴は閉じた。

穴が塞がったのに、

こちらの気分は穴が空いたようだった。

やがて二人分の足音が牢をこだまし、

素早く寝たふりをする。


「───────様が、まさかねぇー」


「しっ、そろそろ虜囚に聞かれるよ」

足音が牢の前まで来て止まる。


「⋯なーんだ、寝てるじゃん、でさー」

「ちょっと、寝てたってできる会話じゃないわ」

「ちぇー」


惜しいところまで話してくれたが、

そこから会話をやめてしまった。

もうちょっと口が軽くても咎められないと

個人的には思うのだが。

またもや牢の周りが静寂に支配される。

時が止まっているようだ。

そういえば牢のトイレはただの穴だったが

外界に繋がっているようには見えなかった。

砦のどこかの施設に繋がっているのか?。

まあ直接潜り込むのは遠慮したいが。

ロルに会うタイミングとしては、

やはり先程の緊急招集が狙い目だろう。

看守が格子の前からいなくなる

タイミングはあるだろうか。

交代のタイミングがあるとしても

一人以上は確実に格子の前に残るだろう。

もし看守が一人の時に、僕の食事の時間が

来たとしたら、看守がいなくなるかも。

方角を調べる方法は、

朝日を拝むのが一番確実だろうか。

砦のどこかにあるかもしれない地図と

方位磁針を探す方法もあるが、確実ではない。

陽の射さないこの牢で、

昼夜のタイミングを図る術はほぼないだろう。

エルフに捕まったのは朝だったが、

それからどれくらい経ったのか見当もつかない。

看守の増減を見届けていたいが、

体内時計の調子を悪くしたくない。

ちょうど朝に起きれるかが鍵だ。

しかしどうしたものか、眠気がやってきた。

今が夜だったらいいのだが、

疲れて眠くなってきているのならまずい。

看守に今が夜か聞けたらいいのだが、

それよりも大事な設定がある。

考えることが本当に多くて、

困った⋯もの⋯だ⋯⋯⋯。




「⋯はっ!」


気を失うように寝てしまっていた。

今は朝だろうか。目覚めはスッキリとしている。

起きた瞬間に身動ぎしてしまったが、

看守には気づかれただろうか。

ゆっくりと体を傾け、牢の格子方へ目をやる。

看守はこちらに気づいていないようだ。

よく見ると、看守が一人だけになっており、

背丈が以前の二人とも違っていた。

僕が寝ている間に交代したのだろうか。

そして今も交代の最中か。

目覚めはかなりすっきりとしているが、

今が朝という保証はない。

仮眠をとったのだとしたら、

夜になった時に正しく寝られるだろうか。

今までの人生の中で一番、

自分の睡眠に対して関心が高いかもしれない。


『グゥ〜』


腹の虫も目覚めたようだ。

エルフの食い物しか食べていないから、

余計に空腹だ。

目の端で看守がこちらを一瞥したのを目撃する。

そして何か考える素振りをし始めた。

交代中に飯を取りに行くかどうか

悩んでいるのだろうか。

もし取りに行くのだとしたら、

行ってから帰ってくるまでの時間を数えよう。

確か一日は二十四時間で、一時間は六十分で、

一分は六十秒だから⋯。

一秒ってどれくらいの長さだ?。

村には時計がないから、感覚的な記憶もない。

今この場で、おおよそ確実に時間を測れる何か。

格子の外には無い。

牢の中にもやはり存在しない。

看守が歩き始めた。何かないか。

おおよそ一定のリズムを刻む何か。

頭にそれが浮かんだ瞬間、

自然と首に手を当てた。

心臓の拍動でとそれに伴う脈の動き。

確かにおおよそ一定のリズムを刻む。

寝る前にロルと抱き合った記憶が、

脳裏に焼き付いていたおかげか。

想像して鼓動が早くなってしまう。

深呼吸をし、鼓動を元のリズムに戻す。

看守が格子の隙間から

見えなくなるタイミングで、

鼓動を数え始めることができた。

一⋯二⋯



千二十八⋯千二十九⋯千三十⋯

千三十一⋯千三十二⋯千三十三⋯。

格子の外の、よく看守達が出入りする

方向から足音が聞こえてくる。

そろそろいいだろう。だいたい千三十くらいか。

次同じタイミングが来たら、

この時間を参考にしてロルを呼ぼう。

足音がだんだんと大きくなり、

格子の隙間から先程いた看守が

戻ってくるのが見える。

看守は何も言わず皿を差し出した。

皿の中身は以前と同じに見える。

フヨウとかいうエルフよりも

愛想が悪いんじゃないか。

顔もよく見えない看守の愚痴を思いながら、

以前も最初に口につけた実を食べる。


『ムチュ』

「うっ」


噛んだ瞬間、以前食べた時とは

全く違う味と食感が襲ってきた。

腐っているのか熟れているのか分からないが、

とにかく独特の弾力が生まれている。

そして味は酸味から苦味と

辛味を交互に繰り返す謎の味になっている。

エルフ的にもこれはまずい味であって欲しい。

舌の危険信号を顧みず飲み込む。

牢の中の灯りに皿を近づけると、

虫食いや傷んでいる箇所がはっきりと分かった。

とにかく、食い物の質が前回とは

格段に落ちている。何が原因だ?。

単純に新しい看守の料理が下手なのか?。

家庭的な雰囲気ではないし。

いやあるものを皿に盛って

持ってくるだけなのだから、

料理する要素など無い。

単純にすごく人間が嫌いなのか?。

人間とエルフの確執は深い、ありうる話だ。

とにかく、食べないことには栄養にならない。

いや食べると体調不良になるかも?。

食べてよさそうな虫に食われていない部分とか、

腐っていない箇所に手をつける。

なるべく厳選した結果でも、

皿の半分を満たすほどしか可食部位がなかった。

これ以上は食べる気が起きないので、

皿を格子の前に置く。

看守が皿に気づき格子の前に立った。

だが皿には触らず、魔法で格子を広げ始めた。

格子の間隔が人一人分になると、

看守は牢の中に入り僕を一瞥した。

初めて顔を見た。

やや金髪の色味が薄く体型は今まで見た

エルフと人間の中間といった具合。

看守は皿の中の野菜を手に取り、

それを右手に収めて丸め始める。

エルフ流の野菜の片付け方か?

というのは流石に呑気な考え方のようだった。


「いっ!」


看守に体を押され背中から

地面に叩きつけられる。

看守は右手を振りかぶっている。


「ふぐっ!?」


看守が手の中に収めた野菜を、

僕の口の中に突っ込んできた。

圧縮された野菜が口の中で解き放たれ、

複雑な香りが口腔内に充満する。

反射的に吐きそうになったが、

手で口と鼻を抑えられて

呼吸すらできない状況になる。

必死に抵抗するが、両手を使っても

看守の右手はびくともしない。

看守の意図が正確に理解できない。

僕に残り物を食べさせようと

しているのはわかる。

でも何故そんなことを?だんだんと

意識が遠くなっていくのを感じる。

口の中の物がどうなってるのか

想像もつかないまま、

ただ無心に咀嚼し飲み込んだ。

飲み込んでしばらくしても手を離してくれず、

意識が飛びかけたところで手が離れた。


「ぶはっ⋯ハァッ⋯ゲホ⋯」


口の中に最悪の臭いがまだ残っている。

なんでこんな目に遭わなければいけないのか。

看守は何も言わず、皿を持って魔法で

格子を元の形に戻しどこかへ行った。

皿を戻すだけなら、先程脈で測った時間は

参考にならないな。

数え直すにしても、一連の行動で

脈が乱れていて数えられない。

それに動いただけで吐きそうだ。

村でもなんでも残さず食べるよう

言いつけられたが、傷んだものは流石に別だった。

やはりエルフ的にはまだ

食べられるという判定だったのだろうか。

本で読んだ情報と実際の情報を

擦り合わせる必要がまだまだありそうだ。

看守はやはりすぐに戻ってきて、

持ち場に着いた。にしても交代の看守が遅いな。

待てよ、交代があるということは、

今まさに休憩をしているエルフがいるということ。

休憩をしているエルフが次の看守として

交代を伝えに来るのが当たり前だ。

となると、二人のエルフが一人の

エルフと交代したということになる。

大人しくしていると思われて、

警戒が緩んでいるのか?。

かなり楽観的な憶測だが。

他の大概のエルフが寝ている時間という可能性。

なら一人であることに納得がいく。

損な役回りにイライラして、

粗末な食事を捩じ込まれたのにも

多少理解が及ぶ。

もしエルフ達が寝ているのなら、

ロルは呼ぼうとしても

呼べなかったかもしれない。

皆が寝ているなら今が夜だと

単純に考えられるが、エルフの睡眠だ。

時間の尺度が違うというのは、

時間にルーズなのと、

本当に尺度が違う場合がある。

前者なら夜だと言えるが、

後者ならばより状況は複雑になる。

単純に時間の間隔が倍々になっているのなら、

一体何倍なのかということだ。

三倍なら、エルフは人間でいう

丸一日寝ていることになる。

もしかするとかなりの時間を

この看守と共に過ごすかもしれない。

今から気が滅入る。

適当に寝て過ごすこともできないし、

看守が離れるまで暇でしかない。

⋯喉が乾いてきた。

そういえば野菜は貰えているが、

水は未だ貰えていない。

今更それに気がつくと、急に喉が乾いてきた。

だがどうやって看守にそれを伝えよう。

引き継ぎで言葉が通じないというのは

伝わっているはず。

だとしたら身振り手振りか。

だがあの看守に下手な行動を起こしたら

何されるか分からない。

しばらくは我慢するしかないのか。

気を紛らわす為に牢の中を観察しよう。

ロルの魔法で開いた天井と床は、

綺麗に塞がっている。元と見分けがつかない。

他のエルフも同じ芸当ができるのだろうか。

人間にもできるだろうか。

喉の乾きでだんだん思考も鈍ってくる。

唾を飲むが気休めにしかならない。

だんだん体が熱くなってきて、

体を起こすのもだるくなる。

壁にもたれかかると、

その冷たさが伝わってくる。

心地よいので顔を壁に押し付ける。

何か、水の流れのような音が聞こえてくる。

とうとう幻聴まで聞こえ始めたか。

いや、木には少なからず水が

通っていると聞いたことがある。

これだけ木が密集していると

聞こえてくるのだろう。

⋯毟れば水が出てくるだろうか。

ロルはエルフが何度も

人間を捕らえてきたと言った。

なのに水が出ないのは、この牢だけで

水分が補給できるような仕組みだから。

少しだけ、いやかなり希望が湧いてきた。

今すぐ壁の植物を毟ろう。

毟のに適した道具は持ち合わせていない。

麻の服は役に立ちそうにない。

期待できるのはこの五体、

爪や歯などの植物に

負けないであろう硬度の部位。

無難に歯で枝の束に傷をつける。

一噛みで皮は剥けたが、

芯までは到達していない。

一つ、また一つと傷を深くし、

やがて湿った感触が訪れる。ついにきたか。

噛み跡を目視するが、

水は目立って滲み出てはいない。

口をつけて吸い込んでみる。

唇は若干湿るが、喉を潤す雫程の水には

遠く及ばない。更に奥の枝に目をつける。

空気に触れている枝は比較的乾燥しているが、

奥の枝はやや潤っている。

齧ると先程の枝とは

明らかに違う柔らかさがあり、

楽に芯まで噛み進められる。


『じゅわ』




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