意気投合
「⋯分かったよ」
「やった!」
見た目の年相応に喜んでいる。
果たして誰にもバレずに会話を終えられるか。
「それで本題に戻るけど、
あなたここから抜け出そうとしてるわね?」
「⋯さあね」
多少会話して警戒が綻んでしまってせいか、
あからさまな反応をしてしまった。
「僕は罪を犯したんだ。刑を全うするつもりだよ」
「何十年かかるか分からないわよ?」
「え?」
「エルフは人間とは違う時間の尺度で
動いているから、色々と手続きが遅いのよ」
そこは盲点だった。しかし好都合、
脱出の猶予時間は長いに越したことはない。
「他種族の犯罪者は最後には皆脱出を
企てるらしいから、あなたもそうなのかと」
「いやー⋯」
「私なら脱出に協力出来るわよ」
「⋯」
植物でできた牢と、植物を操る魔法が使えるロル。
願ってもない話ではある。
「でも私たちは対等な関係だから、
協力には見返りを求めるわよ?」
その文言で一気に協力してもらう気が失せた。
「ちなみにどういう見返り?」
「あなたがこの森から抜け出す時、
私も連れて行って欲しいの」
協力を要請する気が塵芥程から皆無に変わった。
「僕をお尋ね者にしたいの?」
「もうお尋ね者じゃない」
「うぐ⋯」
何も言い返すことができない。
せいぜいもう捕まった身だと訂正するくらいだ。
「脱出したあとの平穏の具合が⋯」
「そもそも脱出できないと意味ないでしょ」
分かってて言ったのだ。
それくらい今の状況は詰んでいる。
まてよ、ロルが必要なのは精々この牢を脱出し、
人間の国に帰るまでの間。
帰る直前に気絶させるなりしておけば、
まだ罪が軽く済むはず。
いや、ロルが激怒して国を総出で
探しに来るかもしれない。
「早く答えなさいよ」
一人で脱出できると啖呵を切っても、
脱出できなければ意味がない。
最大限努力するフリをして
ロルを置いていくことができれば⋯。
「⋯分かった、脱出に協力して欲しい」
「懸命な判断ね、それじゃあ早速⋯」
牢の床が全体的に淡く光り始める。
そして中央の枝から徐々に動き始めた。
牢に巨大な穴が開き
枝は螺旋状の階段となっていく。
そういえばここは何階なんだ?。
穴を覗くと薄暗く、
下の階はおろか地面があるかも分からなかった。
それほどに高い。
「あ」
ロルは何も言わず当たり前のように
階段を降りていった。こちらも急いで降りる。
久々に感じる空気の流れから、
ここが外であるということはわかる。
だが幾重にも重なった葉の木漏れ日しか
届かないからか、周囲はほとんど見えない。
トイレがあった場所には管が垂れており、
空中で途切れている。
夜なら納得できるが、
眠気が微塵もないので日は落ちていないだろう。
しばらくお互い何も言わず、
ただ階段を降りる時間が続く。
本当にこのまま脱出できるのか?
あまりにもスムーズすぎる。
これならロル一人でも、
いつでも脱出出来るはず。僕の必要性はなんだ?。
人間の国にもエルフはいるにはいるので、
入国するのにそこまで障害はない。
もし二人が捕まっても、
誘拐されたという体なら
ロルは咎められないから?。
もしかすると、
捕まるまでがロルの目的だとしたら?。
考えるほど、数段下で歩いている少女が、
恐ろしく思えてきた。
「あら」
「!」
ロルの足が急に止まった。
まさか心を読む魔法でも使ったのか?。
「これ以上は伸びないみたいね、
思ったよりもかなり短かったわ」
ロルの足先を見ると、
枝の階段が空中で途切れていた。
植物を操る魔法も、
長さに制限があるということか。
それでもかなり長いとは思うが。
「引き返しましょう」
「あ、うん」
割とすんなり諦めたな。
まてよ、今牢に帰ったらどうなる?。
脱出していることがバレていたら、
その場で処刑されかねない。
やはりロルは犯罪に巻き込まれた後に
保護されるという目的がある?。
だがしかし何を考えても、
足場短くなっていくだけなので、
ロルの行先に従う他ない。
「ちょっと、登るのが遅いわよ」
「ああ、ごめん」
足を止めて駄々を捏ねたいものだが、
そうしたって何も変わらない。
「失礼」
「!」
ロルが急に階段を駆け上がってきて、
腰を抱えられた。そして反対に座らされる。
「ちょっ⋯おお⋯」
階段がそのまま椅子となり、
自動で上へと登っていく。これはかなり楽だ。
だが牢へ近づく速度が上がり、
気は休まらないままだ。どう言い訳を考えよう。
ロル以外のエルフには
僕が意思疎通できないという設定が生きている。
ロルの都合のいいように言われる可能性がある、
発言力が強そうだし。
「何を深刻そうな顔をしてるのよ」
となりに座っているロルが言う。
そういえば隣に座っていたな。
「ちょっと、作戦を考えてたんだ」
「ふーん、教えてみなさい」
根掘り葉掘り聞いてくるのは面倒くさいな。
教えられるような作戦も考えてないし。
「ロルの魔法で素直に脱出できない以上、
どうやって脱出しようかなって」
「なにかいい案はあるかしら」
「まだ何も」
ロルも何か考えてくれているのだろうか。
何を考えているかは分からないが。
「そういえば、看守たちが
緊張してるみたいだったけど、
何か事件とかあるのかな」
「さぁ⋯何も聞かされてないわ、
私がいるからじゃないかしら」
そう言った横顔はどこか寂しそうだった。
その寂しさが対等な立場を求めたのか。
そういう風に単純に考えられたら、
どれほどよかっただろうか。
もうすぐ牢の中へ入る。
弓を構えられていないことを祈ろう。
以外にも、牢から見える景色は
脱出しようとした時と、
ほとんど変わっていなかった。
「エルフは会議が長いのよ、
私がそう感じるんだから、
人間だとかなり長そうね」
ロルもある程度の脱出の算段と
勝算があったわけか。方便かもしれないが。
こちらからもロルの脱出計画を聞いてみよう。
「どういう風に脱出するつもりだったんだ?」
「私の魔法で植物を地面まで伸ばして、
そこから東に向かうつもりだったわ」
たしかにエルフの森は人間の国から見て
西に位置する。東に行けば間違いないだろう。
「東って、どの方角がわかってるのか?」
「え?それは⋯」
ロルは真横を指さして、
ぐるぐると回り始めた。もしかして。
「どの方向が東か知らないのか?」
「失礼ね!東くらいわかるわよ、右でしょ右!」
方角がどういうものかも
分からなさそうな発言が飛び出してきた。
「わかった、とりあえず当面は別の脱出方法と、
方角がわかるものを探そう」
「じゃあ今すぐ⋯」
「まあまあ、焦ってバレたら元も子もない。
今回はここまでにしよう」
ロルは不貞腐れながらも、黙って頷いてくれた。
「会議が終わるまでお話しましょ」
「ああ、いいよ」
暇が苦しいのはこちらも同じだ。
エルフとは体感の長さが違うかもしれないが。
「あなた、人間にしてはものがわかるみたいね、
誰かに習ったの?」
方角の概念も分からないやつに、
ものがわかると上から言われるのは癪だ。
「⋯家に本があったんだ。それを読んで
勉強しないとつまらない人生になりそうだった」
「そう⋯本が読めるのは羨ましいわね」
ロルがまた寂しそうな表情をする。
その顔を見ると、何故か胸が痛くなる。
「見たところいい所の出に見えるけど、
本が読めないのか?」
「禁止されてるのよ、親の教育方針で⋯。
少し話が長くなるけどいい?」
「ああいいよ」
話させて気分が晴れてくれればいいのだが。
もうあの顔は見たくない。
「私には兄がいてね、
兄は勉強が嫌いだったのだけど、
父の教育方針で学術院に入学させたの。
反対に私は母の教育方針で、
勉強はさせずエルフ本来の自然と調和を⋯
なんとかかんとかって言って、
私を知識から遠ざけたの」
学術院。聞いたことがある、
国境を超えた教育と研究の中枢だと。
そして母親の教育方針が全く
響いていないことが聞いて取れる。
「私が三日前に図書館に入ったのが見つかって、
本の無いこの砦に謹慎を命じられたわ。
私は知識を得るのが好きなのに、
教育方針というだけで、
その道は永遠に閉ざされたの」
頭の中で言語化出来ていなかった違和感に、
今なら合点がいく。
ロルの話し方には知性がある。
地頭の良さだけで言えば、
僕より良いのかもしれない。
しかし臀部の位置や東の概念を勘違いする、
悲しい知識の欠如が彼女を苛んだ。
おそらく、フヨウの態度のように間違った
知識を修正するエルフもいないのだろう。
その知性と知識の矛盾が、
今まで会話してきた中での
違和感の正体だったのだ。
「そうか⋯」
僕は確かに本を読めてはいる。
だがそれは作業の合間でしか読めない。
もしその時間が禁止され、
世界が本によって拓かれなかったとしたら。
想像するのも嫌になるほどの絶望だと、
僕は感じる。ロルにとってはどうだろうか。
「脱出する原因は、それか?」
「⋯そうね、私はもっと広い世界を見てみたいわ。
一生薄暗い森の中で過ごすのは嫌よ」
僕の短い人生でも、
薄暗い森の中で一生を過ごすのは嫌だ。
「正直に言うよ⋯僕は今、
ロルに共感して、同情してる」
なんだかちょっとした告白のようで、
体がむず痒くなってくる。
「だから、できる限り脱出に協力するよ。
ただ、失敗した時のことも考えておいてくれ」
「失敗した時⋯ルドルの罪を
軽くするよう呼びかけることかしら」
「まあ出来れば、無罪放免がありがたい。
あとはロルが待遇の改善を求めることかな」
「今まで何を言っても聞いてくれなかったのに、
今更改善してくれるかしら」
「娘が脱出を企てたとなれば、
流石に娘を失うことと教育方針がぶれること、
どちらが一番嫌か考えざるを得ない。
となると、例え失敗しても
何かしら成果は出るでしょ」
先程まで裏切りに警戒していた人物の
肩を持つ発言をする、不思議な気分だ。
「⋯」
ロルは苦虫を噛み潰したような顔をする。
見たくない顔がまた増えたが、もしかして。
「あなたには謝らなければいけないことがあるわ」
「⋯そっか」
「私の考えていた脱出は、
言うなれば失敗する前提だったの。
人間の貴方と協力して人間の国に
逃げようとするほど、
娘が追い詰められていたと
知って欲しかっただけだったの。
貴方を脅していたことにすれば、
貴方の罪が重くらないと思って」
正直聞きたくなかったが、
受け入れなければならないという気持ちが勝った。
「何となく、わかってたさ。
脱出するのにやる気や緊張感がなかったから」
「そうでしょうね⋯私を軽蔑するかしら?」
ロルが二度と見たくないと思った
あの悲しい顔を繰り返す。
「軽蔑する権利は僕にはないよ。
なんたって僕もロルを
利用しようとしてたんだから」
「あらそうなの?まあ確かにあなたは
魔法が使えないし、
そうするしかないでしょうね」
ロルが急に元気になってきた。
対等な立場が好きなやつだ。
「これからどうする?
僕はもちろん脱出したいけど、
それだとロルが⋯」
「私も一緒に脱出するわ」
「え?そこまでするつもりはないんじゃ⋯」
「ついさっき気が変わったのよ。
ルドルとなら色んな知識が得られそうだもの」
「へ、へーそう」
嬉しい気持ちはあるが、
果たして僕を脅すという体が
どこまで通用するのやら。
『ぎゅっ』
ロルが急に目の前から消えた。
目の端に映るのは彼女の金髪と肩の先端だけだ。
体の前面が新たに触れたのは、
空気でも木でもなく、ロルの体。
冷ややかに感じるのは、
エルフの体温が低いのか、
自分の体温が高まっているのか。
「ふふ、エルフより少し温かいわね、
鼓動も早い、こんな違いがあるのね」
「そうみたいだ⋯」
僕自身も、自分の鼓動が
早くなっているのをひしひしと感じる。
できれば、ロルの長い人生の中で
真実を知ることがないように願いたい。
少なくとも、僕の口から伝えるまでは。
ロルの背中に手を回し抱きしめ返す。
「んふ⋯心強い味方ができたみたいだわ」
確かに、村の外で確かな親交を持った存在は、
生まれて初めてかもしれない。
もしかすると、腹を割って話し合ったのも
これが最初かもしれない。
そう考えると、体温だけでなく
心の底から温かくなっていく気がする。
「話してくれてありがとう」
「こちらこそ聞いてくれて感謝するわ」
名残惜しくも密着した体は離れていく。
時間は有限だ、仕方ない。
「⋯どうしたの?」
ロルがおそらく不思議そうな
顔をしてこちらを見る。
おそらくというのは、
僕がロルの顔を見れないでいるからだ。
元々長時間目を
合わせることができなかったのに、
今は顔さえ見れない。
「なんでもない、ちょっとその⋯あれなだけ。
で、何の話だっけ⋯」
何とか誤魔化すために
適当に話を持ってこなくては。
「そうそう、これからの脱出の方法なんだけど、
まず隙を見て⋯」
「シッ」
ロルが親指を僕の口に当ててきた。
これがエルフ流の人を黙らせる方法なのだろうか。
と言われても、
僕の耳には誰のなんの音も聞こえない。
「み、耳がいいんだね」
「魔法で少し聞こえやすくしてるの、
魔法なしでも人間より耳はいいと思うわ」
ロルがそういい終わった時、
遠くの方から足音が聞こえてきた。
「そろそろ時間ね」
「ああ、次はどういう風に集まろうか」
ロルは地面の枝に手から出る光を当て、
一本の細い蔓を横たわらせた。
「もし話ができると思ったら、
これを引っ張ってちょうだい」
そう言ってロルはまた魔法で天井に穴を開け、
天井から垂れてきた蔦を掴んだ。
そして滑らかに上へと登り、
足が見えなくなったところで穴は閉じた。




