ロル・リユル・ラーレッテ
二人のエルフは牢から去り、
格子が惜しくも元の形に戻った。
ひとまず一難は去ったが⋯さて。
どうやって拘束を解こう。
エルフの少女の勘違いの衝撃が強すぎて、
すっかり忘れていた。
この魔法をかけた上司のエルフも
きっと似たような心持ちだっただろう。
腕と足に力を込めるが、
蔓は緩むどころかびくともしない。
どうしたものか、エルフ達を
呼びかけようにも下手な言葉はかけられない。
ひとまず格子の傍に行くために、
ゆっくり膝を折る。そして慎重に前に進む。
「びっくりしたー、急に来たよね」
牢のエルフの一人が急に話し出した。
「殿下は普段こんな場所には来られないから⋯
心臓に悪いわ」
何とか格子の傍まで来たが、
こう話していると小さな音では気づかれないな。
しかし折角話し始めたのだから、
情報をできるだけ引き出そう。
「にしてもさっきの見てた?
さすがにおでこと『キュキュキュキュー!』
突如、鳥の囀りが
増幅されたような音が響き渡った。
「何事?」
二人のエルフは音を聞いた直後、
足早に牢の前を去っていった。
「あ⋯」
今更出た惜別の声が散っていった。
格子におかしな体勢で縋り付く人間だけが残る。
エルフ達がここに来るまでしばらくこのままか。
杜撰な扱いに腹が立ってきた。
今なら誰も見ていない。
「ったく、いい加減にしてくれよ⋯」
ありふれた言葉だったが、話すこと自体を
制限してきたからこその解放感を得られた。
エルフ達が戻ってくる気配はない。
もう少し喋ってもいいかもしれない。
「面倒なことになったなあ⋯どうやって脱出しよう」
ずっと頭の中で考えていたことを、
言葉に出して整理する時間が来てくれた。
「あら?」
「ッ!?」
背後から声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。
恐る恐る後ろを振り向く。
やはりそこには、
殿下と呼ばれていたエルフの少女がいた。
何故か牢の中におり、
何故か天井に穴が空いており、
何故か穴から蔦が垂れている。
よく見ると少女の腕が淡い光を纏っており、
垂れた蔦は僅かに唸っている。
植物を操って天井に穴を開け、
そこから蔦を伸ばして降りてきたのか。
「あなた今、言葉を⋯」
しまった、聞かれていたか。
とぼける振りをして誤魔化そう。
「?」
「⋯フヨウ、魔法を解き忘れてるわね」
フヨウ、あの上司のエルフのことだろうか。
少女の手がより光りだす。
もしかして拘束を解いてくれるのだろうか。
『ギュッ』
「痛っ!」
期待とは裏腹に、
手足の拘束が強く締め付けられた。
反射的に体が仰け反り、地面に横に倒れてしまう。
「痛っ⋯ね」
「ハッ!」
痛みの反射で、思わず言葉を話してしまった。
「今のを痛いっていう意味で喋ったのなら、
あなた本当は言葉がわかるんじゃないの?」
「⋯」
なんて酷いやつだ。
逆の立場ならもうちょっと緩く締めていたぞ。
「応えないならもっと強く締めるわよ?」
『ギュッ』
「わかりました!わかりましたよ!」
観念した瞬間、拘束が緩み始め
最終的に蔓が地面の中へ消えていった。
設定を自ら破ってしまったショックで、
未だ横になっている。
あのエルフの少女は、
こちらを見下しながらニヤニヤと笑っている。
「よかった、ちょうど話し相手が
欲しかったところなのよ」
「⋯何故?」
「緊急招集でエルフが皆いなくなってね、
フヨウの立場だとしばらく戻らないわ」
「⋯そう」
高貴なお方があっちこっち移動したら、
それこそ騒ぎになるんじゃなかろうか。
「!」
気が抜けて瞬きをした瞬間に、
少女と正面から目が合う。彼女も寝転んでいる。
「あなた、ここから抜け出したいんでしょ?」
「え⋯」
何故だろう、何故こうも手のひらで
転がされているように感じるのだろうか。
「まだ答えなくていいわ。
⋯私とお喋りしてくれたら、
少しは口が軽くなるかもね」
表面的には取引のように見えるが、
その奥にある真意が分からない。
「⋯何を話せば?」
「人間のことを教えて」
人間のこと。人間という種として
周りの人を見たことがないから、どう話そう。
エルフとの違いを通して考えれば分かりやすいか。
起き上がって喉を整える。
「人間は⋯肉を食べます」
「それは聞いたことあるわ。何のお肉を食べるの?」
「僕の村では⋯鶏とか兎と「兎!?」
少女との距離が一気に離れる。
その目は軽蔑や恐怖が入り交じっていた。
「あんなに可愛い生き物を殺して食べるの!?
人間はやはり野蛮な生き物だわ⋯」
「放置すると農作物を食い荒らすんです、
食べなくても駆除しなきゃいけないんです」
人間代表として人間を擁護する感覚は初めてだが、
引いてはならない一線を感じた。
「確かに、私たちエルフは木の実や葉を食すから、
うさぎとは食べ物で争わないわね」
「そうなんですか」
樹上生活していることは知っていたが、
そういう所で価値観が分かれるのか。
「面白いわね⋯あなた名前は?
私はロル・リユル・ラーレッテ」
「⋯ルドル・ファルス」
色々とおかしな交流を経た後に、名前を教え合う。
順序の狂いはもはやどうでもいい。
「ルドルね、ねえルドル、会話に障りがあるし、
あなたもくだけて話さない?」
「え!?それはその⋯不敬に値すると⋯」
突然何を言い出すんだ。
こちらは綱渡り状態なのに
さらに綱を細くするようなことを。
「他でもない私が許しているのよ?
それを誰が咎めるの?」
「いやでも⋯」
「まどろっこしいわね、
私は対等な関係が欲しいの。
だからこれは私のお願い」
「!?」
突然手を握られた。
さっきは僕のおでこも触らなかったのに。
輝く翡翠の瞳に見つめられる。
思わず目を逸らしてしまった。
「どうなの?」
「うーん⋯」
冷静に考えると、
声を出させたいがために
拘束を締めあげられた過去がある。
ここでロルのへそを曲げて、
寿命が縮む結果となるのはこちらも不本意だ。
「⋯分かったよ」
「やった!」




