タイトル未定2026/10/20 01:39
内藤は旅籠の若衆に両脇を抱えられ、裏手の荷車まで運ばれると童でも扱うようにひょいと抱え上げられ荷車の上に乗せられた、若衆はひとつ頭を下げてその場を去ってゆくと入れ替わるように、あれやこれやと言い争いながら、孝江と宗盛がやって来た。
「人足を雇えばよかろう」
「箱根での件、もうお忘れですか宗盛様」
「十分な褒美を渡せば済む話じゃ、野盗とは違うのだぞ」
「されど、上回る褒美を出すと言われれば易々と靡くのが卑しき者達の常で御座います、宗盛様は下の者を知らなすぎで御座います」
「お主は深う考えすぎじゃ⋯もうよい儂と杉で曳けばよいのであろう」
「わたくしも曳きますゆえ、ご心配なさらぬよう」
くだらん痴話喧嘩であるな、内藤は荷車の上で胡座をかくとふたりを蔑むように眺めていたが、さすがにこれ以上付き合わされてはたまらぬと、話の向きを変えようとして孝江に尋ねた。
「おい孝江、杉はどうした」
「杉には今一度、二階を見せております」
「ほお、入念だな、宗盛、お主も少しは孝江を見習え」
「内藤様は孝江に少々甘う御座いませんか」
舵を切り間違えたか矛先が己に向き、やれやれと肩を落とす内藤であったが、突如、階を駆け降りる激しい音が響くと、先ほど見た同じ光景ではないかと見紛うばかりに杉が裏口の木戸を激しく開き、されど此度は勢いそのままに叫んだ。
「伏せろっ」
遅れて、どんと音が彼方より聞こえ及んだそのとき、五軒隣辺りの家屋が激しく吹き飛ぶと地が揺れた。
「砲撃か」
内藤と宗盛が同じく言うと宗盛は荷車の轅を飛び越え手木を掴むと駆け出そうとするので孝江が呼び止めた。
「お待ち下さい、宗盛様」
「なんじゃ孝江、早う逃げるぞ」
「この砲撃はわたくしどもが亡き者となるまで続きましょう、もし今ここを退けば、このあたりの方々はどうなってしまうのでございましょうか」
宗盛は、手木を思い切り殴りつけ、どうにでもなれと荷車の覆いを全て取り去り武具を露わにすると中から鉄砲を取り表へ駆けて行った。
孝江は若衆を呼び戻すと必要な武具を取り荷車を城下の外まで運んでくれと告げたが、荷車の上から内藤が威厳ある声で言った。
「お前らは戦いへ赴き、俺にはおめおめと逃げよと申すか、ふざけるな俺もここに残る」
内藤は主人から鈍ですがと渡された刀の鞘先で荷車を突いた、孝江は御随意に、されど、まことに危うき時はお逃げ下さいと告げ杉と宗盛を追った。
筋に出ると砲撃を避け先程より退いた位置に兵が隊列をなし、遠眼鏡を覗くとその遥か後ろには砲を曳く兵の姿が見えた。
「領民の事などお構いなしか」
杉が呟く、孝江は砲が動いておる今ならば砲撃もなかろう、迎い討てば砲撃もできまいと悟ったが、杉が鎮まれと手を上げた、耳をすませば何処の空からは何かが飛び来る音が聞こえ、その刹那、旅籠の向かい三軒隣が吹き飛び、その烈風に三人は旅籠の中へと吹き飛ばされた。
「別の処からも撃ってきとるぞ」
宗盛が身体を払いながら立ち上がり言うと、孝江は杉に無言で頷いた、杉も何も語らず茶筒を二個持つと裏口から出て行った。
「杉は何処へ行ったのじゃ」
「別の砲へ向かわせました」
「ひとりで大丈夫であるか」
「如何で御座いましょう、されどもう一門の守備は薄いかと思います」
「そうか、して我らは如何にする」
「そうで御座いますね、後、二、三度撃てば手直しも終わりましょう、それまで杉が万事上手く納めてくれるのを祈りつつ、我らはあの砲を砕きましょう、先ずは前の敵で御座います」
孝江は筋を渡り向かいの店先の物陰に位置をとった、敵は我らを砲撃で炙り出し討って出てきたとこを叩く腹づもりであろう。
しかしその位置では其方のライフル銃は届かない、されど此方の鉄砲はそこまで難なく届くのだ、されどそれは砲撃が頭上へと落ちるまでの間ではある、既に二発、駿府に砲術に長けたものが居れば四半刻ももつまい、孝江は焦る気持ちを抑え遠眼鏡を覗くと引金を引いた。




