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タイトル未定2026/10/19 04:25

 おやおやと主人は変わり果てた格子窓を眺めると困った表情を浮かべた、宗盛は主人へ申し訳ないと告げ五両を渡した、それに内藤はやり過ぎであろうとの表情であったが宗盛はこれと言った詮索もせず宿に泊めてくれる主人を悪くは思っていなかった。

 されど流石の主人もことが事だけに探られたくない腹を恐る恐る探ってきた。


「いやね、お客様は払いもいいし気っ風もいい、こちらとしては申し分は御座いませんが、やはり客商売ゆえ⋯なんと申しますか、けちが付きますと色々と⋯」


「我ら、決して怪しい者ではないぞ」


「滅相もございません、そうとは申しませんが⋯されど先ほどの騒ぎは⋯⋯」


 主人は先をなかなか切り出せず口籠もると座敷は沈黙に包まれた、すると内藤はこともなげに言ってのけるのだ。


「宗盛、教えてやればよかろう、我ら徳川の者ぞと」


 あぁと宗盛は頭を抱えた、されど主人の振る舞いは思い描きしものとはかけ離れ、膝をつくと両の手をつき首を垂れるのだ。

 皆は驚きの表情隠しきれず互いに見合っていたが内藤はふんと鼻で笑うと教えてやった。


「お前ら田舎もんは知らねえだろうが駿府は大御所様が政を司った処、天領の地だぞ、当たり前であろう」


 主人は首は垂れたまま畏まって語り出した。


「そのお方の仰られるとおりで御座います、駿府は天領地、権現様晩年の居所で御座います、幾たびと"︎︎︎︎権現様御在城之節"︎︎にてこの駿府は救われた事でしょう。徳川様へ寄り添うても弓引こうと思うものなどおりましょうか、されど今の城代とくれば危と見れば恭順を示し尻尾を振る有様、誰しもが徳川のお方が来てくれぬものかと首を長くして待っておりました」


 主人が面を上げるとその顔は紅潮し感極まり涙を流しているのだ、この態度に流石の内藤も襟を正した。

 

 主人は更に続けた。


「皆様方はこの駿府を奴等から取り戻しにこられたのでしょうか」


 宗盛は頭を掻き、流石にこの人数ではと言うと主人は、では後に大軍を引き連れと申したが、宗盛は正直に我らの立場を告げるかどうか悩んでいると又、内藤が意図も簡単に言ってのけるのであった。


「主人、心配するな我ら徳川の斥候ぞ、今頃、江戸では駿府へ向け出兵の準備をしておるわ」


 主人はそうで御座いましたかと再度、首を垂れた、内藤は主人の態度に気分をよくしたのか更に大風呂敷を広げ宗盛を困らせた。


「主人、駿府入城の折はここを本陣に召し上げ京を目指す事にする、構わぬな」


 宗盛は身を乗り出し貴方にその様な差配は御座いませんでしょうと内藤の肩を揺すった、孝江と杉は既に笑い出しており、それにつられて内藤も笑い出すと宗盛はもう知らんと背を向けた。


「おう、宗盛、主人に何か証でも渡しておけ、印籠か何か持っておらぬか」


「葛野の証など渡しても如何にもなりませぬ」


 宗盛が内藤の無理難題の申し付けに声を荒げるので孝江が助け舟を出した。


「であれば、新撰組の内藤様が証をお渡しした方がご主人もお喜びになられるのでは」


「なっなんと、貴方様は新撰組の隊士の方で御座いましたか、御無礼の数々、どうか平にご容赦くださいませ」

 

 すると宗盛がお返しと、そう申す主人へ教えてやった。


「このお方はな、隊士などではないぞ、かの新撰組が副長、土方歳三その方に在らせられるぞ」


 宗盛がそう言うや否や、主人は両手で我が身を押すと座したまま座敷の入口まで後退り、身体が平たくなるのではと平身低頭で畏まった。


「数々の御無礼、何卒お許しくださいませ、まっまさか貴方様があっあの京で名を馳せる土方様で在られるとは、申し訳御座いません、その様な薄い敷布団を⋯すっすぐに仕立ての良い布団御用意させて頂きます、しばしお待ち下さいませ」


 主人は階下へ向かって布団の支度をするよう大声で言いつけた。

 宗盛、孝江、杉は、ここに来てあらためて内藤という男の重みを思い知らされた、京や大坂ならまだしも、駿府の町人にまでその名が深く届いていようとは、誰ひとり思ってもみなかったのである。


「うむ」


 内藤がそれとなく威を示すと階下から布団を抱え女中が現れた、そそくさと薄い布団を片付けると、その厚さ元の数倍はあろうかと言う仕立てのよい布団を敷くと座敷を後にした、主人はそれではと面を上げるとその顔はどこかにやけ、なかなか立ち去ろうとしないでいると宗盛が小声で囁いた。


「内藤様、証、証を待ってるのでは」


 内藤はそうであったかと枕元に畳まれた己が衣の中から根付けを取り出しそれを主人へ渡そうとしたが、それを見た孝江が顔を背けぼそりと呟いた。


「度量の狭いこと⋯」


 内藤は殺気だった目で孝江を睨むとその根付けを放り、再度、荷を探ると一度改め何やら主人へと渡した。

 主人が両手でそれを受け取ると掌の上には鉢金があった、主人は一礼をくべそれを吟味する様に眺めると裏を返し目が一点に止まると、主人の目からは涙が溢れ出るのであった。

 

その鉢金に彫られていた一文


     『尽忠報国志 土方義豊』


 主人はその鉢金を掲げ有り難く頂戴致しますと残し座敷を後にした、内藤は孝江に納得したかと視線を送ったが孝江は当然であろうと我関せず、出立の準備を急ぎましょうと告げ階下へ降りて行った。


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