タイトル未定2026/10/19 00:11
「内藤様はまだ立つのが精一杯であるぞ、もう二、三日此処におるのもよかろう、騒ぎはおさまっておるようでもあるし」
旅籠の裏にて出立の準備に荷車を見る孝江に宗盛が呼びかけた、孝江はその手を止める事なく答えた。
「宗盛様はお武家様にございましょうに、どうにも悠長すぎます。今はまだよろしゅうございましょうとも、この先いつ風向きが変わり、たちまち身動きもならぬようになるやも知れません。ならば今この安全な折に手を打つのが道理というものにございましょう」
宗盛はなにも言い返せず荷車の武具をとんとんと叩き、孝江に睨まれていた。
その時であった、裏の戸口が壊れんばかりに開くと、その勢いはどこに、杉が淡々と敵がきたと申すのだ、宗盛は戯言を申すなと鼻で笑ったが杉を知る孝江は荷車から鉄砲を取り出すと宗盛へ一梃投げやり己も杉の鉄砲と合わせ二挺抱え、持てるだけの弾入れ金具を持つと裏口に走った。
「宗盛様は荷車をお守り下さい」
「お前達は」
「杉とふたりで正面を守ります」
孝江は杉へ正面の警戒を伝え二階へ上がった、途中、主人が何事で御座いますかと問うてきたので孝江は今すぐ旅籠から店の者を連れ逃げて下さいと告げた。
主人は並々ならぬ孝江の様子にはいはいと告げ下へ降りていった、孝江はその背中に遠くに遠くにですよと付け加えたが主人に届いたか知る由もなかった。
座敷の襖を荒々しく開けると落ち着き払って内藤は敵かと聞いてきた、孝江は頷き短筒を内藤へ渡し格子を少し開け通りを見た。
三十名ほどの兵が隊列を組み旅籠に向かう筋を足並み揃え迫り来ていた、ふと、むかいに見える辻へ目をやると同心らしき男と何やら話し込む女、あの女中であった、孝江はなるほどと遠眼鏡をたたみもうひとつの咫尺狙う眼鏡を覗くと中の赤き点を女の股座に合わせ引金を引いた、三度、屁を放つ音が鳴り内藤は粗相もいい加減にしろと孝江の尻を叩いた。
外からは女中の悲鳴が筋に轟いた、横の同心は何事であるかと女中を見ると、腰を抜かし尻餅をついた女中の前掛けと中の小袖は股の部分がボロボロに裂け、腰を落とした地面は黒い染みがどんどん広がっていった。
「ふん、いい気味だ、端女」
「おいおい、女子が卑しい言葉を申すな」
孝江は内藤を無視すると踵を返し座敷を出て階へ向うよ下へ向かい叫んだ。
「杉っ、耳栓は使える」
「ああ、格子の外に出してる」
孝江は座敷に戻ると格子を開け外にある耳栓とその源を作る器具を回収した、筋からは顔を出した孝江に向け撃て撃てと声がした。
孝江が顔を引っ込めるとその格子は弾でばりばりと破れ陽が座敷へと差し込んできた。
「ほお、なかなかの戦さ日和ではないか」
内藤は布団へ寝転がると頬杖に呑気な事を口にした、孝江は気にも止めず階下へ降りると耳栓を杉に渡すと裏にゆき宗盛にも渡し荷車から茶筒をありったけ裾に包むと杉の元へ急いだ。
「その方ら、元は同じく徳川家の下にあった者どもゆえ、格別に情けを掛けて申し渡す。いたずらに抗うて命を損ずるな、早々に得物を差し置き、降参いたせ」
外からは旅籠の孝江達に申し渡しが告げられた、孝江は影からその申し渡しに問うた。
「ひとつお聞かせ願いとうございます。筋におわす方々の避難は、もうお済みでございましょうか」
役人は女子が聞いてきたと驚き、幕府方ではないのではと役人同士話し合うていたが埒が明かぬと孝江は念を押した。
「如何で御座いましょうか、お答え下さいませ」
「黙っておれ、女子は引っ込んでおれ」
隊列の中からは勘弁ならぬと孝江に辛酸な事を吐き捨てる兵がいた、杉は咄嗟に孝江の顔を見上げた、笑うておるわ、俺は知らんぞと鉄砲を持つ手に力を込めた。
孝江は裾を持つ手を緩めると足元には茶筒がころころと転がった、無論、孝江の手には茶筒が握られ既に栓が抜かれていた、孝江はその握る手の力を緩めるとその声の主辺りにぽんと投げやった。
どんと茶筒が爆ぜると隊列の端にいた者達は筋沿いにある店の木戸や格子、駒寄に吹き飛ばされ中心にいた者どもは手足を飛ばされ、ある者は己の臓物を前掛けにして彷徨っており、窪んだ地面には昨夜の雨の水溜りから赤い水が流れ込むと血の池が出来ていた。
「退けっ、退けぇぇ」
役人が絶叫するも、兵達は右往左往するだけで後退もせず、孝江は弾除けの装束も着ておらぬと言うのに筋に出ると残りの兵士を無抵抗に屠っていった。
隊列の後方では役人達が一目散に逃げて行ったが孝江は落ち着き払い遠眼鏡を戻しひとりひとりの後頭部を丹念に撃ち抜いてやった。
「ご苦労さん」
軒先の天水桶の影から杉が孝江に声を掛けた、孝江は熱くなった銃身をその桶に突っ込むと言った。
「杉、教えたでしょ、そんな処に隠れても弾は防げない」
孝江は颯爽と杉の前を通り過ぎると宗盛に声を掛け二階へ上がった、座敷に入ると内藤は破れた格子に両腕を掛け下を見ていたのか顔だけ孝江に向けると言った。
「えげつねえが、見事な働きだ」
孝江は褒められているのか貶されているのか内藤の表情からも声の気色からも汲み取れずとりあえず、どういたしましてと、はっきりせぬ笑みを浮かべてそれに応えた。




