タイトル未定2026/10/18 16:56
立ち込める土煙はいまだ舞い上がりて落ち着きをみせず、耳鳴り激しく隣におる者の声すら届かないでいた。
「…此……出て……走…ぞ」
泰夫は佐治の肩を揺らし何やら叫んでいたが佐治は首を振り泰夫に耳を近付けた。
「急ぎ此処を出て林に走るぞ」
互いに頭からは土埃を被り黒い装束が薄茶色に包まれていた、耳が通り始めると辺りからは咳込む声が聞こえた、泰夫は振り返ると忠太郎を揺らし佐治と同じ事を申すと林を指差した、更にその背後に目をやると謙次は指をさし、ただ呆然と立っていた。
謙次が指差す先は是貞の向った処、そこには先程までなかった谷が現れ、その周りには敵の手足や臓物散乱していたが人影は一切消え失せていた、謙次は惚けたように「あぁあぁ」と惚けるばかり、泰夫は進み出ると謙次の頬を叩いた、
「是貞の命無駄にするな、走れ謙次っ」
謙次は我に返ると、はいと声をあげ林に走った、泰夫は土埃にまみれた手の甲に黒き筋を見出したが泰夫はその手で我の頬も拭った。
皆は息することも忘れ林に走った、際へと辿り着くと滑るように転がり入りそこでようやく息をついた。
木立の脇から後ろを見たが追う敵影なく、その息は安堵の息も加わり四肢の力を抜き全てを寄りかかる木に委ねた、泰夫は目を瞑り呼吸を整えると後の策を考えた、すると閉じた瞼は急に開くのを拒むように眠気が襲ってきた"︎︎︎︎疲れた"︎︎泰夫の心中を駆け巡る、このまま敵現れねば此処で眠るとしよう、そんな事を妄想していると背筋を突き刺す様な冷たい声がした。
「お前ら気を引き締めろ」
瞼を開くと斎藤が鬼の形相で立っていた、斎藤は何も語らず左手に持つ刀で遠くの林より出づる十名弱の敵を指し示していた、泰夫は頭を振り今一度気合を入れ皆へ申し渡した。
「各々方、残る敵、恐るるに足らず十分引きつけ…」
泰夫の申し伝えを中途で斎藤がそれを遮り言うのだった。
「手緩いぞ泰夫、こちらから迎い討ってやれ」
泰夫はようやく拾うた命、この期に及んで是貞の死を無駄にしようと言うのかと異を唱えたが、斎藤はまだまだ百姓であるなと言葉を残し敵へ向かい突っ込んで行くのだ、斎藤様に続けと言う声はでなかった。
すると斎藤は左右に跳ねるように走りながら叫んだ。
「我らには天照大神がついておるぞ」
そう言い放つと敵へ向かって行った、敵も斎藤に気付くと応戦に出た、されど敵の弾は斎藤に掠りもしないのだ、まさしく神がかり。
泰夫は木へもたれかかり斎藤乱心の仔細を考えた、思い当たるといえばやはり是貞の死であったが斎藤こそ百姓ではなかろうと眼を閉じた、すると泰夫の瞼は閉じて尚、煌びやかに輝いているのだ。
遠い昔、父に連れられ行った池のほとり、雨に襲われ夜を明かした、朝、父に揺り起こされ見たあの光景、これに泰夫ははっとすると遅れ斎藤へ続けと皆に言い渡した、皆は半信半疑であったが泰夫の指示であると恐る恐る林から足を踏み出した。
「各々方、千鳥に止まる事なく動け」
「何故で御座いますか」
重信が問うと泰夫は振り返り黙って天を指さした、そこにはいつしか陽は昇り、林の影の向こうからその顔を覗かせていた。
見つめることもかなわぬほどに、まばゆく輝いていた、目を細めても、なお見てはおれぬほどに。
重信はそれを見て笑い、大きくうなずくと鬨の声を上げた。
夜鷹は眩い光の中にあった、敵は狙いを定めきれず、一瞬ちらと見えた人影へ撃ちかける、されど、その位置にはすでにいない。
それに引きかえ、夜鷹の目には敵の姿があざやかに、放つ弾はひとつとして無駄なく、ことごとく致命に至る位置を撃ち抜いた。
「斎藤様、邪魔で御座る」
佐治が叫ぶと斎藤は両手を挙げ、ひょいと横へ身をそらした、そのふざけた仕草に狙う手がふるえた。
朝の澄んでおるはずの風は硝煙の匂いを含み、荒い息遣いばかりが互いの耳に届いていた。
夜鷹の面々は言葉も交わさず集まると、新たに穿たれた谷へ向かった、際に立てば足もとの土は脆く、今にも崩れ谷へ引きずり込まれそうであった。
谷底へ目をやれば、土砂にまみれた原形をとどめぬ敵の骸が無惨に転がっている、まだらに黒ずんだ土には陽が差し、明日の昼には死臭が立ち、鳥や獣が寄ってくるであろう。
皆、黙して手を合わせていた勿論、是貞に向けてではあったが、今となっては敵味方なく無惨に散った皆皆に向けてかもしれなかった、謙次は際に手を掛け是貞、是貞と泣いていた、そこへ遅れて斎藤がやって来ると罰当たりなことを言うのだ。
「おうおう、土葬の手間が省けたじゃねえか」
皆は斎藤をきっと睨むと斎藤はすまんすまんと手をあげた。
「是貞、まっこと見事な最期であった、葛野にて末永う語り継がれようぞ」




