タイトル未定2026/10/18 01:06
「宗盛様は上手く逃げ仰せましたかねぇ」
是貞は目を細め遠くを見るように呟いた。
「己が眼で確かめよ是貞」
佐治は顔を伏せ、今さら叶わぬこととは知りつつも、押し殺すような声を絞り出した。
敵は逆の立場となり林の中よりこちらを目がけて、これでもかと弾を浴びせかけてくる、その猛りようは身を潜める窪みの土手が削げ、地形さえ変わるほどであった。
謙次が堪らず茶筒を投げる、ひとり、ふたりは屠れたようであったが大半はなお林の中、つづいて忠太郎も茶筒を投げた、されど敵もさすがに危うき物と見たか、それを避けて散り土煙を上げるばかり。
顔を出すことも叶わぬこちらをもはや無抵抗と見たのであろう敵はじりじりとにじり寄ってきた。
「是貞、すまん⋯頼めるか」
佐治は重苦しく言うと手には重信より託された爆薬と、そのための金具があった。
是貞は笑みを浮かべたままそれを受け取ると、金具を全て差し込み装束の内へ収め、代わりに己が装束に収まる弾入れの金具を佐治へ全て渡した。
「拙者が敵を誘き寄せます、左手は崖となっておりますれば爆ぜたはずみに崖も崩れ、多くを道連れにできましょう」
「されど、そのようなこと、易々とは成るまい」
「是貞、一世一代の大芝居を打って参ります」
是貞は無理に笑みをつくると、佐治の後ろにいた泰夫に告げた。
「泰夫殿、孝江様へお伝え下され『是貞、後の世にても必ずや夜鷹衆となりますゆえ、くれぐれもお頼み申す』と」
「ああ、必ず伝える。是貞⋯すまん、俺さえ、俺さえもっと上手くやれていれば⋯」
「泰夫殿、何を仰せられる、あの信じ難き隔たりを撃ち抜く御技、是貞は鳥肌立つ思いにござった」
「すまない⋯」
泰夫の言葉に、是貞はただ静かに微笑んだ。
「是貞、そろそろ参りまするゆえ、皆様、どうかお達者で、御武運、お祈り申しております」
是貞は襷を手にすると土手を乗り越え進み出た、謙次は見ておれぬと顔を伏せたが、忠太郎に無理やり顎を上げられ諭される。
「これぞ武士じゃ、しかとその眼に焼き付けよ」
「降参、降参でござる、撃つのをおやめ下され」
是貞は降参の意を示し手にした襷を振りつつ敵の方へ歩み寄っていった。
やがて「撃ち方やめ」の号令がかかると、夜鷹の側に反撃の気配なきものと見たか敵はひとり、ふたりと辺りを伺いながら、そろそろと是貞へ寄ってきた。
「ほかの者どもは何処へ行った」
「笑うて下され、銃撃あまりに激しゅうござって傷を負うたこの身を見捨て、皆、脱兎のごとく逃げ失せ申した、まっこと、味方であった事、腹立たしいことにござる」
その者が林へ向け手を振ると木立の間からぞろぞろと兵が出てきた、縁者でも殺されたのだろうかその中のひとりが是貞を蹴り飛ばした、是貞は踏ん張り効かずよろけるとばたりと横倒しに倒れた、その拍子、是貞の懐からは仕掛が転がり出ると、その珍しき物に取り上げられると是貞に聞いた。
「これは何であるか」
「そっ、それは江戸で流行りのエレキテルを使うたカラクリで御座います、どうかお返し下され」
是貞が手を伸ばすと拾い上げた者はそれを是貞へ返そうとしたが横から手が出るとそれは奪われた。
「エレキテルを使うたカラクリらしいぞ、皆、見てみい」
その声に戦場も忘れ敵はぞろぞろと集まってきた、それを奪い合いし者は人が十分に集まりし事を見て、それを見回すと赤き握りに興味を覚え是貞へ聞いた。
「おいこれはなんじゃ、カラクリと申すなら如何なる仕掛けじゃ」
是貞はわざと出し惜しむように黙り込むと傍にいた者が是貞の頭を足で小突いて早く申せと急かした。
集まりし者達は是貞の説明に感嘆の声をあげ感心しきり、早速とそれを奪いし者が握りを握った、されど握りは固く微動だにせず何もならぬと又、是貞は頭を小突かれた。
是貞はここで深く息を吸いゆっくりと名残り惜しむように皆が隠れし窪みの方を見ながら息を吐き教えてやった。
「握りの下にある栓を抜いた後、握れば⋯それは⋯」




