タイトル未定2026/10/17 17:22
「しゃんとせい」
忠太郎は一喝し、謙次へ手を差し伸べた謙次は身を起こしつつ「やはり刀は手放すべきではなかった」と苦く呟いた、忠太郎は「そうではなかろう」と己が太腿をぴしゃりと打った、謙次ははっとし、みるみる顔を赤らめて首を伏せた。
だが敵は容赦なく迫りくると二人はすぐさま身構え、右翼の敵勢を押し返しにかかった。
「退がるぞ」
頂へ現れし兵は最初こそまだらであったが今は厚みを見せ、退がらざる得ない状況に泰夫は指示を出した。
正面を左から是貞、重信、佐治、泰夫、右翼を右から謙次、忠太郎の布陣は戦況から南へ向かい少し斜めに退がり始めた、互いに声を掛けあい敵に近し者が援護射撃にて敵を抑え仲間が退がる、退がりし仲間がその者を助く"︎︎︎︎掩護後退"︎︎フランス式でもイギリス式の教練でも習わぬ孝江に教わりし後退を繰り返して夜鷹は退がりゆく。
されど木立は切れやがて林を抜けてしまった、泰夫は辺りを見回し遮蔽物を探った、二十五間程先、大地の裂け目か水道か窪みが横に走っており皆は泰夫の号令でそこへ駆けた、木立の薄くなりゆくに伴い敵の銃声も厚みを増してゆく、駆ける夜鷹の間を弾が駆け抜ける音が次第に高まり是貞は援護になればと振り返り膝を突くと援護射撃を放つ、そこへ常であれば弾除けが隠す太腿を膝を立てたが故、是貞は内腿へと銃弾を受けてしまう、うっと声をあげその場へうずくまる是貞、動けぬと見た佐治が泰夫の制止を振り切り是貞を助けに駆ける。
佐治は半纏や肩当てに弾を受けながらも是貞の後襟の紐を引き窪みへ投げやった、泰夫は怒鳴ったが佐治は是貞の具合を見るが手一杯、佐治は是貞の脚甲を捲り天を仰いだ。
「血の筋で御座る、早く手を施さねば⋯」
是貞の装束はみるみる血に染まる、重信は小刀で是貞の装束を斬ると脚を露わにした、佐治の言う通り是貞の内腿からはみるみる血が溢れ止まらない重信は襷を噛み切り傷を縛るも瞬時に白き襷は紅に染まった。
「申し訳ありません⋯」
そうもらす是貞に佐治は何を申す、そちは我らを守ったのだぞと励ました是貞は血の気が引き青白くなる顔で微笑んだ。
そして…
「重信殿、まだ爆薬はお持ちでしょうか」
「あぁここにあるぞ」
重信は装束を捲り召し上げた爆薬を見せた。
「私によき考えが御座います」
そう申す是貞に佐治は何かを悟り「ならぬ」と声を荒らげた。
「宗盛様よりお預かりした若者を、自ら死地へ遣るなどあってよいものか」
されど迫る敵はこの場にて屠り尽くせる数ではない、振り返れば次の林までは五十間ほど、林際に至る前に総崩れとなる恐れも十分ありうる。
それでもなお、是貞ひとりの命を天秤にかけることなど到底無理な話、皆は覚悟を決めざる得ない苦境に黙り込むしか術はなかった。




