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タイトル未定2026/10/15 01:35

 互いに十五間程あった隔たりは刻が経つにつれ広がりをみせ今や遠眼鏡がなければ見え失せるまでに至っていた、偏りはあれど敵も散兵にてそれを追い有渡山北側では夜鷹には好機な展開を見せていたが泰夫のもっぱらの気掛かりは庄之助であった。

 さすがに村での鍛錬の折にくらべれば殊のほかよくはなっているが正直、その技は後から加わった謙次、是貞にも劣り佐治にはかろうじて勝る具合であったが佐治は侍である、百姓と侍では戦における起こりが違う、この場においてもっとも危うきは庄之助には相違なかった。

 泰夫はなるたけそばにおり助くときは助け、詮方ないときにはこの手でと案じていた。

 耳栓は閉じられ互いに報せもできはしないが庄之助の事だ何かあらば、いの一番に報せてくるであろうと泰夫は己が敵に専念した。


 斎藤は皆が迂回する低岡にわざわざ登ると雑木が乱れ生い茂る中、抜刀にて敵を迎え討っていた、敵は散兵にて迫りそれが幸いしていたが昔であれば妨げはあれど今頃斎藤は弾を総身に受け目方が二貫は増したであろう、されど剣を握りし斎藤の修羅の如き強さには溜飲が下がった、遠眼鏡でそれを見ていた佐治は目前へ迫る敵を忘れ見惚れていたという。


 ここで異なる動きをしていたのが謙次と是貞であった、ふたりは己が器量を見誤らず共に動く事を選び殿(しんがり)を務めていた、歳も近く器量も似寄るふたりは囲まれても死角をなくし上手く立ち回っていた、それだけではない散兵で散っていた敵がひと処に集まりだすと脱兎の如く逃げ出すのだ、頭に血が昇り見境なく追う敵兵は両翼に位置する者からたやすく屠られていた。


 されど、ここで庄之助の鉄砲に思いもよらぬ事が起こる、弾の殻が挟まり撃てなくなったのだ一番近くにいるのは忠太郎であったが庄之助を助く余裕なく、敵の銃声だけが響く事態に気付いた泰夫は背なに担ぐ鉄砲を降ろし狙いを定めた、性急な事で隔たりはわかりかね覗く遠眼鏡には敵との射線上に立つ庄之助がいた、泰夫は耳栓の摘みを押した、されど庄之助も押さねば報せは届かない、泰夫は気が急いて狙いも定まらない、であらばと泰夫は庄之助の頭上高く威嚇の弾を撃ち放った、轟く雷の咆哮に敵は怯んだ箱根での恐怖を知る者もおり敵の歩みは遅くなり物陰に潜みやり過ごそうと敵は散った、泰夫は遠眼鏡を覗き庄之助を見たが後ろの摘みを何度も何度も引いていた、泰夫は弾詰まりであろうと見定めたがここからでは助けようがない、よしんば己がそばにおろうとそれは孝江の手に委ねるしか詮方ないのだ、泰夫は"︎︎︎︎何をしておる臆病者、早く摘みを押さぬか、さすれば射線よりお前を剥がし敵を討てもしように"︎︎と心の中で叫んだ。

 

 伊勢講になりすまし駿府まで及んだが、それでも天照大御神は御威光を示されたとでも言うのか庄之助の弾詰まりは不思議にも取払われ庄之助はこれ幸いに敵が隠れし処に目掛け出鱈目に撃ちまくった。

 泰夫はそれではまた詰まってしまうぞと安堵の息を付き、出したついでと庄之助を追う敵目掛け雷を落としてやった。


 気付けば陽は顔を出し始め辺りは朝の穏やかな気が満ちていた、夜鷹も本来であれば眠りにつく刻であったが皆は休むことなくそれぞれに有渡山の斜面を登り始めた、山道は限られ各々の隔たりは己のが眼で見てとれる処まで近付き手を上げ己の存在の証を互いに示していた、されどそこに斎藤の姿はなく万に一つもないであろうがとその身を案じていたが泰夫の耳には斎藤の声がした。


「誰か聞いてるか、ひと足先に山の東へときてみたが⋯いやぁ絶景かな絶景かなこのように富士の山が美し…」


 耳栓の摘みを押し忘れていた泰夫は今更に摘みを押した、斎藤は健在と皆に教え斎藤がいるであろう有渡山東へと向かった、登る道程、下に目をやると新政府軍は我らを追うてきていた、数にして五十弱と言ったところであった、泰夫の見立てでは三十、少し引き連れすぎたかと案じたが今更仕方ないと頂を目指した。


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