タイトル未定2026/10/15 22:52
「杉、内藤様はどう」
杉は何とも言えぬ表情を晒し、縦とも横とも言えぬ方へ首を振った。
「俺は医者ではないからな、ただ気色はすこぶるよくなった」
そうと言うと孝江は杉に並び内藤の傍に腰を下ろした、泰夫から城下に辿り着きしはと言われており耳栓に声を掛けてはみたが返事はなく少々その身を案じてはいた、弾も十分には与えれず弾入れ金具が二つづつ爆ぜる茶筒も各々ひとつ、短筒に至っては中へ入りしその金具だけであった。
もし全ての敵を相手にしておればひと刻ももつまい、弾が切れしときは自ずと白兵戦であるが泰夫と庄之助は悲しいかな百姓である、刃に対する備えはない、敵と遭遇する事なく遣り過ごしておればと祈るしか孝江に術はなかった。
すると突如、階下から思いもよらぬ声がした上手く城下に紛れた筈であったが何故と皆は気を張った。
「御免、御用改である」
その声は町奉行の役人であろうか宗盛が障子を少し開け隙間から通りを見下ろすと突棒を持つふたりを従えていた、向かいの軒先にも与力と同心が見えた、どうやらしらみ潰しに城下を巡っているようであった、思い当たる節は牢破り、されど牢破りした者がわざわざ城下に潜むわけなどなかろう、宗盛は横たわる内藤に目をやった。
されどそうであればお目当ては内藤である、人相書きでも出回っておれば一巻の終わりである、役人を始末し深手の内藤を連れ陽の高い中何処まで逃げおうせようか、宗盛は顔をあげると同じく孝江も顔を上げ目が合うと互いに頷いた。
「邪魔をするぞ」
孝江達のいる座敷に襖を乱暴に開け役人は入ってきた、役人は敷居の上に立つと座敷を見回した。
「主人に聞くとお主ら伊勢講であると聞き及んでいるが」
役人の言葉に物腰低く宗盛が応対すると袋の中から紙束を渡した、それは通行手形であった。
用意周到、されどそれは宗盛にとっては容易い事であった、なれば、げに葛野藩で手形を触れ出すは宗盛が役目であった、箱根関所から駿府まで関所はなく要らぬ物であったが伊勢講に通行手形はつきものである、改められしときもあろうと宗盛がしたためていたのだ、箱根では宗盛以下数名が家捜ししていたが判を押す為の朱肉を探していたのだ。
これには流石の孝江も頭が上がらなかった、宗盛は孝江の中では既に葛野藩の者でなく夜鷹衆の一名に他にあらず藩主の嫡男という事が失せていたのだ。
その甲斐あって役人は人数が合わぬと言うたが我々はいまだ追い付かぬ他所の講を待つ者であり、他の者は伊勢にこころ焦がし少しでも近付いておきたいと次の関所まで先だっていると告げると意図も容易く騙されたのであった、
宗盛は黙しておるのも間が保たぬと御用改の訳を聞くと、幕府方が東海道にて新政府軍と小競り合いを始めここ駿府に紛れ込んでおるやもしれんとの御達しであると宗盛へ告げた、宗盛は御苦労さまで御座いますと半紙に黄金色に輝く物を包み役人の袖にそっと入れた。
「んんっ、ここは問題ないな」
役人は誤魔化すように咳払いをすると座敷を出ようとした、すると被せておいた布団を内藤が捲り上げたのだ、役人は内藤を見るや、んんと怪訝な表情を浮かべた。
「主人からは女子ひとりと男が三名と聞き及んでおったが」




