タイトル未定2026/10/12 23:34
「退くぞ、追手あらば撃て」
「内藤様は」
「無事じゃ⋯今のところは」
荷車に乗せられた内藤が佐治の前を過ぎてゆくと佐治は物陰から出でて牢屋敷の方を用心し後退りながら荷車を追った、荷車の上では孝江が内藤の身体を調べており宗盛は内藤の具合を聞いた。
「とりあえずこの丸薬を与え薬液を体内に入れます」
「お前は医者の真似事もできるのか」
「いいえ、試しにこれを弱った野犬がおりましたので施してみました」
「それでどうなった」
「野犬はそれから一昼夜走り回り何処かへ消えました」
「おい、真に大丈夫か」
孝江は顔を引き攣らして無理に微笑んでいた、孝江は内藤へ丸薬を飲ませると袋を解き中から針の付く筆よりひとまわり大きな器具を取り出し先端にある橙色の蓋を外した、しかし孝江は何かを思い出し蓋を閉めると文束の中からその器具についての解き明かしをもう一度読むと宗盛へ言った。
「城下を出ましたらしばし止まって下さい」
「何故じゃ今は何より…」
孝江は当然それは承知しておるが尚であると宗盛の語りを遮り言った。
「この薬液を内藤様に施さなければ危うく御座います、されどその前に弾が体内にあれば取り除かなければなりません」
「ならば、その薬液⋯」
宗盛はそれができるならば態々言うこともなかろうと言葉を呑みそれを承知し城下の外におるふたりに問うた。
「重信、謙次、何方が遠方におるや」
「わたくしで御座います」
重信が答えた。
「重信、そちは爆薬を召し上げ荷車を隠せ雨のあたらぬ場所を探せ、謙次はそのまま我らを待て」
荷車は城下を抜けた、辺りは急に草木が無造作にはえる場所に変わり街道は荒れ荷車は激しく揺れ始めた。
「足を緩めよ」
孝江が指示を出した、荷車を懸命に曳いていた是貞はこれ幸いと呼吸を整えながら歩みを緩めた、振り返ると皆、荷車へ着いてきていたが泰夫だけは心身共に疲れ果てておるのか遠く遅れていた、見兼ねた斎藤は先にゆけと指示を出し泰夫を待った荷車の孝江は少し心配気に豆粒のような小さな泰夫を見ていた、すると突如孝江の手を内藤が掴んだのだ、それに驚くと孝江は内藤に懸命に声を掛けた。
「内藤様、孝江で御座います、もう大丈夫です安心してしばしお休み下さい」
内藤は首だけ動かし辺りを見た、宗盛は内藤と目が合うと軽く頷いた、宗盛は安堵したのか是貞へ代わると伝え荷車を曳いた、前方には謙次の位置を示す夜眼鏡でしか見えぬ印が光っていた、誰しもが城下を抜け追手の事など頭の片隅にもなかった、されど追手だけが敵とは限らなかった。
路肩の叢より謙次が姿を出すと荷車を止め宗盛が指示を与えた。
「しばしこの先にて内藤様に治療を施す故、それまでここで追手を見張りもし追手あれば爆薬にてそれを討て、内藤様の治療が終えた後、改めて指示を出す用いぬときは爆薬を召し上げ退いてこい」
謙次は頷き路肩へ戻ろうとした、すると前方から重信が後ろを振り向きつつこちらへ向かってくるのだ、宗盛は隠し場が見つかったのか聞くと重信は耳栓が壊れるかと思うほどの声で叫んだ、その声は耳栓でなくとも直接届いてくる程であった。
「お逃げ下さい、前方より敵多数」
何をとち狂うたかと宗盛が重信に聞き返すと、孝江が荷車の上から静かに言った。
「箱根の敗残兵で御座いましょう⋯」
敵は駿府城下におるものばかりと考えていた皆は固唾を呑んだ、孝江の額には一筋の汗がつうと流れた。
「どうする孝江っ」
宗盛は聞いたが孝江は目を瞑りぶつぶつと何やら呟き答えないでいるので宗盛は再度聞いた、すると孝江は人差し指を宗盛の前に出し黙れと言わんばかりの態度をとった、宗盛は仕方なく爆薬の威力の及ばぬ場所まで退き敵を迎え撃つが良かろうと荷車を取り回すと城下方面へ後退の指示を出した、孝江に動きはなく相変わらずぶつぶつと呟いており宗盛はため息をついた。
「謙次、しばし退いて爆薬にて敵を討て」
「して敵の数は」
「⋯わからん、加減はそちに任す、爆薬が爆ぜた後、我々の場所まで戻れ」
謙次を残し皆は城下方面へ来た道を戻った、ようやく追いついた重信に宗盛は聞いた。
「敵多数とは申すがどの程度であるか」
「少なくとも四、五十はおりました」
宗盛は舌打ちをすると悪態をついた、そこへ前方からも遅れていた斎藤と泰夫が合流し、己が方向へ向かいくる荷車に驚き聞いた。
「何故戻ってくるのだ宗盛」
「斎藤様、前方より箱根敗残兵がこちらへ向かっております」
「くそっ」




