タイトル未定2026/10/12 04:59
「お若いのそろそろ目を覚ませれてはどうかな」
老人に声を掛けられ泰夫はふと目を覚ました、あれからそのまま寝入っていたらしくいつしか二刻ばかりが過ぎていた、泰夫は身を起こし胡坐をかくと呑気そうに大きな欠伸をひとつした、すると老人が闇のうちからうすく笑みを湛えて現れ己が後襟へ手をやりながら静かに語りかけてきた。
「何やらしきりにお主を呼んでおったぞ」
是貞からの報せはたしかに届いていた、だが泰夫は眠入りそれに気づかぬままでいたのだ、泰夫は後襟へ声をかけてみたが、もはや源は絶えたのか是貞の声は返ってこない、これは困ったと眉をひそめたものの、そのときになってようやく胸のわだかまりが解け、泰夫は老人のほうへ向き直って口を開いた。
「ご老人、ご老人はこのカラクリが気にならないのでしょうか」
「気にならぬと言えば嘘になるが、それを聞き某に理解できようか、それに知りたき事は十分心得たこれ以上は某には無用であろう」
老人は笑って言った、だが泰夫もまた、説明せよと申されても私にはうまく出来ませんと困ったように笑って答えた。
「お若いの、それはしきりに丑の刻と申しておったが丑の刻に何があると言うのじゃ」
泰夫は棚から牡丹餅とはこの事と手を打ち老人のほうへにじり寄ると同じ闇の中で囁くようにそれを告げた。
「丑の刻、私の仲間が内藤様を救いにここへ訪れます、もしよろしければご老人ご一緒に此処からお出になりませんか」
「何と何と、この老ぼれに牢破りをせよと申されるか」
「いえ、ここで待っておればよいだけで御座います、お手を煩わす事は御座いません」
老人はしばらく思案していたが、やがて泰夫の申し出を断った、もう歳ゆえ、いまさら外で生きてゆくのは骨が折れるのだという、泰夫はそうですかとどこか寂しげに答えると、闇の向こう、対い合う己が場所へとおとなしく戻っていった。
「お若いの、お主ここら辺の者ではないな」
闇の中から突如、老人が聞いてきた、
「あ、はい、私は伊勢に向かう伊勢講の者で住まいは新高村で御座います」
「ほう、葛野の新高村から伊勢講であるか、それはそれは、しかし何故、伊勢講が囚われ人の救出を、奇妙な話であるな」
「そっ、それは⋯」
言葉に詰まる泰夫を尻目に闇の中の眼が小刻みに揺れていた。
「すまんすまん、歳をとるとどうも性格が捻ねてかなわん、許されよお若いの」
「いっ、いえ、ところでご老人こそ何故この様な処へ」
老人は泰夫に聞かれ、かなりの間をあけ答えた。
「⋯人を殺めてしもうてな」
「⋯⋯」
再び言葉に詰まる泰夫に対しこちらも再び眼を小刻みに揺らしていた。
「お若いの、まことに生真面目なお人じゃ、相すまなんだ、みな戯れ言よ」
「おやめ下さいご老人、肝を冷やしました」
「はっはっはっ、重ね重ね申し訳ない、ほんに歳はとりたくないものじゃ」




