タイトル未定2026/10/12 02:29
「おい、泰夫お調べじゃ」
牢役人が格子戸を開け外へ出るよう泰夫を促した、泰夫は腰をかがめて格子戸をくぐった、外には牢役人のほか、突棒を構えた番人がふたり控えていた、ふたりは突棒を泰夫に向け、神妙にせよと無言のうちに迫っており、やがて泰夫は十文字縄に縄を掛けられ吟味所へ引き立てられていった、それから一刻ほど後、泰夫は番人に引き摺られるように頬には痣をこしらえて戻ってきた、お調べの最中、泰夫は知らぬ存ぜぬを押し通したが役人には誰しもそう申すものじゃと取り合われなかった、それでも泰夫は曇りのない実直な眼でひたすら答えつづけた、それがかえって役人の癇に障ったのかしこたま打たれてきたのである、牢の前で縄を解かれると泰夫は目眩を覚えたようにふらつき、ああと声を洩らして奥の牢へ足をもつれさせながら倒れ込んだ、牢役人はこの程度でこの先の吟味に堪えられるものかと吐き捨てるように言い泰夫の背を踏みつけたうえで番人に起こせと命じ、牢の中へ放り込ませた。
「どうじゃった尋人であったか」
闇の中から老人の声が泰夫に掛けられた、されど泰夫はしばらく微動だにせず本当に吟味の痛みに耐えかね気を失っていたかと思われたが、泰夫はうつ伏せから仰向けに寝返ると後襟を引き寄せ語り出した。
「こ、是貞か、孝江に報せてくれ『内藤様は此処におわす』と」
泰夫は目眩を装い老人の語る牢を覗き見ていた、そこには背を向け横たわる者がいた脇腹あたりは血が滲んでおるのか濃紺の軍服が黒く滲んでいた、顔は見えぬが泰夫はその軍服に見覚えがあった、幕府軍の軍服の袖には白線が一本あるのだが内藤のそれはあの日、夜鷹から絵具弾をくらいあか、き、あおと色鮮やかな色に染められていたのだ内藤はその腕を染めし色を戒めとでもしているのか落とさずにいたのだ、泰夫は己が役目を果たした安堵感から腕を広げ牢の真ん中で大の字になり眠りについた、泰夫はその眠りの底で夢を見ていた、夜鷹の面々とともに煙を吐く大きな船に乗り大海原を駆けていた潮風が頬を打つ心地までまことのようで眠る泰夫の口もとには気味の悪い笑みがうかんでいた。




