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タイトル未定2026/10/11 18:36

「ご老人、ひとつお聞きしたいことがあるんですが、よろしいでしょうか」


 暗がりからは返事がなかった、だが、ふたつの眼が縦に揺れたのを見て、泰夫は聞いてもらえるものと思い胸のうちを語り出した。


「実は、私はあるお方を探しておりまして、そのお方がこの牢に囚われているんじゃないかと、それでよくわからぬうちに、こんな様で御座います」


 すると闇の中で爛々と光る眼が小刻みに揺れはじめ、やがて老人は笑い出した、泰夫はその様子に呆気に取られていたが老人は笑いのあとでこう訊いた。


「それで、それはどなたの指図じゃ」


 指図と言われても、泰夫にはすぐ思い当たる者がなかった、斎藤と二軒目あたりで飲んでから先の覚えが怪しく、誰の指図でここへ送られたのかどうにも筋が辿れなかったのである、首を傾げていると老人はなおも言った。


「お若いの、この指図をもたらした者は真に切れ者ではあるが危う気も抱えておる、努努お忘れなさるな」


 その言葉を聞いて泰夫ははっとした、しばし眉を寄せて考え込んでいたが、やがて顔を上げた。


「ご老人がそうお感じになるんでしたら、この指図は孝江だと思います、ああそうに違いない」


 老人は泰夫の答えに興をそそられたのか闇の中からぬうと顔を出した。


「何と、女子(おなご)の指図と申すか、お若いの」


「は、はい、私の許嫁でございます」


「何と何と⋯はっはっはっはっ、こりゃあ傑作じゃ、はっはっはっはっは」


 老人は腹を抱えて笑い出すと板間をきしませながら笑い転げたはじめた、泰夫は老人が気でも違えたかと思い慌てて引き起こそうとした、だが老人は手を上げてそれを制し笑いを収めると泰夫に詫びた。


「相すまぬな、しかし長生きはしてみるものよ、これほど愉快な話に出くわすとは夢にも思わなんだ」


「ご老人、私にはよくわかりませんがそんなに可笑しな事を申しましたでしょうか」


 老人は指図した者が許嫁でありながら泰夫がその真意を何ひとつ悟っておらぬことにしばし呆れ、また興をそそられもした、どこから話して聞かせたものかと思案しつつ、やがて再び闇の中へと姿を消した泰夫は相変わらず何ひとつ得心できぬまま、ゆるゆると格子に背をもたせて座り込んだ。


「ところでお若いの、先程誰かを探しておると言うておったが名は知れておるのか」


「あっはい、内藤隼人と申される方で御座います」


「ほう、内藤とな⋯聞いた事があるような、ないような」


「ご存知なので御座いますか」


「いや、年寄りの記憶違いであろう、それでその者はいつ頃入牢したと聞いておる」


「んん、甲府にいたのが⋯それから⋯」


 泰夫は老人の問いを受け、指折り数えつつ内藤が捕縛された頃合いを思いめぐらし、やがて老人に答えた。


「七日か八日前辺りかと」


 すると老人は迷わず向かいの一番奥の牢を指差して答えた。


「であればあの者である、しかし入牢してからと言うもの微動だにしやしない、もしかすれば死んでおるやも知れん、早とちりするでないぞ、あの者がお主の言う内藤であるとは限らん駿府には牢屋敷がもうひとつあると言うでな」


 泰夫はそれを聞くと慌てて老人へ近付いた。


「ご老人、ひとつお聞かせ下さい、あの者が内藤様であるか確認する方法は御座いませんか」


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