タイトル未定2026/10/12 01:56
御前を退出したのち岩倉と大久保は人目を避けるようにして奥まった一室へ入った、戸が閉まるや大久保はようやく張りつめていた息を吐き苦々しく眉を寄せた。
「こうなっては、もはや兵を継ぐほかござりもはん」
岩倉は黙したまま座を改め細く息をついた。
「されど寄せ集めたばかりの兵で、すぐさま戦の機微まで埋められるものでもおじゃらぬ」
大久保はうつむき、膝の上で拳を固めた。
「乾は潰れ申した、西郷も生死も知れずあてにはなりもはん、ここで采配を誤れば東征そのものが立ち腐れになりまする」
岩倉はしばし答えず、やがて低く、しかし言葉だけは冷ややかに言った。
「潰れてはならぬ、ここで官軍が鈍れば、また幕府へなびく輩が頭をもたげよう、戦に勝つことも肝要なれど、それ以上に朝廷が揺らいだと見せぬことが肝心じゃ」
「されど、兵を増やすばかりでは数が」
「足らぬものは、あるように見せねばならぬ」
岩倉は大久保を見据えた。
「兵が足らねばなお募るまで、将が足らねばいるものを据える、勝てぬなら負けておらぬよう取りつくろう、まずは宮をお鎮め申して京を騒がせぬことじゃ」
大久保はその言葉になお苦いものを噛みしめるような顔をしたがやがてゆるゆるとうなずいた。
「⋯承知いたしもした、ならば、まずは人を集め申す」
岩倉は小さくうなずいた。
「それでよい、頼んだぞ」
そう言う岩倉の声は静かであったがその静けさの底には、もはや一歩も退くまいとする冷たい執念が潜んでいた、大久保もまた、それを聞きながら、もはや策の巧拙を論ずる段ではなく押し切るほかに道はないと覚っていた。
されど、さらに両人のもとへ凶報がもたらされた、箱根関所より辛くも落ち延びた兵のひとりが申すには西郷は敵方の者どもと連れ立って姿を現し中村半次郎を伴うて江戸の方へ向かったという、その報せを聞くや大久保は膝から崩れ落ち両手を畳について額を打ちつけ岩倉は従者へ烏帽子を投げ与えるや乱れた髪を掻きむしって歯噛みした。
「あの田舎侍めが、朝敵を討つべき身でありながらよりにもよって賊と手を携えるとは、なんたる不忠、不義じゃ、この怨み、ただでは措かぬ、たとえ地獄の底へ逃げ込もうと、追い詰めて、その不忠の報いを受けさせねば済まぬ」
そしてもうひとり、自らの蟄居ちっきょを捨て己が理想のために再び立った者がいた、しかしそれを岩倉と大久保が知るのは、まだ後のことであった。




