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タイトル未定2026/10/11 16:23

「勝先生の御下命、確かに承りました、これより川越へ赴き指揮を執ります」


 大久保は座して深々と首を垂れ武陽鎮撫隊隊長の任を拝した、その面持ちに気負いはなく、ただ引き受けた責めの重さをのみ胸に据えているようであった、勝はしばしその姿を見据えていたが、やがて小さくうなずき言葉を下した。


「それじゃ近藤頼んだぜ、と言いてえんだが流石においらでも一万ばかり用立てるにゃ、ちっと骨が折れる、報せが届くまでしばらく江戸に留まっておくれよ」


 勝はそう言うや否や身支度を整え大久保より先に邸を出ようとするので大久保は声を掛けた。


「勝先生、何処かお出掛けで御座いますか」


「何言ってやがんだ近藤、用立てに江戸城に向かうに決まってるだろ」


「承知しました、ではわたくしもお供致します」


「うるせえやい、おめえはたみが戻るまで留守番してやがれ、おう、おいらが帰ったら牛鍋でもつつこうや」




 京都では甲府に続き箱根での敗戦の報せが重なり朝廷内にも不安の色が広がっていた、形勢やや傾くと見るや早くも旧幕府へ靡こうとする公家まで現れはじめ東征大総督たる有栖川宮熾仁親王もさすがに心穏やかではなかった、親王は急ぎ岩倉具視と大久保利通を御所へ召し寄せ、御簾の内より鋭く問いただした。


「これは一体いかなる仔細であるか、岩倉卿、大久保殿」


 岩倉は畏まって額づき、しかし声音だけは少しも乱さずに答えた。


「宮、何事もひとたびの勝ち負けのみにて大勢を論ずべきには候わず、東国の戦は道遠く、虚実入り交じりて、急の敗報はとかく大きく聞こえ申すものにござります」


 親王はなお気色ばみ、


「されど、敗は敗にてあろう、官軍の威、ここに損ぜば朝威にもかかわるではないか」


と仰せられた。


 そこへ大久保が進み出て低く言葉を続けた。


「恐れながら、いま肝要にござるはひとつの敗を大事として京を騒がせぬことにござります、兵はなお尽きてはおりませぬ、道を改め、人を替え、押し返せばよろしゅうございます」


 岩倉もすかさず口を添えた。


「ことさらに浮き足立つ公家どもにはおって厳しく御沙汰あそばされまするがよろしゅうござりましょう、朝廷のおん方が少しも騒がれぬと見ればたちまち風向きも変わり申す」


 親王はしばし黙し、御簾の向こうで息を詰められたがやがてわずかに調子を落とされた。


「さようか、いまは狼狽してみだりに沙汰を改むるときにあらず、と申すのじゃな」


「はっ」


「左様にてござります」


 二人の声が重なると親王はなお不承不承ながらもついにその言に押し切られた。


「よい、ならば両卿に任す、疾く手当てをなして、京の内にも余の不安を広めぬよう取り計らえ」


 そう仰せられるころには先ほどまでの苛立ちはいくぶん影をひそめ、親王もまた、ひとまずは岩倉と大久保の言葉に拠るほかないと覚られていた。


 されど現実は甘くはなかった、戦術面で頼みとしていた乾と西郷は共にもはや当てにはならない、乾は敗戦の責に自信を失い自邸に引きこもっている、西郷に至っては前線の有様からして生還も覚束ないとの報せで、北陸道を進む隊へ組み入れて戦術面を補強しようとの望みも潰えている、つまるところ、もはや兵を増やすほか手立てはないのであるが、されど岩倉と大久保はその窮状を親王に悟られぬよう努めていた。


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