タイトル未定2026/10/08 21:59
「孝江さんって、ちょっと酷くありませんか斎藤様」
すっかり出来上がった泰夫を番所に放り込んでくると謙次と斎藤は宿へ引き返した、道すがら謙次はああまでしなくともと孝江のやり口に苦言を呈していた。
「お前もひとつ処ばかりに囚われてるとそのうち足元掬われるぜ」
「ひとつの策に囚われているのは孝江さんで御座いましょう、策など幾らでもあるはずです、だからそれを皆で…」
斎藤は鼻で笑い、謙次の頭を小突いた。
「アホう、そういう意味じゃねえよ」
「どういう事ですか」
謙次は口を尖らせ斎藤を見た。
「いいか謙次、生きてりゃ決断を迫られる時なんざ腐るほどある、今度のことも同じだ土方をどう救い出すか⋯お前ならどうするよ」
「そうですね、やはり役人から…痛っ」
斎藤はまた謙次の頭を叩いた、謙次が何をするのですかと睨み返すと、斎藤は十一間ほど先の火の見櫓を指さした。
「あれがどうかしたのですか」
「孝江はもうあの位置まで行ってぜ、片やお前はまだここだ、この差をどう心得る」
謙次はなおも意味をのみこめぬらしく、しきりに首を傾げていた、斎藤は大きく息をつくと言って聞かせるように語り出した。
「戦において⋯いや、戦だけじゃねえな、決断ってのは早けりゃ早いほどいいそいつぁ分かるな」
謙次は黙ってうなずいた。
「だがな、人が生きてりゃいろんなしがらみってやつが足元に絡みついてくらあ、どうせお前は『泰夫さんは孝江さんの許嫁なんでございましょう』とか、そんなふうに考えたんだろ」
「⋯は、はい」
「別にお前が悪いって言ってるんじゃねえぜ、そいつが普通だ俺だってそうさ、だがな、中にはそのしがらみってやつにまるで頓着せず、思い立ったその場で動く変わり者がいる、とんでもねえ奴に聞こえるかもしれねえが、そこで生まれる差ってのは俺ら程度じゃどうしたって埋められねえ、癪だがな」
「それが、孝江⋯さん」
「ああ」
「しかし、孝江さんの策が間違っていたら差があっても意味がありませんよ」
斎藤はまた鼻で笑った。
「お前が火の見櫓の下まで行って、梯子を登って、ようやく下を見渡した頃にゃ孝江はとっくにその先にいってるぜ、たとえ読み違えていたとしても、あいつらは"︎︎︎︎ひとつ、選びが潰れてくれた、これは好機が転がり込んできた"︎︎くれえしか感じてねぇよ、だから、幾ら立ち止まって考えたとしても、あいつはお前が追いつく前にさらに足を速めて先を走ってるってわけさ」
「しかし⋯」
謙次はそれでも尚、何か違和感を抱いていたがうまく言葉にできず口籠ると斎藤は続けた。
「わかるぜぇ謙次、おまえの言いてえ事、それでも間違いは起こるだろうってな⋯だがなあいつは間違わねえんだ先が見えてんじゃねぇか怖くなる時がある、局長も同じ事言ってたよ、まっ俺は近藤さんとはちと違うがな、だから謙次、孝江をひとつ括りで見ねぇ方がいいぜ毒にするか良薬とするかおまえ次第だ」
謙次はそれでもまだ疑問があるのか斎藤の顔をまじまじと見つめると言った。
「斎藤さんってそんなに話す人だったんですね、屯所ではいつも眉間に皺寄せて"︎︎︎︎寄らば斬る"︎︎みたいで怖くて怖くて」
「うるせぇ斬るぞ」




