タイトル未定2026/10/07 00:30
大久保は江戸、赤坂田町にある勝の屋敷を訪れていた。
「近藤じゃねえか、まあ上がんな、いま、たみは出かけててな茶ひとつ出せねえがそんなこたあ構うまい」
「いえ、勝先生これを」
大久保は酒瓶を勝の前へ差し出した。
「おう、秩父錦か気が利くじゃねえか、こいつぁいい、もっとも陽の高いうちからやってるとたみに小言を食らうがね、まあ据え膳食わぬは男の恥ってやつだ、ほらいつまでも突っ立ってねえでさっさと座んな」
相変わらずぶっきらぼうな調子に大久保は苦笑して勝の前に座った。
「さ、まずは一杯やんな」
勝は湯呑へなみなみと酒をつぎ、ぐいとあおって飲み干すとふうと心地よげに息をついた、大久保が口へ少しふくんではちびりちびりやるのを見て勝は眉をひそめた。
「なんでえ、江戸へ凱旋した甲陽鎮撫隊の隊長ともあろう者がそんな飲みざまでどうする、ええい、まだるっこしい一息にあけちまえ、てめえがそんな調子じゃおいらが次をつげねえじゃねえか」
大久保はあわてて湯呑の酒を干すと酒瓶を手にし勝の湯呑へ酒をついだ。
「それにしても大したもんじゃねえか鳥羽伏見じゃひどく打ちのめされたってのに甲府と箱根じゃ勝ち戦つづきだって言うじゃねえか甲府城も一日で取り返したって噂だ、だがな箱根で西郷を討っちまったってのはそいつぁ感心しねえな、あいつは生かしておかなきゃならねえ男だったんだ、もっとも討っちまったものを今さらどうこう言うつもりはねえよ」
それを聞いた大久保は勝の傍らへにじり寄ると、そっと耳もとで囁いた。
「西郷様は生きております」
「そりゃまことかい、いま、どこにいるんでえ」
「勝先生、お声が⋯」
大久保は両の手で声をお鎮め下さいと勝へ合図した、勝はぺろりと舌を出し詫びるつもりか湯呑をひょいと掲げた、それから身を乗り出すと今度は声を落として先を促した。
「なるほどな生きちゃいるが行方は杳として知れねえ、しかも脱藩までしたってわけか、こいつぁ向こうも荒れようぜ、死ぬるまで刺客におびえて暮らすとは西郷も因果なことになったもんだ」
「いえ、西郷様には中村半次郎という、なかなかの手練れが付き従うております、うちの斎藤をもってしてもまず五分、そう容易く討たれますまい」
「そうかいそいつぁよかった、ひとまず誰ぞに行方を探らせてみるか、おめえ何ぞ心当たりはねえのかい」
大久保は黙って首を横に振った。
「そうかえ」
勝はそう言うと二献目の酒をぐいとあおった。




