タイトル未定2026/10/04 23:33
西郷が半次郎の手を取って立たせてやると半次郎もまた、何故貴殿がこの場にと、まるで亡霊でも見たかのような眼差しで西郷を見つめ問いかけた。
「あげん御仁となにゆえまたこげん所までおいでなされたのでごわすか、それに流浪人ちゅうはいったいどういうことでごわすか」
「おいは神ん味方してくれるもんとばかり思うちょった、じゃっどん、いくら待っても神がその御手を差し伸べてくいやんすこたぁ、ついぞなかった」
半次郎は半ばも解せず首を傾げていたが西郷は半次郎の肩を叩くと笑って言った。
「そいにしてん、ひどくやられもしたな」
西郷はもはや元の形を保たぬ顔の半次郎に肩をかすと大久保の元へ連れて行った、大久保は未だ微かに濁る目を擦ると姿勢を正した。
「近藤くん積もる遺恨があろうことよく分かっておる、されどこの男の処遇ひとまず私に任せてはくれまいか、無理を申すは重々承知の上であるが」
膝をつきし斎藤も立ち上がると大久保の傍にきて西郷の言葉を共に聞いていた。
「新政府軍参謀、西郷吉之助であるならば有無を言わさずその身柄を取り押さえもいたしましょう、されど流浪人西郷吉之助を召し捕る法度までは持ち合わせておりませぬ、なあ、なかったよな斎藤」
大久保の言葉を聞いた斎藤は刀の鋒で半次郎を指し西郷に言った。
「ああ、浪人の処遇など俺の知ったことではない、だが西郷さん、こやつは心身癒えたのち俺が斬るそれでよいな」
「半次郎、おはんはよう人に好かるっ男じゃ」
西郷は半次郎の肩を叩き笑みを洩らしていたが半次郎は得も言われぬ面持ちでいた。
「おっそうじゃった、この場に近藤くんがおるとは努努思わんだが駿府にてある男が囚われとる、自分は内藤隼人と言っておるがあれは…」
その言葉を遮る様に孝江が叫んだ。
「なっ…」
西郷の申す名前に狼狽えその名を口にしようとした刹那、孝江を手で制すると大久保は言った。
「内藤、はて聞き及ばぬ名では御座いますが御教示忝く存じます、早速陣へ戻り誰か縁者にあるやなしや調べ申す」
大久保こそ孝江にも増してその沙汰を知りたく思うたはずであったがなお西郷に信用を置かぬものか言葉を濁した、もし内藤こそ新選組副長土方歳三なりと知れれば、たちまち首を刎ねられるに相違なかった、西郷は既に確信していたが敢えて大久保に口を合わすと言った。
「左様であるか、いやな近藤くんの縁者ではあるまいかと早合点いたした相済まぬ、そうか違うたか⋯今頃は⋯今頃は駿府城下の牢屋敷にでもおるのであろうかのう」
西郷は間を空け遠く駿府の方向を向くとわざと口を滑らしたが如くひと芝居をうった。




